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静岡硬式野球倶楽部の大金星を振り返る 〜静岡県知事杯決勝戦 観戦記〜

8月7日と8日に浜松球場で開催された静岡県知事杯 社会人・大学野球対抗戦を観戦しました。

これは県内の企業チーム、クラブチーム、大学チームが一同に会し優勝を争う大会で、今年はヤマハ、スクールパートナー、浜松ケイ・スポーツBC、山岸ロジスターズ、静岡硬式野球倶楽部、日大国際関係学部、静岡産業大学、静岡大学が参加しました。

先に結論を言うと決勝へ駒を進めたのは静岡硬式野球倶楽部とヤマハ。試合は静岡硬式野球倶楽部が大会3連覇のかかったヤマハを破り初優勝を飾りました。

優勝した静岡硬式野球倶楽部は静岡市に本拠地を置き、経営母体を設ず選手・スタッフで運営している、いわゆる純クラブチーム。今年はクラブ選手権、都市対抗ともに一次予選敗退に終わっています。

対するヤマハ。磐田市のヤマハ発動機野球部が頭に浮かんでいる方もいらっしゃると思いますが、そっちではなく浜松市の方のヤマハ。あのヤマハです。楽器のヤマハです。劉秋農投手が在籍していたヤマハです。2016年日本選手権優勝チームのヤマハです。去年の都市対抗東海第3代表のヤマハです。Y!A!M!A!H!A!ヤマハ!です。

静岡硬式野球倶楽部も今年の東海地区クラブ選手権で愛知県クラブチームの絶対王者・矢場とんブースターズに勝利していることからわかるように力のあるクラブチームであるのですが、さすがに企業がバックに付いているヤマハが相手だと…と思っていたのは正直なところです。失礼ながら持ち前のディフェンス力でヤマハ相手に競り合えたら充分満足と考えていました。

更にこの日の静岡硬式野球倶楽部は不動の1番高取選手と4番上村選手を欠いており、同日に行われた準決勝ではエースの大沢投手が7イニングを投げているため決勝では計算に入れづらいという条件も重なっています。

何 故 勝 て た

この記事ではヤマハの敗因ではなく静岡硬式野球倶楽部の勝因並びに試合運びにスポットライトを当てて振り返っていこうと思います。ヤマハに何が起きたのか知りたいというそこのあなたの欲求を満たすことはこの先何一つ書いていないのでいいねを押してからこのページを閉じていただけると幸いです。

両チームスタメンと得点経過

両チームスタメンは以下の通り。静岡硬式野球倶楽部は後攻です。

ヤマハ 5青柳 8矢幡 2川邊 D前野 3藤岡 9網谷 6相羽 7古川 4永濱 P清水
静 岡 3柿澤 8安本 5有賀(純) 2吉永 D有賀(龍) 4川岸 9松村 7田宮 6池井戸 P川里

1回表 一死二塁で3番川邊選手がライト前にタイムリーヒット。ヤマハ1点先制。
1回裏 一死二塁で4番吉永選手がライト前にタイムリーヒット。静岡硬式野球倶楽部1点返して同点。
7回表 一死三塁で3番川邊選手がセンターへ犠牲フライ。ヤマハ1点勝ち越し。
7回裏 一死二三塁で6番川岸選手がセンター前にタイムリーヒット。静岡硬式野球倶楽部2点を入れて逆転。
9回表 二死一二塁のチャンスを作るも3番川邊選手見逃し三振でゲームセット。

これだけを見ると試合が動いたのは1回と7回。ヤマハが2度のリードを守りきれずに負けたような感じです。もうちょっと掘り下げてみましょう。

手も足も出ない打線

さて、1回と7回に得点した静岡硬式野球倶楽部ですが、じゃあ2回から6回まではどうだったのかというと、ヤマハ先発清水投手のキレッキレのストレートと球速差のある変化球に完全に翻弄されてしまい、ランナーを1人も出すことができない、三振と内野ゴロをひたすら繰り返すという状態でした。
これだけ圧巻のピッチングされてしまうとこれがプレッシャーとなりチームとしても徐々に追い詰められていってしまうものですが、それをさせなかったのが静岡硬式野球倶楽部の先発だった川里投手のピッチングでした。

粘投を見せた右のエース

川里周投手はスピードこそないもののスリークォーターで変化球を丁寧に散らすピッチャーで、エース格であるサウスポーの大沢達也投手と並ぶ右のエースです。
1回表に先制を許したのは前述の通り。2回以降もたびたびピンチを迎えますが後続をしっかりと打ち取り勝ち越しは許しません。
また無駄球が非常に少なく1人の打者に対して3球以内で抑えることが多かったこともこの日のピッチングの特徴でした。
回が進んでも、打順が二巡三巡しても、そしてピンチを招いてもこうしてすいすい投げ続けていたのでチームとしても心強かったことと思います。きっとバックも守りやすかったんじゃないでしょうか。

破れた均衡と勝負の継投策

好投を続けていた川里投手でしたが、7回表に一死三塁で犠牲フライを打たれて遂に勝ち越しを許してしまいます。
とはいえこれで二死無走者。川里投手に大きく崩れた様子もなかったのであと1人しっかり打ち取ってくれればと言った場面でしたが、ここで静岡硬式野球倶楽部の伊藤監督が動きます。マウンドに上がったのは背番号17、新村未来投手でした。
今年から静岡硬式野球倶楽部に加入した新村未来投手は大学在学中の女性選手。試合前のシートノックや攻守交代、グラウンド整備で自ら率先してよく動いている姿を都市対抗静岡一次予選の時から見ていて、どこかで投げているところを見たいなあと思っていたのですが、まさかヤマハ相手に投げることになるとは。

都市対抗一次予選の試合前に池井戸選手とキャッチボールをする新村投手

身長164cm、体重も全選手中最軽量の新村投手は185cm、83kgの前野選手に相対します。
初球ストレートでストライクを奪うと2球目は超スローボール。これもしっかりゾーンを通過させて前野選手を追い込みます。そして3球目、低めの変化球を引っ掛けさせてファーストゴロに打ち取りしっかりと仕事を果たしました。

スピリチュアル系野球観戦者の私としては勝ち越されたとは言え点が入り試合が動いたので、次のアウトの取り方次第ではこっちに流れを持って来れると見て新村投手を投入したように見えました。
安定したピッチングを続けていた川里投手を代えるのはかなりの賭けだったと思います。もしこれが失敗したら一気にヤマハペースになってしまう可能性も充分にありました。しかしリスク回避より勝利への扉をこじ開けることができるかもしれないという僅かな可能性を選択した伊藤監督の采配とそれに100%応えた新村投手。逆転への機運を少し感じた瞬間でした。

逆転

さてそんな流れで7回裏の攻撃に入った静岡硬式野球倶楽部でしたがヤマハのマウンドには2回以降パーフェクトピッチングを続けている清水投手が上がります。
攻撃面で付け入る隙を探すとしたら…ここまでランナーを出さずにずっと自分の調子で投げ続けているので、どういう形でも良いから出塁をして相手のリズムを崩すことができれば何か起こるかも、と考えていました。
一死後、4番吉永選手が初回以来のヒットを放ち待望の出塁。5番有賀龍也選手もヒットで続き一死一二塁。更に牽制悪送球も起きてランナーはそれぞれ進塁。一死二三塁となり、もうここを逃したら勝ち越せないぞと言わんばかりの大チャンスを迎えました。
打席には6番川岸選手。カウント2-0からスクイズを仕掛けますが投球は外角低めに大きく外れるワンバウンド。川岸選手はどうにかバットに当ててファールにします。
難を逃れた直後の4球目、川岸選手はヒッティングに切り替えます。打球は前身守備の内野を破りセンター前へ。同点のホームを踏んだ吉永選手に続いて有賀龍也選手もホームに突っ込みます。センターから素晴らしい返球が返ってきましたがキャッチャーが捕りきれずセーフ。静岡硬式野球倶楽部は逆転に成功し清水投手をノックアウトしました。

残り6アウト

逆転に成功した静岡硬式野球倶楽部は8回表のマウンドに宮島大樹投手を送ります。宮島投手はこの日の第1試合でも2イニング投げていました。しかしそんな疲れは一切見せない、そして大金星まで残り6アウトというプレッシャーも感じさせない素晴らしいピッチングで8回表をなんなく3人で片付けます。

準決勝で登板した宮島投手

スコアは3-2、静岡硬式野球倶楽部1点リードのまま遂に9回表まで来ました。マウンドには8回に続いて宮島投手がそのまま上がります。

残り3アウト。さすがにプレッシャーがあったのか先頭の代打羽山選手にストレートの四球を出します。このまま引き下がるわけには行かないヤマハは鈴木選手を代走に送ります。
続くバッターは9番永濱選手。2球目を打ち返し打球はセカンドの前に転がる緩いゴロ。これは進まれたかなと思ったのですがセカンド川岸選手が素早く二塁へ転送、代走の鈴木選手をアウトに取りました。
二塁へ進まれなかったこともそうですが、代走の選手をアウトに取ったのはとても大きかったと思いますし宮島投手も楽になる大ファインプレーだったと思います。
次の代打東選手もサードフライに打ち取り、いよいよあとアウト1つまで漕ぎ着けますが、2番矢幡選手がレフト前ヒットで繋いで二死一二塁。逆転のランナーを出したところで伊藤監督がマウンドへ向かいました。

タイムの間、私は勝ちたいという気持ちよりも試合をひっくり返されるんじゃないかという恐怖の方が上回っていたので頭の中でとにかく予防線を張っていました。
もちろんこの試合は勝ちたい。あとアウト1つだし。
そもそも5回終了時で同点だったし、新村投手の登板も見られたし、逆転してリードを奪うところも見られたし。ここまでやってくれただけでも充分満足。
でもやっぱりここまで来たら勝ちたい。

そんなことを考えている間に監督はベンチへ戻りプレイが再開されました。バッターはここまでチーム全打点をあげている3番川邊選手。
カウント2-1の5球目、いつも登板時にする両手を広げる動作をもう一度行い気持ちを落ち着けた宮島投手は外に変化球を投じます。際どいコースに決まったバックドアを川邊選手は見逃しましたが球審の右腕が力強く上がり見逃し三振となりゲームセット。

静岡硬式野球倶楽部、大金星の瞬間でした。

試合終了後の整列が終わり改めて歓喜に沸く静岡硬式野球倶楽部の選手たち。その中で吉永祐太郎選手が目頭を押さえているのがとても印象的でした。
最初にも書きましたが、今年のクラブ選手権一次予選では逆転負け、都市対抗一次予選ではコールド負けで予選敗退。東海地区クラブ野球選手権大会では決勝でサヨナラ負けを喫し2年連続準優勝。外から見ているだけの私でもこれだけ浮かぶくらいなので現場ではもっともっと苦しいことがあったことと思います。
主将として、4番として、正捕手として、チームの色んなものを背負ってきたであろう吉永選手だからこそ込み上げるものがあったのでしょう。
そんな吉永選手は今大会の最優秀選手賞に輝きました。この試合で先制タイムリーと逆転のきっかけを作るヒットに同点のホームイン、守備では2度の盗塁阻止。そしてヤマハ打線を2点に抑える好リード。文句なしの受賞です。

いつかやってくれるであろうと思っていた企業チーム相手の白星

ここまで散々大金星だなんだ言ってきましたがこういう試合をやってくれるんじゃないかという期待は実は去年からありました。長良川球場で観戦した東海地区クラブ野球選手権大会準決勝 焼津マリーンズ戦を観戦した時です。

この時の先発は大沢投手。前日の1回戦で優勝候補・矢場とんブースターズを破り勝ち上がってきた焼津マリーンズを1-0のロースコアで退け決勝へ駒を進めています。
試合の詳細はnoteに残してあるので興味のある方は是非どうぞ。

大沢投手特有の球筋とコントロールで淡々と焼津マリーンズを抑え続け、時に鋭い打球が飛んでもバックが何事もなくしっかり捌く。
多少のことでは動揺せず、変に背伸びすることなく自分たちにできる野球をしっかり貫く。相手チームを飲み込むくらいの芯の強い試合運びを見て、このチームは格上チームにも充分やりあえるんじゃないか、と感じたことをよく覚えています。
個人的にはこういった試合運びができることが静岡硬式野球倶楽部再大の強みだと思っていて、それが二大大会常連の企業チーム相手にも通用することを証明したと言う意味でも価値ある1勝だったのではないでしょうか。

印象的だったベンチの掛け声

最後に。8回表の守備が終わりベンチに戻る静岡硬式野球倶楽部。その時選手の誰かがこう声を上げました。

「子どもたちに夢と希望を!」

スタンドに目をやると親子で試合を見ている方がいました。おそらくチーム関係者の奥さんとお子さんが応援に駆け付けたのだと思います。
しかしこの試合で夢と希望を貰ったのは子どもたちだけに留まらないと思います。この試合で静岡硬式野球倶楽部を応援していた私を含む大人たちにも、また全国各地で活動しているクラブチームにも夢と希望を与える大きな大きな1勝だったように思います。

この試合を追い風に静岡硬式野球倶楽部の更なる発展を、そして遠くはないであろう来る日にその名を全国へ轟かせる活躍を見せてくれることを楽しみに待とうと思います。

静岡硬式野球倶楽部のこれからに、夢と希望を。


2021年8月8日 静岡県知事杯 社会人・大学野球対抗戦 決勝戦
ヤマハ 2-3 静岡硬式野球倶楽部
ヤマハ 100 000 100 | 2
静 岡 100 000 20x | 3


おしまい。


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