見出し画像

パリ・オペラ座の日々1993~1994:1月25日 モンスリ公園~ゴブラン織り工房など


1月25日

シャルトルに行く予定だったが、あれこれあって結局延期。気を取り直して左岸のモンスリ公園へ出掛けた。PCバスに乗ってCite Universitaireまで行き、モンスリ公園へ。お天気悪かったけどすごく気持ち良い時間だった。

近くのTABACでお昼ごはん。美味しいし、お店の人がみな感じ良くて嬉しい。パリとは思えないくらい…。周囲は一軒家が多く、これもパリ市内としては珍しい。さらに公園をぐるりと一周してから、ゴブランに向かって歩く。落ち着いた美しい街並みで、サンマンデの辺とはずいぶん違う。Butte aux cailleの丘付近まで来たら、バレエ仲間のS女史のアパートの近くだと気づきTelしてみたが、あいにくお話し中でそのまま通過。

ゴブラン織りの工場は外から眺めただけで素通りして、ムフタール通りまで行ってドーナッツ🍩を食べた。サン・ジュヌヴィエーブの教会を見てからバスで帰宅。

昼TABACのごはん 111F
パン 5F
ケーキ 10F
カフェ 18F
パン 10F
ドーナッツ 14F
八百屋 10F


画像1

パリの南端、14区にあるモンスリ公園に出かけました。真冬なんでこの写真みたいにお天気良くなかったんですけど、でもまずまず気持ちの良い午後でした。

現在はまた様子が違うと思いますが、90年代前半は13区、12区というのはパリの中でも比較的静か(よく言えば閑静…、言い方変えればちょっと田舎臭い…笑)な印象がありました。モンスリ公園のある14区はめぼしい観光ポイントというとモンパルナス墓地&タワーくらいだし、お隣の13区はイタリア広場を中心とした中華街(面白いけど、あんまりオシャレ地域ではない)、12区のセーヌ沿いのベルシー地区なんて薄暗い倉庫がが並ぶような感じだったんです。それだからこそミッテランが掲げたグランプロジェクトでは、12区、13区のセーヌ沿いに大蔵省を移設したり、巨大な国立図書館を建設したりして再開発が行われたわけですよね。

ランドマークになるような観光ポイントが無いということは、逆に考えると本当のパリらしい暮らしがある地域と言えるのかもしれません。この日の日記にもある通り、ブラブラ歩いていると、パリの中心街にはほとんど存在しない一戸建てが目について面白かったです。


画像2

モンスリ公園内の気象関係の施設からの眺望。広くて綺麗な公園ですけど、まあ僕達はすぐそばにヴァンセンヌの森がありましたから…。でも気持ち良い空間。


画像3

パリもロンドンも公園の整備・管理は本当に素晴らしい。東京も見習いたいものですね~。


画像4

公園を満喫した後は、ゴブラン織り工場を目指してビュット・オ・カイユ(Butte-aux-Cailles)というエリアを通過しましたが、この辺は本当に閑静な住宅街。この写真でもわかる通り二階家が目立ちます。5階建てくらいのアパルトマンが隙間なく立ち並ぶパリの中心街とはずいぶん風情が違います。

ビュット・オ・カイユとは「うずらの丘」という意味ですが、じつはカイユさんという方の所有地だったらしく、その名に由来するとか。

画像5



オペラ座でよくバレエ談義する仲だったS女史はこの辺に住んでいて、この日も電話をかけてみたんですけどあいにく留守でした。。


画像6

ゴブラン織り工場は外から眺めただけでした。17世紀に王立のタピストリー製作工房として設立されて、現在も操業しているようです。


画像7

ゴブラン織りのタピストリー 1625年

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?