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一日一善。

「忙」という字は心を無くすことなんだよ。  と、俵万智さんがお母さんに言われてハッと我に返り、人には丁寧に接しようと反省した、というようなエピソードを読んだことがあった。だから年度末の家と会社の往復で身体も心もクタクタになった時、これではいけない、とある決断をした。

「今日は一日一善だ!」と通勤の電車に乗る前から気合を入れる。困っている人はいないか、挙動不審に見渡す。そんな日に限ってベビーカーを持ったワーキングマザーはいない。そもそも自分自身が立っているので、老齢のご婦人に譲る席もない。どうやら今朝の通勤電車で「一善」は難しそうだ。電車がホームに入り、いちばん近いエスカレーターに乗ろうとするも人が多いので階段を上がっていくと、ガタイの大きな会社員の大きなリュックがこちらの肩にもろにぶつかって、階段から落ちそうになる。危ない!と思ってイラっときたが、いやいや今日はいいことをするって決めた日。こんなところで怒って「一善」がスタートする前にマイナスになってはいけない。

会社に着いた。
気の合う守衛さんが立っていたので、    「おはようございます!今日もお元気そうで何よりですね」
そう言った後で気付く。体調がよくなかったんだったあの方は。全然お元気じゃないじゃないか。言葉の選択を間違ってしまった。

居室に着く。
今日は朝から部内会議の日だった。そうだ、早めに居室に行ってエアコンをつけて部屋を暖めておこう。みんなが集まるときにはきっと快適に会議ができるはずだ。会議室で一人待つ。おかしい、誰も来ない。会議案内の時間から5分が過ぎた。 会社の携帯が鳴る。

「会議時間、変更になってるよ」

同僚からの電話だった。朝いちでメールチェックした時に時間変更のメールに気付かなかったのは自分のミスだ。まぁいい。次、会議室使う人にとっては適温になっているに違いない。
今日は自分のためにでなく、他人のためによいことをすると決めた日なのだから。

昼休み。
そうだ。いつも何かと助けてくれる後輩君にお昼をご馳走してあげよう。彼はいつもお昼はコンビニのパンだったから、急に社食に誘っても問題ないだろう。一緒に食事を選び、先に座っていた同僚のテーブルを見つけ二人で向かうと、彼女が一瞬イヤそうな顔をした。
あれ、この二人相性悪かったっけ。どうやら彼女は相談事があったらしいのだが、部外者を連れてきたために話せなくなったらしいということがなんとなくわかった。無言の昼食になりそうだったので、不必要なほど気を使い、やっと昼休みが終わった。なんだ、この疲れは。
後輩にお昼をご馳走したことが「一善」になっているのか、かなり怪しい。

午後。                   書類を確認していたら、マイアミ向けの貨物がミシガン向けになっていることに気づく。
MiamiはFlorida州にある。アメリカの地図を見ればわかるんだけど、Michiganとは場所が全く違う。百歩譲って(ココ譲るのか?)、アルファベットの勘違いだとしよう。
トラブルが起きる前に気付いて回避できているわけだから、体制に影響はない。
いつもならやんわりイヤミを言ってしまうところだけれど、今日は言わない。
これも「一善」にカウントできるのか。

定時前。                  次の打合せは、海外とだ。別の部署が開催なので、会議5分前に指定の会議室に行く。
そろそろ開始時間になろうとしていたが、主催の担当者がまだ必死にWeb-conのセットをしていた。メンバーが全員そろったが、なかなかうまく接続できない。何で?
15分経ってようやく繋がった。
Web-conはお互いの顔が見えるから、ここは笑顔で対応しよう。先方の惜しみない労力をねぎらい、若干大らか過ぎる対応について指摘し、再発防止を求め、ようやく会議が終わる。
無事に終わってよかった。会議前に時間を計算して準備しとくんだよ!と思ったけど、それも飲み込んで「お疲れさまー」と軽やかに会議室を出た。

すでに夜中まで働いた気分だった。      今日、私はいくつ善を積み上げられたのか。  プラスマイナスゼロくらいか。いやいや、この心がけはプラスでカウントしよう。

一日一善って、けっこう難しい。

温かいお気持ち、ありがとうございます。 そんな優しい貴方の1日はきっと素敵なものになるでしょう。