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天皇の行方 第八章及び第九章

著:GeArmy888



八 名を正す

私はこの研究において一度も「天皇制」「天皇家」という言葉を使って
いない。孔子は弟子に「乱れた国の改革を任されたらどうするか?」
と質問され、「必ずや名を正さんか。」と答えた。名とは言葉のことである。
その理由がわからない弟子は孔子に理由を尋ねると、
「言葉が正しくなければ、言論が正しくならず、言論が正しくなければ、
政治がうまくいかず、政治がうまくいかなければ、文化も繁栄せず、
文化が繁栄しなければ、法令が適正にならず、民衆も安心して
過ごせない。」と言った。これを「正名論」という。そのため、私は言葉に
こだわっている。「天皇制」という言葉の制度という意味は間違いである。
天皇は制度ではなく、日本の整理雨とともに自然に形成され、存在
していたのである。天皇や皇室にもそれに伴う制度が憲法や皇室典範
に定められているが自然形成された天皇が主体である。天皇や皇室
そのものは制度ではない。また、「天皇家」という言葉も間違いである。
「家」とは社会生活を営む上での私的生活の単位である。しかし、
「皇室」は皇族方が私的生活を営むことが本質ではない。国家国民統合
の中心として、国家という有機体の一器官として考えるべきである。
「天皇家」「天皇制」という言葉は間違いである。


九 大日本帝国憲法における主権

天皇は国民ではない。天皇には戸籍がなく、即位拒否や退位の自由、
職業選択の自由もない。また、参政権や年金などの社会保障もなく、
信教の自由もない。日本には天皇と国民がいて、天皇のもとにすべての
国民が平等であるという考えを「一君万民」、「八紘一宇」という。
これは平等思想であり、階級社会の思想ではない。
では大日本帝国憲法は天皇絶対主義だったのだろうか?
第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とある。
この条文は井上毅の憲法草案では、「之ヲ統治ス」ではなく、
「之ヲ治ス所ナリ」であった。
「シラス」動詞の「知る」に尊敬語の助動詞「す」を接した言葉である。
つまり「シラス」はお知りになるが由来で「公平に治める」という意味で
ある。現代語訳するのであれば、「大日本帝国は万世一系の天皇が
これを公平に治める」となる。また、第一条が国体に関する規定であった
のに対し、第四条では政体に関する規定である。
「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ、此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」
とある。ここでの統治権は主権と同じ意味である。だからといって主権を
総締めしていたわけではに。攬という字は漢字源によると、
「とる・あつめてもつ」という意味である。つまり、手に取るだけで行使は
できないのである。また、「憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」とあることから、
天皇も憲法に縛られている事がわかる。まさに、天皇は国家権力を
「手に取る」だけで単独で権限を行使することはできないのである。
大日本帝国憲法においても天皇は主権者ではなかったのである。
また、「元首」とは言葉通り、「首の元から上」のことである。国家を法人
としてみたときに、最も重要な部分を元首という。元首とは国家における
最高機関のことである。そして大日本帝国における主権は「法人」としての
国にあったのである。現在我々が受けている様々な権利が
「首の元から上」のみに与えられ、手足には与えられないということはない
ということと一緒である。大日本帝国における主権は天皇でもなく、
国民でもなく、国にあったのである。また、大日本帝国憲法第三条には
「天皇ハ神聖ニシテ侵スべカラズ」とある。この条文における
「神聖不可侵」とは「尊厳や名誉を汚してはならない」という意味である。天皇は政治に介入できないかわりに結果について責任を問われないというのが例である。大日本帝国憲法以前に存在した君主国の憲法では
スウェーデン、ノルウェー、バイエルン、ポルトガル、イタリア、
オーストリア=ハンガリー、スペインが「神聖不可侵」であるとしていた。
中世ヨーロッパの国家では、君主のみが権力を持っていた。
しかし、近代民主主義が台頭すると「君主」と「国民」が対立する。
その結果、フランスは国民だけの国にし「国民主権」とした。近代国家は
君主を廃絶し、「国民主権」とするか、君民共同体に主権を認めるかを
選んだ。日本では元々天皇が権力を持たず、国民と対立することが
なかったので君民共同体たる国家に主権を認める形になった。
戦後GHQが日本国憲法を作った。戦勝国が敗戦国の憲法を制定すること自体が、ハーグ条約にもポツダム宣言にも違反する無法行為なのだが、
なぜGHQは「天皇主権」というデマを利用したのか?答えは明確である。
それは日本を弱体化させるためである。日本位は「一君万民」という
平等思想があり、有史以来、天皇と国民が対立したことがない。
この一体感こそが、日本社会の強さの根源であることに気づいたGHQは
アメリアの脅威を排除するために天皇と国民を対立させようとした。
その仕組みが「天皇主権」というデマであった。
また、現行憲法では天皇を「元首」とする「記述」が消え、「象徴」とする
記述が新たにできた。そのため、「天皇は象徴に過ぎない」という
表現が広まった。象徴とは「Symble」のことである。シンボルマークは
和製英語であり、御用である。ここでの「Symble」は和製英語の
シンボルマークという意味ではなく「Symble」という英語本来の意味
である。企業ロゴや交渉もその会社や学校を表す印であるが、これは
「Sigh」である。これは今生きている人間によって変更可能なものをいう。
訳は象徴ではなく「目印・記号」である。これに対して「Symble」とは
神聖性と歴史性を帯びた聖なる概念であり、現在の人間の意志で
変えることはできない。キリスト教のシンボルを十字架から変えることは
できない。そして、天皇は古来より「象徴」であった。現行憲法はそれを
明文化しただけである。主権は「国」にあり、天皇は「元首」であり、
「象徴」である。

次回、第十章「天皇の称号誕生」
御清覧いただきありがとうございました。


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