見出し画像

成績表がない学校の映画を見てきた。

今日も、下書きのまま放置していた話の掘り起こしです。
春のことですが、成績表がない学校の映画を見てきました。
このドキュメンタリー映画に出てくる学校は、れっきとした私立の小学校、中学校がメインで、いちぶ公立中学校も出てきます。タイトルに成績表がないとありますが、共通しているのは、暗記することが学習とされている現在の教育に対して、学んだことを活かして生きていく力を養ってもらうことが教育という視点に立っているところが特徴的でした。

教育ってなんでしょうね?
学校というところには先生がいて生徒に教える。それが教育のベーシックなところだと自分の経験からは思っていましたが。この映画に出てくる学校は、もちろん、学問のベーシックなところは先生が生徒に教えています。でも学校の日常生活で起こることは多岐にわたります。このモデルの学校では学年の壁を超えて、年間通して一つの実際の仕事に近いことをテーマにした授業があります。そして、この授業を通して先生も一緒に子供たちといろんなことを考えて物事を進めています。これは、一つの事業を進めている形に近いと思います。

映画の中では建物を子供達で建築していました。建物の建て方の基本は先生がおしえ、そこから先は子供達が自分たちで調べて実際に試して建てていきます。立てる時の大工道具も子供達が使います。大人たちは極力手伝いません。問題があったら子供達で解決(必要に応じて大人に相談しながら)していきます。

これ、私の周りの学校でも、この映画に近い学校もありますが、「危険が伴う行為を子供にさせない」という方が強いと感じています。これって「失敗させない」とも言えるんですよね。失敗させないので、子供は失敗の経験をしていけなくなります。そうすると、失敗に弱くなるんですね。また、会社とかでもよくあるのが、「失敗を許せない」ことが多くなってきている気がします。これってなかなか進歩しなくなるんですよね。もう一つ感じたのが成績。学校では成績がつきます。これ多くはテストの結果と日々の学習態度からつけられることが多いと思いますが、そのテストや日々の学主態度にクリエイティブな部分って求められていないと思います。それよりは、正解をいかに導けるか?(正解は事前に用意されている)の方に力点が置かれています。正解を導ける力があることも大切でしが、これがあまりにも優先されすぎることには少し違和感を感じています。中学までは基礎力をつけて高校・大学でクリエイティブな発想を持っていければとは思いますが、子供の発想って常にクリエイティブなのでそれを失わなければいいなという思いですね。

日々、支援の場で感じるのはビジネスでうまくできる人はこのクリエイティブな発想の幅が広いということです。一方で、会社の多くには人事評価制度というのがあり、これの多くは学校の成績表と似たような発想で、それぞれの科目や学習態度を仕事のミッションに置き換えているケースが多いように思います。子供の成績表は進学のため、大人の成績表は昇進やより多くの給与を得るため。

でも、この状況も徐々に変わりつつあるというのは、会社側が新しい発想を持った人材を求め始めているということだと思います。新しい発想を持てる人はクリエイティブな発想があります。なので、子供の頃に持っていた自由な発想をそのまま大人になるまで持ち続けられることが大切なのですが、それを壊してしまうのが大人だったりしていました。

でも、今回、このような映画が公開され話題になっていることからも、世の中の流れが変わってきていることを感じます。そう考えると未来はまだまだ明るいと思います。



サポートいただけると嬉しいです。サポートいただいたお金は移働する資金に使わせていただきます。