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博士課程に行くべきか

博士課程に進学するか迷っている。

研究は続けたい。
今の研究の先に携わっていたい。
自然界のシステムを社会に実装して遊んでみたい。

今の研究の仮説が証明できたら業界を超えて面白い話になると思う。
でも証明できなかったら、研究を続けていけるほどの好奇心が湧くようなテーマを打ち出せるか分からない。

なら就活をするべきか。
経済的に余裕があるからこその安心と冒険心に憧れることもある。

処理能力をドーパミンで補ったきただけだから、たぶん会社で働いても同じように悩むと思う。自分に社会でやっていく才も、研究をこなす能もあるとは思えない。

まだ保育園児だったときの、
側溝にイモリやカエルを集めて一部屋分の生態系を作ったこと、バケツに詰めた土の上でダンゴムシの赤ちゃんが産まれる瞬間を見て先生に報告したこと、あの好奇心はずっとある。

今も秘密基地をつくりたい。

中学生になったら野鳥を探しに休日は森へ行った。
その延長で山の景色を知り、地元の低山や富士山に足を運んだ。
友達を引き連れることはなく、
一人で好きなことをする以外の発想が元よりなかった。

高校は自分の頭でいける山岳部のある所に進んだ。
面接で「貴校を志望した理由は山岳部に入りたいからです」と答えたら、「珍しいね」と言われた。

山岳部の日々の活動として毎日校外を走り回るのは楽しかった。けれど肝心の登山はあまり楽しくなかった。

運動部として部が存在している以上、高体連に出場しなければならない。かつての母校の山岳部は大会で全国にもいくほどのレベルだったそうで、顧問は部のすべての登山を大会の為のものとして捉えていたようだった。

高校時代は趣味としての登山にもほとんど行かなかった。たまに帰りの電車を途中下車して、高校指定のセカンドバックから一眼レフを取り出し河川敷を歩きながらハクセキレイなんかを追っていた。

大学に上がってからは生物系のボランティアサークルに入った。そこは生き物に関心がある人も多く、なかなか楽しかった。

地域の子どもたちを連れて森を歩いたり、
七月の夜の海に浸かって黒い服で掬った海水の発光バクテリアを見たりした。

サークルの人たちはあまりにも良い人ばかりだったから、生来の自己嫌悪からくる人間不信が祟ってコロナ明けには足を運ばなくなった。

大学時代には憧れのテント泊稜線歩きができた。
2泊3日で北アルプスの3千m級の山を好きなように歩いた。
快晴の青空を横に、遠くの平たい街を下に、
歩道の縁石を渡る小学生のように稜線上の自由と優越感を謳歌した。

蟻から見た砂場の山はたぶんこんな規模
埃のように柔らかそうな雲


学部1年生の頃にいくつかの研究室を訪ねて、2つのゼミに参加させてもらった。コロナ禍で学校に行かなくなってからは実家に戻り父親の本棚にある純文学を読んで自己嫌悪を紛らわせていた。

学部3年生になって研究室を選ぶ。
人が多くなさそうな不人気な研究室を選んだら、そこに学科で一番多く人が集まってしまった。
意思をもって選んだわけではなかったけど、この研究室が今の道に欠かせなかったと思う。

生物学と有機化学の両刀の研究テーマを持つことになった。研究室に配属されてから世界が変わった。

中高時代、化学は大の苦手だった。
それなのに研究テーマをきっかけとして有機化学の教科書を読んでから、目に見えないミクロなレベルのルールで生活と社会が説明されていく爽快感にはまってしまった。

教科書がノーベル賞級の発見の列挙であることを知りもしなかった。中高時代はもったないことをしたと少しだけ悔やんだ。

水が水とくっつく原理を電子の動きまで深掘って感動したとき、その感動を研究室の同期に伝えて巻き込めたとき、ダンゴムシの赤ちゃんを先生に走って報告した5歳のときと一緒だなと思った。


好奇心に連れられて修士まで来てしまった。
勉強を頑張ったわけでもない無気力で淡白な人間だから、ずいぶん遠いところまで来たなと不思議な気持ちになる。

ただ、深みにはまるほどに増す焦燥感もあった。
大学に進学した時点で高卒で働き始めた幼馴染に劣等感を感じていた。修士に入ってからは同世代の大半が就職しているから余計に焦る。

浮力のように社会へ押し戻そうとする罪悪感を腹に、博士課程に進むか悩んでいる。


この前参加した若手の会で他大の人と進学について話していた。「博士課程行ってみたいんだよね~」と言ったら、「目を輝かせて博士課程行きたいっていう人初めて見て嬉しくなりました」と言われた。中学生のときから目が死んでると言われてきたから、自分にそんな目ができるのかと少し感動した。

昔から感情が表に出る人間ではないから人前では無理やり引っ張り出してくることが多い。だけど親にも前の研究室の同期にも好奇心があるときの目は凄く輝いていると呆れ混じりに褒められる。


ひとまず修士2年目を研究に費やしてみて、答えを出さずとも道が決まるのを待ってみようと思う。高校3年の夏まで大学進学を考えていなかった自分に先のことを考えるのはたぶん向いていない。

秘密基地をつくれるようなゆとりある暮らしにたどり着く術も分からない。ただ好きなことで人を巻き込めればいいなと思う。

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