【マンション建替え四部作 パート2】【資金0円での建替えの「減歩率」を明示すれば建替えの合意は容易にできる】
資金0円で組合員に経済的負担のないマンション建替えをするのに「減歩率」が何%になるかは【マンション建替え三部作 パート1】で纏めました。詳しくはそちらの記事をご覧ください。
老朽化で雨漏れが多発していている。耐震診断で耐力不足が指摘されている。共用配管から水漏れが多発している。これらの原因で修繕費が莫大な金額になっていたら、修繕積立金を値上げするよりも、建物を解体して建替えたほうがいいのかもしれません。
賃借権や地上権のマンションは、その権利の更新に高額の費用が必要なので、管理費を大幅に値上げするか、一時金を徴収しなければなりません。それなら、更新を機に建替えて、その事業計画の中に底地の買い取り費用も組み入れて、所有権のマンションに建替えるほうがいいのかもしれません。
1.【何をするのか、その結果どうなるのか、明確に組合員に説明する】
建替え事業を実施するのには、建替え決議がまず必要です。組合員(区分所有者)の80%の賛成がその条件です。管理組合の理事会は総会に「建替え事業計画案」を議案として提出し、建替え合意の議決を得なければ始まりません。この「建替え事業計画案」は会社なら「新規事業計画の稟議書」です。その決済をするのは役員会や取締役会です。総会の議決はこの決済に該当します。
「建替え事業計画案」の決済権者は組合員の皆さんです。だから、「建替え事業計画案」には何がしたいのか、決済権者が理解できるような説明が、記載されていなくてはいけません。説明不足の「稟議書」では決済はできませんから、決済すなわち議決ができるまで、何度でも作り直さなければなりません。
役員会での審議に値する「稟議書」には、その事業を実施すると会社にはどんな利益があって、実施するにはどんな犠牲を伴うのかが、一目瞭然で示されていなければいけません。組合員は男女、年齢、家族構成など様々です。居住者も賃貸人も混在しています。建替えは賃借人にも影響が及びます。誰が見ても一見で、自分にはどんな影響があるのかが理解できる「建替え事業計画案」が必要です。
2.【何を判断すればいいのか明確に説明する】
「建替え事業計画案」は組合員が、金銭的な負担やそのほかの負担などを何もしない、という条件で作成します。建て替えの時期には高齢の組合員が多いので、貯えもないし借り入れも難しい組合員が多いでしょう。この人たちにも賛成してもらわなければ、80%が賛成する議決はできません。だから、建替えをするとどうなるのかを、全ての組合員が理解できるように明確に記載した「建替え事業計画案」を作らなくてはなりません。
「建替え後に戻ってくる新しい建物の部屋は、今よりも幾分狭くなりますが、それを我慢できますか」「建替え工事の期間だけは近隣の、別の部屋に住んでもらうのですが宜しいでしょうか」その2点だけ納得してもらえばそのほかには、何の負担もありません。こんな内容の建替え計画に賛成してもらえますか。こう説明できれば建替え計画が実施されることで、何がどうなるのか明確に分かります。イエスかノーか簡単に答えられます。
普通ならイエスと答えてくれます。そんなうまい話があるはずがないと思う、疑り深い人や天邪鬼のような人は、反対するかもしれません。建替え後の部屋があまりに狭くなって、とても住めないような計画であれば、反対するかもしれません。ですから、建替え後に部屋がどのくらい狭くなるのかを示す、「減歩率」が賛否のポイントです。「減歩率」の明記は絶対に必要です。そして、狭い部屋をもう少し広くしたいときに幾らぐらい必要なのかも明確に、示さなければいけません。
3.【建て替え合意決議をするために使う費用がもったいない】
建替えが成功するか失敗するかはどれだけスムーズに、建替え決議ができるかで決まります。「減歩率」とその前提となる条件の「組合員の負担無し」が明確に示された「建替え事業計画案」が作れたら、建て替え合意の議決はスムーズにできます。
一般にマンションの建替えは、デベロッパー主導、あるいはコンサル機能を持つ設計事務所主導、又はゼネコン主導などで進められます。その理由は理事会が「建替え事業計画案」を作成できないか、作成しようとしないからです。
ところがこのやり方には問題があります。デベロッパーなどが提示する「建替え事業計画案」には「減歩率」が明示されることはほとんどありません。「減歩率」は事業の費用と収入を明示した「損益計算書」に基づいて決定します。「損益計算書」はデベロッパーの報酬金額を明記せずにはつくれません。しかし、それはデベロッパーとしては、あまり知られたくない金額です。そんな事情があるので彼らが作成する「建替え事業計画案」は分りにくいのです。だから、建替え合意決議を成立させるために、彼らは多くの時間と多数のスタッフを使わなければなりません。合意形成までに多大な費用が掛かります。その費用は全て建替え事業の費用に上乗せされます。その結果「減歩率」が数%上昇し、組合員が受け取る開発利益が減少します。自己負担無しで取得できる部屋の広さが狭くなります。
4.【建替え計画の概要と減歩率】
マンション建替え円滑化法が施行されて、危険な要素のあるマンションの建替え事業では、取壊す建物と同じ床面積の建物が建築できるようになりました。ですから従前と同じ床面積の建物に建替える前提で、建替えた建物の一部の床を売却し、それを事業資金に充当し、全く自己負担金無しで建替えるときの事業計画を、別の記事で示しています。
敷地が所有権のマンションを新しいマンションに建替えるときの「減歩率」は34%という結論でした。「減歩率」が34%ということは66%が残りますから、50㎡の古い部屋は、33㎡の新しい部屋と交換になるということです。
敷地が賃借権のマンションを、敷地が所有権の新しいマンションに建替えるときの「減歩率」は38%という結論でした。そして、敷地が地上権のマンションを、敷地が所有権の新しいマンションに建替えるときの「減歩率」は35%という結論でした。
5.【仮住まい・増し床・転出の条件は】
この「建替え事業計画案」に対する賛否を判断するために組合員が知りたいことは、「減歩率」のほかに(仮住まい)「引っ越し代や建替え期間中の仮住まいの家賃はどうなるのか」(増し床)「いくら払えば狭い部屋をどのくらい広くできるのか」(転出の条件)「事業に参加しないで転出したいのだけれどいくらもらえるのか」です。以下で順に説明します。
(仮住まい)
建物解体・建築期間中の仮住まいに必要な家賃は全額補償します。着工前と竣工後の二回の引っ越しの煩わしささえ我慢すればいいのです。狭くなった部屋で暮らしても良いのなら、建替え後には新しい建物に戻ってきて、そこに住み続けることができます。
(増し床)
もう少し広い新しい部屋が欲しいとか、元の部屋と同じ広さの部屋が欲しいとか、今よりもっと広い部屋が欲しいとかいうのであれば、新しい建物の部屋をその面積分だけ買い増せます。そのときの購入単価は建て替えた新築マンションの床単価(保留床単価)と同じと一旦はしておきます。事業の進行過程で事業に参加せずに、転出する組合員が多ければ多いほど、権利床(組合員が買い増す床)の単価はその分(転出者は開発利益を貰えませんからそれを建て替えに参加した組合員に配分します)だけ安くなります。
(転出)
建替えに参加せずに転出するときは、管理組合(そのころには建替事業組合になっています)に、時価でマンションを買い取ってもらいます。時価は取引事例の多いリノベ済みの中古マンションを基準として設定しておきます。内装が古い部屋はその分減価して査定します。時価で転出補償をしますから、転出者はその補償金で近隣の現在の部屋と同じ床面積の部屋を取得できます。最近建て替えるマンションの部屋を購入したばかりの人も、買った価格とほぼ同額が補償されるので、なんとか納得できるでしょう。そんな買取り予定単価でなら売ってもいいよというのなら、建替え合意決議に賛成でいいのです。
6.【賛成か反対かの判断のポイントは】
このようにそれぞれの条件が示されて、明確に説明ができたなら「自分は狭くなった部屋で我慢できるだろうか」「自分の手持ち資金や借り入れ能力で、何㎡まで増し床が取得できるのだろうか」「狭い部屋に住みたくないし増し床を取得する資金も無い。買取り単価が適正に査定されるなら売ってもいいか」組合員それぞれが判断できます。「建替え事業計画案」はこのように、組合員全員が簡単に判断できるような資料でなくてはいけません。
7.【計画はあくまで計画です】
令和5年の東京都の鉄筋コンクリートの建物の建築工事費単価の平均は、1㎡当たり34.1万円ですが、「建替え事業計画案」では1㎡当たり40万円で建築工事をする前提で計画しています。もしも1㎡当たり35万円で工事ができたら5億円余ります。そうなれば減歩率を約2.5%引き下げられます。
反対に計画の予算額をオーバしたら、その分だけ減歩率を引き上げなければなりません。そうなると事業は頓挫するかもしれません。だから、建替え事業計画案の段階では「減歩率」を多めに設定した計画案で、建替え合意の議決を得ておかないといけません。
それ以外の費用項目にも増減の可能性はありますが、計画の成否に大きく影響するのは建築工事費単価です。だからこの項目は余裕をもって想定しています。
それでも工事費はどこまで上昇するか分かりません。だから収入を決定付ける床の販売単価は控えめに想定しています。中央区や千代田区のマンションは超都心に立地しています。築地市場跡地の開発や、築地川遊歩道の構想や、数寄屋橋周辺の高速道路の緑道化計画もあります。そこに建築される新築マンションの販売価格は将来もっと高くなるかもしれません。「建替え事業計画案」は費用を高めに収入を低めに見込んで作成していますから、「減歩率35%前後」は上限と認識しています。
8.【建替え事業計画案の作成と建替え合意の議決】
建替え事業の最初の段階は、管理組合が自分の力で建替え合意の議決ができるような「建替え事業計画案」を作成し、80%の賛成を得ることです。「建替え事業計画案」の作成には、多くの知識や情報が必要です。情報が足りなければ今後発注が予定される、設計、解体、建築、評価、販売、登記などの業務について、基本的な情報収集をしなくてはならなりません。管理組合のメンバーだけでは力不足なら、有能なアドバイザーを探しましょう。このアドバイザーを探すのも結構大変な仕事ですが、企業のひも付きでない人でなければいけません。組合員の中やその知り合いに適当な人がいなければ、区役所などに紹介してもらうのもいいでしょう。有料で委託するのであれば、再開発コーディネータ協会などで、実績のある再開発プランナーに出会えるかもしれません。不動産鑑定事務所でも引き受けるかもしれません。組合員間の意見が対立することも多いので、弁護士事務所でもこの業務を引き受けるところがあるようですが、どんな仕事をするのか私は知りません。
この時点でどこかの企業と契約したりすると。たいていはその企業が主導権を握ってしまいます。開発利益のかなりの部分をその企業が取得することになるでしょう。ですから、建替え合意の議決は大仕事ですが、管理組合がこれを自分たちでやらなければいけません。
この記事を含む【マンション建替え三部作】は、良いアドバイザーが見つからなかった時にでも、管理組合が自分たちで建替え事業計画案を作成し、建替え合意の議決ができるようにと願って記述しました。個々の建て替え事業計画に適用する数字の精度を上げるための、ヒアリングは自分たちで必ずやって下さい。
9.【建替え合意の議決が成立すれば、パートナーは自由に選べます】
管理組合書道でここまでできれば建替え事業計画案で予定した「減歩率」を、1~2%くらい引き下げられるかもしれませんが、初めから丸投げで企業が主導権を握ったら、「減歩率」は簡単に5%以上、跳ね上がるかもしれません。
建替え合意さえできていれば、その先の仕事をしてくれるパートナー選びの選択肢は大きく広がります。分離発注で設計、解体、建築、評価、販売、登記などを、別々に契約してもいいのだし、その業務のいくつかを纏めてその業務グループごとに、ふさわしいコンサル会社や設計事務所やゼネコンと契約してもいいし、全部まとめてデベロッパーと契約してもいいのです。デベロッパーの提示する「減歩率」が許容範囲であったなら、これが一番安全で、確実な方法です。
底地の買い取り費用が必要で、その分最初から「減歩率」が大きくて、開発利益率の低い借地権付きのマンションの建替えに、デベロッパーは一般に消極的ですが、既に建替え合意が成立していれば、合意形成に費やす大きな不確定費用がいらないので、良い条件で契約に応じてくれるかもしれません。
10.【組合員の利益が最大になる事業方式は分離発注方式です】
分離発注方式は管理組合(建替え事業組合)の負担が一番大きい方式ですが、信頼できる有能なコンサル会社と契約すれば、これを採用することも可能です。管理組合自身が頑張ることの見返りは、組合員が受け取る開発利益が最大になることです。設計、解体、建築、評価、販売、登記などの様々な業務をそれぞれ分離して、別々の会社に発注する方式です。
業務ごとに合い見積もりを取って業者を決めるので、それぞれの発注先はお手盛りで勝手に開発利益を膨らませたりすると、見積もりが高くなって業務を受託できません。だから開発利益のほとんどを組合員が得られます。
「建替え事業計画案」も無いままで、建て替え決議もできていない段階で、デベロッパーやゼネコンに全部を丸投げすると、開発利益の大半を彼らが持っていきます。建替え合意の議決までに要する不確定な費用額を多めに見積もって、採算割れの危険回避をするためでもあるでしょう。そのために「減歩率」が膨らんでしまい、「建替え事業計画案」の枠内に収まらなくなることもありえます。さて、ここから先は管理組合が選定した信頼できる業務契約先の仕事です。ボランティアのアドバイザーの仕事はここまでです。
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