雀荘メンバー時代その2(トラブル編)
「店長」
(前回の続き)
大学を卒業したものの、ニートだった俺は雀荘でバイトを始めた。
雀荘メンバーを始め約一年。
毎月本走で給料を失い、パチンコでその分を補う自他共に認めるゴミのような生活がずっと続いていた。
その頃は、遅番(21:00〜9:00)でずっと入っていた。
店長(前回紹介した見た目がヤ◯ザ)と2人で遅番に入ることが多かった。
と言うより店長は、従業員が足りないのもあり、早番と遅番両方出ていて、常に満身創痍のような状態で働いていた。
それも当然である。早番と遅番両方とも出勤となると、ほぼほぼ24時間労働である。
卓が早く割れた日に家に帰ってちょっと寝るか、本当に限界が来たときだけ休みを取ると言った感じだった。(月2、3回ぐらい)
もちろん毎日寝ないわけにはいかないので、店長はマルの状態(メンバーが本走に入らなくていい状態)を見つけては、倒れるようにしてカウンター内のイスに座り、少しずつ寝ていた。
ここまで精魂尽き果てた状態でイスに座っている人を見たのは、矢吹ジョー以来である。
また、毎日の疲労もあってか、店長も本走に入るのが大嫌いだった。
お客さんが欠け、俺か店長のどちらかが本走に入らなければいけない状況になると、店長は申し訳なさそうな顔をしながら、
「あの〜…ちょっと行ってもらっていい?」
と言うのが恒例になっていた。
今すぐに死んでもおかしくないような人に頼まれて、断れるわけがない。
分かりました、と言って本走の準備をすると、今日一の幸せそうな顔をしながら、
「ゆ、勇者よ…」
とか言っていたあたりを見ると、心の底から本走に入るのがイヤだったのだろう。
常に疲れた表情をしている店長が心からの笑顔を見せるのは、この瞬間とエロサイトを見ている時だけだった。
店長は、毎回俺に本走にいかせて少し悪いと思ったのか、俺が本走から負けて戻って来た時に、機嫌を取るかのように俺にエロ画像を見せてくる事があった。
だが俺はそこまでロリコンではないので、あまり傷が癒える事はなかった。
月の終わりになると、基本的に俺の給料は壊滅状態になっている。
そうなると本走に入りたくない気持ちはさらに強くなったが、睡眠不足で瀕死の店長に頼むのも気が引けるので、まあ仕方ないかと言う感じで行こうとすると、店長が腕を回しながら、
「今日は麻雀の気分だなー!」
とか言って、フラフラになりながら代わりに本走に行ってくれる事があった。
見た目はヤ◯ザだがめちゃくちゃ優しかった。
「切っていいか?事件」
ずっと遅番で入っていると、同じ面子と麻雀を打つ事が多かった。
俺が本走に入る事になると、よく卓で待っている常連さんから、
「強い人が来たな〜。気を引き締めないとな」
とか、
「おっ、大先生!出番ですか!」
とか言われる事が多かった。
もはや完全にバカにしている。
給料がなくなるので本走には入りたくなかったが、仲良くなった常連のお客さんと麻雀を打つのは結構楽しい部分もあった。
そんなある日、いつも通りに常連さんと麻雀を打っていて、俺は順当にボコられていた。
するとそこで、初めて見るお客さんが店に入ってきて、そのままちょうど俺のいる卓に入った。
見た目は30代後半ぐらいで、深々とキャップをかぶっていた。
そんなのどこに売ってるのというような独特なデザイン(ダサい)のキャップをかぶっていたのを覚えている。
そして、なんとなく厄介そうなオーラが漂っている。
他のお客さんと少し喋っているのを見ると、たまに来てるお客さんらしい。
俺はその人と初めて打つので、とりあえず何かやらかさないように慎重に打った。
しかし、無情にも事件は起こる。
俺の親番が回ってきた時、対面のおっちゃん(常連)が自分の第一打を切る時に、
「切っていいか?」
と聞いてきたので、俺は
「はい」
と答えた。
すると、対面のおっちゃんは第一打を切らずに、九種九牌で流した。
おっちゃん「いやー、親の手がいいなら流すかー」
とか言いだしたのを聞いて、さっきの質問の意味を理解した。
おっちゃんは、
「切っていいか?」じゃなくて「手いいか?(手牌いいか?)」
と俺に聞いてきていたのだ。
その質問に対し、俺が「はい」と返事をしたので、九種九牌で流したと言う事らしい。
すると上家に座っていたキャップが、おもむろに俺の手牌を覗き込んできた。
その時、俺の手牌はバラバラだった。
むしろ俺が九種九牌で流したかったぐらいである。
するとキャップは、自分の好配牌を流されたのか、キレ出したのだ。
キャップ「全然手良くないじゃん。これのどこがいいの?」
俺「すみません、切っていいかって聞こえました」
キャップ「そんなこと聞く人いないでしょ」
俺「すみません」
俺は謝りながら、手いいか?って聞くやつも中々いないだろと思った。
しかし、その事件をきっかけにピリピリとした空気が流れ始める。
(まずい雰囲気だ…とりあえずもうこれ以上事件は起こさないようにしよう)
そして5分後、事件が起きた。
「三面張事件」
相変わらず重い空気が流れる中、対面のおっちゃんだけずっと喋り続けていた。
おっちゃん「いやー、あんた、一番厄介な人に目つけられちゃったねー!」
一人だけめちゃくちゃ楽しそうである。
このおっちゃんはとにかく喋り続ける人だった。
悪気はないのだろうが、喋りすぎてちょっとしたトラブルを生む事が多々あった。
ただこのおっちゃんが言うように、キャップが厄介な人だというのはやはり間違いないようだった。
その後、南場に入り、俺は先制聴牌を入れる。
こんな形で立直を打った。(細かい所は適当)
この立直を受け、対面のおっちゃんが立直一発目に長考に入る。
するとしばらく考え、
「うーん、この捨て牌は三面張だなー。俺には分かるぞー。だからこれは通るな」
とか言って、一発目に7sを打ってきた。
長年の経験から捨て牌読みをマスターしたのか、驚異の三面張一点読みである。(実際はペンチャン)
1sが通ってるから、待ちが三面張なら7sは通るという理論らしい。
絶対ただ7s切りたいだけである。
しかし、この三面張理論が思わぬ悲劇を生む。
おっちゃんの7sが通り、キャップの切り番になった。
キャップ「三面張か、じゃあこれも通るな」
とか言いながら、一発で7pを切ってきた。
俺「ロン」
それを見た瞬間、爆笑するおっちゃん。
しかし、おっちゃんが笑った事も相まってか、キャップはこの放銃でまたキレてしまったのだ。
キャップ「何が三面張だよ!クソ待ちじゃねーか!」
一瞬ふざけて言ってるのかと思ったが、顔を見るとどうやらマジだ。
(ヤバい、なんかガチで怒ってる…。これは止めに入らないと大変な事になりそうだ)
そう思い、おっちゃんにあまり余計な事を言いすぎないようにと注意しようとした瞬間、異変に気づく。
キャップはなぜか、俺にキレていたのだ。
キャップ「お前が三面張って言うから、振り込んじまったじゃねーかよ!」
俺「!?」
(俺じゃない…さすがにこれは三面張とか適当な事言い出した対面のおっちゃんに助けを請うしかない…)
と思い、対面のおっちゃんの方を見た瞬間に衝撃が走る。
明らかに「俺しーらね」みたいな顔をしているのだ。
とんでもなく的外れな謎理論を展開し、悲劇を生んだ挙句、最終的にこの顔である。
俺「あ、いや、僕は三面張とは言ってないです」
キャップ「何だ一発でアガっといて、人のせいか!」
俺「いや…」
もう全てがよく分からなくなっていた。
満員電車で目の前の人が痴漢しているのを目撃し、それを止めようとしたら、痴漢された女に俺の腕をつかまれ「この人痴漢です!」って言われてるような感覚だった。
(しかしここで抗っても、事態はさらに悪化しそうだ…)
冤罪に遭った人は、実際何もやってなくてもプライドを捨て、罪を認めて謝ることで被害を最小限に抑えられると言う話を聞いた事があったので、俺はとりあえず謝った。
何に対して謝ったのか未だによく分からない。
それでその場面は何とか凌いだものの、ピリピリとした空気は収まらなかった。
そんな空気の中、対面のおっちゃんだけ一人で、
「お、早い立直って事は、まさかあれかー?」
とかなんかまた事件になりそうな事言い出してたので、その時ばかりは本当に帰ってほしかった。
その半荘が終わるぐらいに新しいお客さんが来てくれたのもあり、俺はその地獄の卓から抜け、カウンターに戻った。
「なんかあったら起こして」と言っていたので、真っ白に燃え尽きてる店長に、一応軽いトラブルになったのを報告しておこうかと思い、軽く声をかけた。
すると急にすごい勢いで顔を上げたのだが、その表情は、元々の見た目の怖さに極度の疲労と睡眠不足がプラスされ、もはや目の焦点が定まっておらず、臨戦態勢に入ったドリアン海王みたいになってしまっていた。
(ヤバっこわっ)
こっちはこっちで事件である。
さらにこの顔で、
「なあ…俺って…この世で一番勤務時間長いと思うんだけど…どう思う?」
とか聞いてきてかなりヤバそうだったので、その通りですみたいな事言ってそのまま寝かせておく事にした。
返答次第では殺されていたかもしれない。
立番してたらキャップに絡まれそうだし、カウンターにはドリアン海王がいて怖いので、一旦トイレに逃げ込み気を落ち着かせた。
しかしトイレから戻ると、店長が起きていて、カウンター内で何やら神妙な面持ちで携帯をいじっていた。
その表情から、今回はエロサイトを見ているわけではなさそうで、何か起きたのか完全に目が覚めている様子だった。
そんな中悪いとは思ったが、次いつ矢吹ジョー状態になるか分からないので、今の内に三面張事件について報告しておく事にした。
すると、
店長「マジか。それよりちょっと大変な事になったんだけど、これって払わないとやばいの?」
完全にワンクリック詐欺に引っかかっていた。
エロサイト見すぎである。
その日はその後、店長が本走に入ってくれたのもあり、大きな事件になる事はなく終わった。
しかし、その日からキャップが毎日のように店に来るようになり、俺の給料とメンタルはさらに崩壊していく事となる。
続く。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?