見出し画像

占い師時代(上京編)その1

「上京」

(雀荘メンバー時代その4の続き)

俺は福島での約4年間の雀荘メンバー生活を終え、上京した。

その頃には俺は麻雀が嫌いになっていた。

もう一生麻雀と関わる事はないだろうとさえ思っていた。

メンバー生活の中で、数々のトラブルに見舞われたのが原因である。(以前の日記参照)

上京した理由は色々あったものの、一番の理由は麻雀に関わる仕事を辞め、とりあえず何の仕事でもいいから正社員になりたかったからだ。

あと、東京に住んでれば毎日なんか起きそうという頭の悪い高校生みたいな理由もあった。

そう思ってしまうほどに福島県に住んでいる頃は何も起きなかったのである。

何か起きるとしたら、せいぜい誰かが夜道を歩いてる時に田んぼに落ちるぐらいだ。

そのぐらい福島は何も起きなかったし、街灯が極端に少なかった。

福島の特に田舎の方の夜道は、冗談抜きで何も見えない。

夜間の黒い服を着た人なんてもはや透明人間で、早く条例で取り締まるべきだ。

中には、夜道が見えなすぎて車に乗ったまま田んぼにダイブした猛者もいたが、それはさすがにお前が悪いと言っておいた。

福島駅前に誰も見ない大型モニターなんか設置してないで、街灯を増やしてくれって福島市民全員が思ってた。


福島の話はどうでもいいとして、俺は東京の西東京市という所に住む友達のアパートにルームシェアさせてもらう事になった。

そのアパートは、最寄りの西武池袋線と西武新宿線の駅が両方とも徒歩15分ぐらいという何か惜しい場所にあった。

ルームシェアを決断した理由は、自分で部屋を借りるのがただめんどくさかったからである。

友達とルームシェアする事自体はそれほど珍しい事ではないだろう。

しかし問題は、そこに友達の彼女も住んでいた事である。

男、男、女のルームシェアである。

男はY君、女はAちゃん

Y君もAちゃんも、俺は両方とも昔から仲が良く、一緒に遊んでいたりしたので大丈夫だとは思ったが、少し不安もあったので実際に住む前にその3人で会議を行った。

俺「俺本当にそのアパートに住ませてもらって大丈夫なの?」

Y君「大丈夫だろ。ただ子供達がいないフルハウスみたいなもんだ。毎日騒がしくて楽しいだろ」

Aちゃん「そうだ。お前はジョーイな」

俺「そうかもな」

この軽いノリで決断したルームシェアが、後に数々の悲劇を生む事となる。

※ちなみにこの後、ルームシェアしてる事を知った別の友人によく、
Aちゃんとイヤらしい事してんだろ
と言われることがあったのだが、ある日Aちゃんに、
減るもんじゃないしケツ触らせて」と言った時に、
別に減らないけど、お前に触られたって言う事実がいつか人生最大の汚点になりそうだから無理
とか言う山王工業の監督みたいな事言われたぐらいなので、イヤらしい展開は決してなかったし深く傷ついた。


「上京初日から修羅場」

ニート状態のまま東京の地に降り立った初日、もう麻雀と一生関わらないと決めた俺は、なぜかそこらへんにある場末みたいな雀荘でもうフリーを打っていた。

雀荘の看板が見えた瞬間に、勝手に体が動き入ってしまったのだ。言うならば条件反射。正当防衛に近い。

「さて、引退試合に臨むとしよう」

とか言いながらさっそくフリーを打ちに行くというゴミっぷりを上京初日から披露した。

本気で禁煙できる人は、箱に残っている数本のタバコをゴミ箱に捨てる事ができるのに対し、禁煙できない人は残っている数本のタバコを「これが人生最後のタバコだな」とか言って吸ってしまうという話を聞いた事があるが、俺は完全に後者だ。

ちなみにその時は1ヶ月ぶりぐらいに麻雀を打ったのだが、この世の物とは思えないぐらいに楽しかったのを覚えている。

引退試合を終え
(いやー久々の麻雀で少しひよったな。あそこはゼンツで良かった。次に活かそう。しかしあいつら先ヅモ半端なかったな)
とか思いながら、新居となる友達カップルが住むアパートへ向かった。

(いよいよ東京での生活がスタートするのか…)

そんな不安と期待が入り混じった気持ちでアパートのドアを開けたのだが、アパート内で既に事件は起きていた。

ドアを開けた瞬間から叫び声が聞こえ、中に入ってみると、Y君がAちゃんの髪を思いっきり引っ張っていて、Aちゃんが泣き叫んでいたのだ。

(やばいAちゃんが死んじゃう)

俺がとっさに止めに入ろうとした時、今度は髪を思いっきり引っ張られているAちゃんが、Y君の腕に噛み付いたのだ。

お前もやる気かと思いながら、Aちゃんの体を引き剥がそうとすると、あろう事か怒りで興奮したAちゃんが今度は俺の腕に噛みつこうとしてきたのだ。

Aちゃんは怒りや痛みでパニック状態に陥っていたのか、脳が「もう何でもいいから噛みつけ」という信号を出していたのだろう。


こんな恐ろしい信号を出された人間を見たのは、世界タイトルでホリフィールドに頭突きされて完全にキレてしまった時のマイクタイソン以来の事である。

やられた方はたまったもんじゃない。

俺は全然状況が飲み込めなかったが、深く絶望してこう強く思ったのを覚えている。

(こんな所に2年も住まなくてはいけないのか…)

アパート契約更新までの2年間はその家に住む約束をしていたのだ。

Y君の腕には歯形がくっきり残り血が滲んでおり、床にはAちゃんの無数の長い髪の毛が散らばっていた。

なぜか上京初日から地獄絵図。

フルハウスにこんなシーンあったっけ。

もう福島帰りたい。

※この時の喧嘩の発端は、Y君が買ってきてと頼んだカップラーメンとは違う物をAちゃんが買ってきてしまい、それが少し辛かった事らしかった。

(こいつら、それだけでこんな事になるのかよ…)

と一瞬思ったが、この時Aちゃんが何かの間違いで蒙古タンメンクラスを選んでいたら、間違いなく殺し合いに発展していたとも言えるので、Aちゃんの指運はあったとポジティブに考える事にした。




「改札恐怖症」

上京して間もない頃はこれから仕事をどうするかや、共同生活を上手くやっていけるのかの悩みもあったのだが、一番の悩みは改札であった。

俺は東京に来るまで、交通系ICカードというものを一切使った事がなかった。

なぜなら当時の福島県は切符がメインだったからである。

むしろ福島でSuicaなんて所持していたら、

お前何都会ぶっちゃってんの?

とバカにされる始末で、なんなら俺もバカにする側に属していた。

しかし東京に来て、初めて電車を利用しようと駅に来た時に異変に気付く。

改札を通る人らが全員SuicaやらPASMOを使っているのだ。

(こいつら、都会ぶりやがって…)

その光景を見た俺は急に切符を買うのが恥ずかしくなり、すぐに「Suica 買い方」でググった。

すると、なんと駅の中ですぐに買えるらしい。

しょうがないので俺は人生初となるSuicaを購入し、改札を通ろうとした時だった。



「ピンポーン、他の改札口をご利用ください」

俺はそのアナウンスと同時に、改札口をガードしている変な棒の強烈なフックを腹に食らった。

さらにその刹那聞こえてくる、後ろで並んでいる人のため息、舌打ち。

とりあえず他の改札口に回ろうとすると、後ろで並んでいる人達があからさまに不機嫌な顔をしながら他の改札口に散っていった。

(みんな完全にキレてる。俺なんかやらかしちゃったのか?)

どの駅にも人間が2人ぐらいしかいない福島県ではこんな事は起こるはずもなく、俺はなんかヤバい事したのかなと思い焦っていた。

また、他の列に並んでいて全く関係ないのにも関わらず、あからさまに不機嫌な顔で俺の方を見ていたジジイについてはまだ許していない。

しかし事件は続く。

他の改札口に並び直し、ようやく入場かと思ったその瞬間、


「ピンポーン、他の改札口をご利用ください」

またやらかした。

虚しいアナウンスと同時に、腹部に再びお見舞いされる改札口の棒のボディブロー。
後ろの人達のため息、舌打ち。

そして、他の改札に回ろうとした時に浴びせられる後ろの人達の冷たい視線。

これをやらかしたら、どうやらここまでワンセットのようだった。

(俺多分Suicaの使い方間違ってるんだわ…。東京怖い…舌打ち怖い…Suica怖い…ジジイは許さん)

その後、人が少なくなってきたタイミングを狙い極度の緊張状態のまま3度目のチャレンジをし、ようやく入場に成功した。

逆に今回なぜ入場出来たのかが分からない。

その後は通れる時もあるし、通れない時もあった。

確率約50%

良い方の50%を引ければいいものの、悪い方を引いた時の代償がデカすぎる。

それだけあのアナウンスや舌打ちがトラウマとなっていたのだ。

俺は完全に改札恐怖症となってしまっていた。

その時期、改札がどれだけ恐かったかというと、残り穴2本になった状態の黒ひげ危機一発にナイフを入れる瞬間の緊張感を、改札を通る度に味わっていたと言えば伝わるだろうか。

なんでただ改札を通るだけなのに、毎回こんなムダなドキドキを味わわなくてはいけないのだろうか。

その後毎回黒ひげをやるのがさすがにイヤになった俺は、友達に後ろに並んでもらい、改札入場シーンを見てもらう事にした。

案の定入場に失敗し、トラウマのアナウンスが流れたのだが、そのおかげで原因を解明する事に成功した。

俺は、なぜか改札口に体を入れてから、後ろの方に手を伸ばしてタッチしようとしていたらしい。

俺のこの意味不明なムーブにより、Suicaを感知する前に俺の体を感知してしまっていたためエラーが起きていたのだ。


こんな気持ち悪いムーブをするヤツが他にいるとしたら、筋肉番付のショットガンタッチで、スタートダッシュにストイックになりすぎた時のケインコスギぐらいである。


それからは自信を持って改札を通れるようになり、1ヶ月経つ頃には後ろに並んで舌打ちする側に昇格を果たした。

「占い師」

上京してから約1週間が経過した頃(この1週間は遊び呆けていた)、こんなクズな俺がいきなり正社員になるのは難しいと考え、とりあえず適当にバイトしながら考えようと思った。

この考えがそもそもクズ寄りである。

タウンワークやら何やらを見ていると、「PCオペレーター」という謎のバイトが多数目に付いた。

その中に「タイピングが得意な方大歓迎!お仕事をしながらPCスキルに加え、業界知識を身につける事が出来ます。女性が多い職場です
というような紹介文が記載されている会社を見つけた。

ここしかないと俺は思った。

条件が揃いすぎている。


というのも俺は中学生時代、母親の仕事の手伝いで、パソコンを使った文章入力のバイトをしていた事があり、タイピングには絶対の自信を持っていたからだ。

そのバイトは歩合制で、最初の頃は頑張って一日千円ぐらいしか稼げなかったものの、数ヶ月経つ頃には一日一万円を越え、序盤は「パソコンの操作向いてるかもね!」と嬉しそうにしていた母親からも、

いや、やればいいってもんじゃないから。もう金ないわ。さすがにやめて

とドン引きした様子で言われ、文章入力のバイトを強制終了させられるほどの才能を見せた。

そのタイピング能力を活かせるのに加え、そこでPCスキルを身につける事ができれば、後々別の職場で正社員を目指す際にも大きな武器となるに違いない。

さらに女性が多い職場となればもう無敵である。(というかこれが八割)

一石三鳥。デメリット一切なし。鬼に金棒。

俺はすぐさまこの会社に電話をかけた。

面接はすぐに決まった。場所は池袋

私服でOKと書いてあり、罠か?と思いスーツで行こうとしたが、さらに裏を読み、私服で行くことにした。

面接会場に到着し中に入ると、見た目は爽やかそうな好青年っぽい感じだが、何か底知れぬ感じのオーラを漂わせる面接官が座っていた。

多分、普段穏やかだがキレたら手をつけられないタイプのやつだ。

よろしくお願いしますと言うと、面接官が開口一番こう言った。

面接官「今日から占い師になってもらいます

俺「分かりました

面接官「占いに興味はありますか?

俺「あります

(占い師ってなんだ?PCオペレーターの面接じゃなかったのか?何言ってるんだこの人は)

俺は麻雀を覚えてから、占いとかそういうオカ
ルト的なものは一切信じなかったし、全く興味もなかった。

その気持ちとは裏腹に、俺はとりあえず適当に面接官に同調していた。

思えば俺は昔から重度のイエスマンだった。

困ったら、うん、ハイ、分かりましたと言い続けてきた。

自分の意見を主張した事はほとんどないし、自分の意見がそもそもあまりなかった。

めんどくさい事になるなら相手に同調するスタンスで、周りに流され続けてここまで来た。

進路なんて自分で決めた事はなく、親や先生が勧めた高校や大学に行ったし、中学生時代は周りがみんなヤンキーだった為、(なんでこんな太いズボン履かなくちゃいけないんだろう)と疑問に思いながらB-BOYの格好してたし、内心は矢口真里の方が好きなのに「やっぱ安倍なつみが一番だよな」とか言ってしまうぐらい周りに同調し続けて生きてきた。

自己主張ゼロ。空気。コバンザメ。


唯一自己主張した事と言えば、小学生の頃、前回えなりかずきのような髪型にしやがった床屋の店員に「前髪は絶対に眉毛より下だ」と強く指示した事ぐらいだ。



面接官は一通り履歴書を眺め、こう言った。

面接官「へえー、これまでずっと雀荘で働いてきたんですね。実は私も麻雀やるんですよ。麻雀に特化した占い師なんていたら面白そうじゃないですか?

俺「面白そうです

面接官「例えば麻雀牌を使う占いで、完成する役によって運勢を占ったり、ツモってきた風牌で方角を占ったりとか。なかなか斬新で面白そうですよね

俺「面白そうです

俺は、心にもない事を淡々と話す自分にドン引きしていた。

この人が何を言ってるのか正直全然分からない。

麻雀に特化した占い師って何だ。

俺がその占い師になるって事なのか?

PCオペレーターとは何だったのか。

無理だ、色々意味不明だし危険すぎる。
さすがに断ろう。

面接官「あなたはこのお仕事にとても向いているかもしれませんね。来週からお願いします

俺「頑張ります。よろしくお願いします

面接の帰り、俺は自分のイエスマンっぷりに嫌気が差し、少し憂鬱な気分のまま自宅のアパートへ向かった。

(俺は一体何をしてるんだ。何がしたいんだ。
とりあえず家帰ってY君とAちゃんに相談して一旦落ち着こう。一人で悩んでもダメだ。家に帰ると友達がいるっていいもんだな)

そんな事を思いながらアパートのドアを開けると、AちゃんがY君に髪の毛を引っ張られ泣き叫んでいた。

続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?