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電気サーカスの真似事をしてみた

かつてインターネット黎明期に栄えたテキストサイトという文化がある。
名前の通り文章を中心としたサイトのおとで、内容は多岐にわたり、少女の抱えるドロドロとした闇から、自作小説、何気ない日常、親バカなペット自慢まで、なんでもありであった。
自分もいつだったか某ブログサイト上で日記を書いていたことがある。三年ほど続けていたこともあってか、ランキングは4桁から3桁まで上がっていた。正直、当時はこれを素直に喜んでいた。HTMLを書き込んでサイト内を賑やかにするのも楽しんでいた。読み返すとあまりにも稚拙な文章と内容であったため、その後ブログは消してしまったのだが、毎日毎日飽きもせず、誰かに見てもらおうというわけでもなく更新をしていたあの熱量を思うと、今の自分にはないものがあったのだと思える。

ブログを通しての出会いもあった。その繋がりはあくまでも電脳世界の中のものでしかなく、実際に書き込んでいる人物のプロフィールの真偽も怪しい(今でもそれは変わらないが)。しかしながら、そんな表面上しかしらない人間が相手であるというのに、なぜか現実の知人には言えないような悩みを相談していたりと不思議な距離感が生まれていた。現実には一切関わりがないからこそ打ち明け話ができたのだ。

そんな体験を思い起こしたのは唐辺葉介著『電気サーカス』の読書体験にある。

主人公、水屋口悟はいわゆるインターネットオタクであり、テキストサイトを運営している。文章を読んでいると彼の運営するテキストサイトを覗いているような気持ちになる。文体というか。
いわずもがなストーリーは彼の日常である。東京の混沌とした雰囲気がやたらと伝わった。精神向上薬や人混みの描写のせいかもしれない。読み進めていると、主人公にやたらとシンパシーを感じていることに気がつく。自分もまた何者にもなれず、何もしたいとは思わず(特に肉体労働)、同居人が恋人を連れてきた時になんともいたたまれない気持ちになってしまうところや、過去の自分の文章に対し羞恥心を持っているところが特に。
ただ、彼がテキストサイトを運営し続けているということを除き、まさに鏡を見ているような気になったのだ。冷めることのない熱情を羨ましくおもった。
そこで自分もなにか書こうと思い立った。思い立ったが吉日。こうして文字を打っている。

本の紹介かと思いきや、自分、自分と自分の話ばかりになってしまった。過剰な自意識。それがブログを更新していた頃と今の自分との違いだろう。そして後日見返して、きっと赤面するに違いないのだ。

#電気サーカス #日記 #黒歴史