長編小説「身代わり偽王女とその侍女──ところで本物はどこ行った?──」第1章:彼女たちの選択

病弱な王女の身代わりに隣国の王子との見合いに出る事になった下級貴族の娘。
ところが、その王子はとんだ屑野郎で……その代りに、何故か、彼女の苦境を助けてくれる「女が惚れる女の中の女」達が次々と現われる。
あなたが年頃の女の子なら……一体、誰を選ぶ?

「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベルアップ+」「note」「GALLERIA」に同じモノを投稿しています。



プロローグ

面白いのはこれから/The Half of It

「うげげげ……あんた……何者なの……?」
「あの……ボク、心が広いから、謝ってくれれば許してあげるんだけど……なのに、キミ、何で謝ってくれないの? 謝ったら死ぬ病気なの?」
 ボクは、そう言いながら、床に倒れてる王女付きの侍女のリーダー格の頭を踏み付けた。
「だ……だから、あの……靴を隠すってのは、ここの新人教育みたいな……ああ、やめて……」
 ボクは、わざと、このボケナスの頭を踏み付けてた足を高く上げ……でも、ボケナスは、次に何が起きるか予想は出来たようだ。
 こいつも馬鹿じゃない。
 なのに、ボクを怒らせるような馬鹿な真似をした。
 世の中ってのは不思議だ。
 1人1人は丸っ切りの馬鹿じゃない奴らが……集団になると、馬鹿な真似をする。
「だから、キミ達は、ウチのお嬢様に本物の王女様のフリさせて、ボクに王女付きの侍女のフリさせればいいんでしょ、それも半月ぐらいの間だけ。なのに、何で新人イビリなんてやってる暇が有るの?」
「ああ……あ……」
 ボクは周囲に倒れてる「本物の王女様」付きの侍女達を見回す。
 もちろん、ボクにブチのめされたんだけど……ボクは頭がいいから、ちゃんと顔に痣や傷が出来ないようにブチのめしてあげた。
「はい、じゃあ、まずは、王女様って、どんな人か説明して」
「そ……それが……」
「もう……早く言ってよ」
「知らない」
「へっ?」
「ここに居る王女様付きの侍女は……王女様が、どんな人か知らないの」
「ご……ごめん、言ってる意味が判んない。多分、ボクかキミのどっちかが、自分で思ってるより遥かに馬鹿なせいだと思うけどさ……」
「だ……だから……王女様は、子供の頃に酷い喘息になって、治療の為に田舎の離宮で育ってて……ずっと王宮に帰って来てないの……」
「ちょ……ちょっと待って……ボクが聞いた話は、ウチのお嬢様が病弱な王女様の身代わりになって、隣の国の王子様とのお見合いに出ろ、って事だった筈だけど……」
「そうよ。そうだけど……」
「まさか、何か、この話、とんでもない裏の事情が有るの? 王女様は、実は、もう病気で死んでるとか?」
「そ……それが……私達も何も聞かされてないの」
 いや……だから……何がどうなって……?
 判るのは、ただ1つ。政治家や王族ってのが、事態をややこしくするだけの自分では名案だと思ってる阿呆な陰謀を巡らすのが大好きな欠陥人間どもだ、って事だ。
 さて、たよりないけど、心は優しい……言っちゃ悪いけど、田舎の貧乏貴族のお嬢様の更に侍女のボクが、何で、この王宮で王女付きの侍女のフリをする羽目になったかと言うと……話は少し前に遡る。

第1章:彼女たちの選択

(1)

「ねえ、お嬢様、ここ夜中に女だけで来る所じゃないよね……絶対に……」
 ボクはミリィお嬢様に、そう言った。
「え……ええ……そうね、エイミー」
 ボクが仕えてる田舎の貧乏貴族の元に、王宮から直々に手紙が来たのは先月の初め。
『次の新月の晩に、この書状を持参して貴殿の長女を王宮に寄越すべし。日没の後の2回目の刻告げの鐘が鳴った直後に、王宮にある「リドワンの門」の前に案内の者が居るので、その者の指示に従うべし。貴殿の長女の同行者は侍女2名まで許す』
 2名まで許すと言われたけど、人手が足りない貧乏貴族なんで、お嬢様に付いて来た侍女はボク1名。
 昼間の内に待ち合わせの場所を下見しておこうと思ったら……何故か、王都の通行人に道を尋ねても、誰も「リドワンの門」なんて知らなかった。
 ようやく見付けた知ってる人に案内されて辿り着いたのは……王宮の裏口。その近辺は、王宮のすぐ近くには思えないような……治安の悪そうな飲み屋街にしか見えない通り。
 それに……飲み屋街だとしても、若干、変な場所だ。
「な……なんで、その……飲み屋街にしか思えない場所に……何軒も葬儀屋の看板が有るの?」
「リドワンって何か知ってる?」
 ボク達をここまで案内してくれた女の子は、そう言った。
 明めの茶色のボブカットの髪に、黒に近い褐色の瞳。
 動き易そうな男物の服。
 はっきり言えば……しゃべり方や服や仕草から出身地や身分の見当が全く付かない。
「たしか……天使の名前じゃ……?」
 ミリィお嬢様は、そう答えた。
「そ、天国の入口を守る天使……そこまで言えば判らない?」
 ……ど……どう言う事?
 案内してくれた女の子は、ポカ〜ンとしてるボクとお嬢様を見ると、説明を続けた。
「貴族なんかの気取った言い方だと『不浄門』。それを更に遠回しに言ったヤツ。ここから出るのは……天国に行く人だけ。つまり、王宮の下働きの中から、死人や助からない急病人や怪我人が出た場合に運び出す為の門がここ」
 え……?
 そうか……どうやら……お嬢様は……普段は誰も使わないような門からこっそり王宮に入んないといけない用事で呼ばれたらしい……。
 それが、どんだけロクデモないモノかは想像も付かないけど。

(2)

「やっぱり……護衛か何か雇った方が良くなかったですか……?」
「そんなお金ないよ。王都への旅費だけでカツカツだったじゃない」
 昼間だってガラの悪そうな場所が、夜になると、どうなるかは明らかだった。
 ボクとお嬢様は、喪服にしか見えない黒いフード付のマント。
 まぁ、ここの門が、王宮内で出た死体を運び出す為のモノならふさわしい格好かも知れない。
 通りに居る、その手の商売らしい女の人は、逆に、夜でも目立つ派手な色の服。
「おい、2人でいくらだ?」
「やめて下さい。そろそろ帰りましょうよ」
 声の主は……酔っ払ってるのが明らかな若い男と、その従者か何からしい別の若い男。
 格好からして、ウチより金が有る貴族のドラ息子と言った所か……。
 一瞬、誰に言ってるか判んなくて、周囲を見回す。
「お前らだ、そこの2人」
「えっ?」
「へっ?」
 指差されたのは……ボクとお嬢様。
「金なら有るぞ、ほれ」
 チャリ〜ン、チャリ〜ン、チャリ〜ン。
 地面に投げられたのは……王都まで来るのに使った旅費の何倍もの金貨。
「お〜い、拾え、立ちんぼども♪」
 身振り・手振りで、お嬢様に「駄目」というサイン。
 カツカツの貧乏貴族なんで、金貨なんて半月に一度拝めればマシな方だ。
 そのせいで、お嬢様の喉から「ゴクリ」と云う音。
「おい、やめろ、向こうは困ってるだろ」
 えっ?
 男っぽい口調だけど、ボクやお嬢様と同じ位の齢の女の子の声。
「な……何だ……お前ら……?」
 男っぽい格好の女の子が3人。
 1人は……昼間にボク達をここまで案内してくれた子。ボク達に手を振っている。
 1人は、短か目の髪の……言わば「ヤンチャ系」って感じの外見。
 もう1人は、癖のある長めの髪を一本結びにした、背は低めで、ある意味で、この3人の中で、一番「美少年」っぽい感じの子。
「ここの辺りを仕切ってるヤクザとでも思ってくれ」
 一番、小柄な女の子が……大真面目な表情に、大真面目な口調で、そう答える。
「……はぁ?」
 酔っ払いの貴族のドラ息子は……どう反応していいか判らないようだ。
 もっとも、ボクとお嬢様も、どう反応していいか判らない。
「私達の縄張りシマは治安がいいのが売りでな。と言う訳で、タチの悪いチンピラは、とっととお引き取り頂こう。嫌と言うなら力づくだ」
「あ……あ〜、お前、大真面目な表情かおでウケない冗談を言う癖でも有るのか?」
 酔っ払いの従者は、これまた反応に困ってるような表情かおで、そう訊いた。
「良く判ったな」
 次の瞬間……その女の子の姿が消えた。
「ぐへっ?」
 いつの間にか、酔っ払いの前に現われていた、その女の子は酔っ払いの腹に前蹴り。
「この冗談はウケたかな? おっと……」
 その女の子は、酔っ払いの口を手で塞ぐ。
「吐きそうな気分なのは判るが、ここでは吐くな。嫌でも飲み込め。吐いたら、帰るまでに、とんだ大恥をかく事になるぞ」
「やめろ、私が相手だ」
 酔っ払いの従者が剣を抜く。
 それを見て女の子は酔っ払いの顔から手を放して間合を取り……。
「ぐえっ……」
 とうとう酔っ払いが吐い……えっ?
 魔法?
 酔っ払いの口から出たゲロは……一瞬にして……。
「○×△□⁉」
 ボクが仕えてる貧乏貴族の領内にも、魔法使いや呪術師ぐらいは居る。
 でも……こんな凄い魔法は見た事が無い。
 あと、こんな馬鹿馬鹿しい魔法の無駄使いも……。
 酔っ払いの口からは……凍り付いたゲロの柱が伸びていた。

(3)

 貴族のドラ息子らしい男は……従者らしいのに連れられて、どっかに消えた。
「大丈夫だったか?」
 小柄な女の子は、何故か、ボクの手を取り、ボクの目を凝視みつめて、そう言った。
 本人は芝居がかった口調のつもりらしいけど……残念だけど、この子は役者には向いてなさそうだ。
「それは、そうとして……ええっと……」
 すう……。
 何故か深呼吸。
 困ったような表情になって、ボクの方を凝視みつめる。
 視線がボクの頭から足先まで動く。
 そして……更に困ったような表情かお
「何やってんだ、あいつ?」
 3人組の残り2人の女の子達の片方が、そう言った。
「女の子を口説く時の定石は『服でも靴でも化粧でも持ち物でも髪型でも、相手が自分の意志で選んだモノを誉めろ』。でもさ……」
 昼間に、ボクとお嬢様をここに案内してくれた女の子が解説。
 なるほど。
 ボク達は……。
 服は目立たない事重視のモノ。
 化粧は最小限。
 靴は旅用の丈夫で履き心地は中々だけど……見た目は野暮ったい。
 髪はフードで隠れてる。
「お嬢さん……」
 ボクは目の前の女の子の目を凝視みつめ返し……髪を結んでいるリボンに触れ……。
「素敵なリボンですね♥」
「あ……は……はい……えっ?」
「ちょっと来いマヌケ」
「おい……何する? いいとこだったのに……」
「うるせえ。お前、その内、悪い女に騙されて、身ぐるみ剥がされっぞ」
「え……何言って……じゃあ、また、いつか……」
 ボクとお嬢様を助けてくれた小柄な女の子は……仲間に首根っこ掴まれて、それでも、ボクに手を振りながら、夜の闇の中に消えていった。
「エイミー……」
「何ですか、お嬢様?」
「良かったわね。モテモテで……」
 何故か、お嬢様の声は不機嫌そうだった。

(4)

 ボクたちを助けてれた謎の3人組が姿を消してから、間もなく、王都中に刻告げの鐘の音が鳴り響いた。
 そして、開いた。
 王宮の門……それも「王宮で出た急病人・急死人を運び出す為の門」が……。
 出てきたのは……ボクたちと同じく、黒いフード付のマントに暗めの地味な色の服を着た2人組。
 俗に言う「不浄門」にピッタリのこれから葬式にでも出席しそうな格好だ。ボクたちも他人ひとの事は言えないけど。
 ところが、その2人組は……あたりをキョロキョロと見ているばかり。
 両方とも首を傾げる。
 そして、その2人は……何かをブツブツと話し始め……。
「あ……あの……この手紙に書かれている方でしょうか?」
 お嬢様は、その2人に近付き、手紙を渡す。
「おい、灯りを頼む」
「ああ……」
 片方がてのひらを上に向けると、そこに魔法で作られた光の玉が出現。
 両方とも口調は男っぽいが、声は女。
 そして……。
 手紙を読んでいた方は……何度も何度も何度も……手紙を見てから、お嬢様を見て、また手紙を見て、またお嬢様を見て……。
「すまないが、被り物フードを取っていただけないか?」
「は……はい……」
 相手の顔は……フードに隠れて良く見えないが、愕然としている事だけは判った。
「あ……あの……失礼だが、本当にシュミット子爵の御令嬢?」
「は……はい……」
「え……えっと……御母上は建国八功臣の御一人にして初代国王の妹婿にあらせられるタルガ将軍の御子孫と聞いていたが……」
「え……ええ……分家のそのまた分家ぐらいの出ですが……」
「まさか……その肌と……髪は……御父上似なのか?」
「は……はい……髪と肌と目は……父親似です」
 そんな話をしながら……案内役らしい女が見ているお嬢様の顔は……。
 この国が建国される前から、この地に住んでいた、俗に……嫌な呼び名だけど……「病人肌ペイルズ」と呼ばれる白い肌に明めの色の髪と目の人種のものだった。
「早速、手違いか……」
 魔法の光を作り出した方は……そうボヤいていた。

(5)

「第一王女のミトラ殿下の身代わりになって、西の隣国である『神聖王国』の王太子との見合いに出て欲しい」
 ボクとお嬢様は王宮内に通されると、いきなりトンデモない事を頼まれた。
「ちょっと……待って下さい」
 お嬢様は、そう言い出した案内役の片方……浅黒めの肌に赤い短髪のボクやお嬢様より3〜4歳ほど齢上の女騎士にそう言った。
「そもそも、王女殿下は、何故、そのお見合いに出られないのですか?」
「子供の頃から御病弱でな。この6〜7年ほど、ずっと空気の綺麗な田舎で療養中だ。不潔極まりない西方の蛮族の町などに送ったら、即、御病気になって、あっと言う間に御崩御だ」
 案内役のもう片方……東方の遊牧民風の容貌の……多分、「魔法使い」らしい女の人は、そう解説した。
「あと、第二王女のソーマ殿下は、下世話な言い方をすれば、まだ、初潮も来てないような御年齢だ。『王』を称してるだけの事実上の蛮族の酋長の一族に嫁がせるなど、ありとあらる点で論外だ。『神聖王国』を名乗る蛮族どもとの講和の為の政略結婚なのに、新しい戦争の火種になるような事態が起きるのは明らかだ」
「それと、破談にしてもいいが、必ず先方の都合で断わった形にしてくれ。細かい事は私達が指示を出す」
「で……ですが……私は……その……王女殿下と……」
「似てない。それが手違いの1つだ」
 実は、この国は、多民族国家だ。
 元々は、ボクやお嬢様のような……ホントに嫌な呼び方だけど……「病人肌ペイルズ」が住んでいた地に、百数十年前に東方から遊牧民がやって来た。
 それが、今の王族の祖先だ。
 しかも、その遊牧民達は、大陸各地から、様々な民族の出身者を連れて来た。
 そのせいで、庶民は……色んな肌・目・髪・体格が入り混じり……王族や準王族級の貴族は、髪や目は黒か茶色、肌はボクたちより、やや濃いぐらいの人達がほとんどで、中の上ぐらいまでの貴族は、庶民と同じような感じ、下級貴族は……全くもってクソな呼び方だけど「病人肌ペイルズ」が主流。
「少し前に神聖王国との永きにわたる戦争が終った事は知っているな? その講和条約締結の際に……向こうの国の王が、我が国の王女と自分の息子を結婚させたいと言い出した。年頃の王女が居る事は知っていたが、御病弱な事までは知らなかったらしい」
「は……はぁ……」
「で、ミトラ王女と年齢が近く、王都で顔を知られていない貴族の娘、それも、王族に見えない事もない風貌の者を探したのだが……」
「幸か不幸か、今の王妃殿下は、北方のフーナランツ王国の御出身で、髪や目の色は君に似ている。もう、既に神聖王国の王子は王都に到着している以上、今から代りを探してる時間は無い。いざとなったら、『母親似だ』と言い張るしか有るまい」
「わ……判りました……」
「あの、お嬢様、安請け合いするような話じゃ……」
「あの……その代りですが……」
「だから、お嬢様……」
「恥ずかしながら、我が一族は、貴族の端クレとは言え貧乏でして……」
「何が言いたいんだ?」
「破談になった場合は、帰りの旅費は王宮持ちなのでしょうか?」
「はぁ?」

(6)

 とりあえず、その夜は、王宮に泊まり、翌朝、目が醒めると……。
「靴が……無い……」
「あ……お嬢様、ボクのもです。あっ……服も……どこ行ったんだろ?」
 その時……。
「どうも、偽の王女様。私どもが偽王女様の身の回りの御世話をするように言いつかっております」
 その声と共に部屋のドアが開き、メイドさん達が、ゾロゾロと入って来て……。
「あの……私達の服と靴は……?」
「さぁ……? 誰か知ってる?」
「知りません」×複数。
「覚えが全くございません。ああ、ただ、ちょっとゴミ捨ては……え……?」
「ちょっと来い」
 ボクはメイド達のリーダー格らしいヤツの首ねっこを掴んで……。
「あ……あの……何、する気よ、エイミー?」
「大した事じゃないですよ。すぐ終りますから」
 そして……。
 どげし。
「うぎゃ〜ッ‼」
 ボコッ。
「やめて〜‼」
 どすん♪
「だ……誰か……助けて……」
 ホントに、朝食前に聴くクソ野郎どもの悲鳴は最高だ。
「な……何、やってんの、あんた達?」
 その時、寝間着姿の……変な顔したドラゴンのヌイグルミを持った小さな女の子がやって来て、そう叫んだ。
「あ……ひ……姫様……こ……これは……その……」
「えっと……ひょっとして……この子に命令されて、ボクとボクのお嬢様に嫌がらせをしたの?」
「ああああ……」
「お前ら、何やってるッ⁉」
 その時、昨日の女騎士の怒鳴り声が響いた。

(7)

「で、この女が、お姉様の代り? 似てないじゃない」
「がじっ♥」
「がじっ♡」
 第2王女が持っていたヌイグルミは……ヌイグルミじゃなかった。
 青っぽい色の気が弱そうな顔のと、赤っぽい色の気が強そうな顔のが、仲良く床で朝食を食べている。
 何でも、王族の先祖にあたる遊牧民の故郷の草原に居る「鳳龍」って生物だそうだ。
 そのペット達の食事さえ、お嬢様の普段の朝食より遥かに豪華だ。
「いや、でも、ここ数年、殿下を含めて、王宮の者の大半は、ミトラ殿下に会っておりませんので、現在、どのような御容姿かは判りかねます。……えっと、案外……」
「たった数年で、髪や目の色まで変る訳ないでしょッ⁉」
「お嬢様……」
「何?」
「話、聞いてます?」
「今、何の話してるの?」
「だから、やっぱり、この計画、無理が有るんじゃないかって……。あ、パンとスープとお肉とサラダ、お代わり」
「……は……はい……」
 ついさっき、ボクの子分にしたメイドさんは、何故か怯えたような声で、そう答えた。
「……しかし、良く食べるわね……」
 第2王女の呆れたような声。
「あ……すいません。貴族と言っても貧乏なので、ここまで豪華な食事は……」
「わかった、好きなだけ食べて……」
 第2王女は、お嬢様をあまり良く思ってないようだけど、すっかり毒気を抜かれている。
 多分だけど、この朝食だけで、お嬢様一家(使用人含む)の数日分の食費がかかってる。
「まぁ、一応は貴族だけあって……大食いの割にお行儀だけはいいみたいね」

(8)

 朝食が終ると、女騎士に連れられえて王様と王妃様と御目通り。
 と言っても、玉座の間じゃなくて、王様御夫婦の私室だったけど……。
 無言……。
 無言……。
 無言……。
 このまま、何も言わないまま、昼食の時間になるんじゃないかってぐらいの長い無言……。
「て……手違いが有ったようだな……」
 ようやく、王様の口が開く。
「申し訳ありません」
「幸か不幸か……髪と目の色は、わたくしと同じです……。わたくしに似たという事にして下さい」
 銀髪に琥珀色の目の王妃様は、そう言った。
「は……はい、その予定です」
「と……ところで、今更だが……」
 王様の声は、疲れが溜りきってるような感じだった。
「やはり、無理が無いか? この計画?」
「隣国の王子との見合いは、明日です。今から計画を変えるには遅過ぎます」
「やはり、急病か何かと言う事にして……」
「ですが……」
「見るに耐えん田舎芝居が始まる事になりそうだな……。もう全てが遅いが……」

(9)

「悪いな……王宮では昼食は間食扱いだ。朝と晩に比べるとイマイチかも知れん」
 女騎士さんは、ボクとお嬢様の表情かおを見て、そう切り出した。
「具体的には、何をすればいいんですか?」
「とりあえず、『王女様』っぽく振舞えばいい。明日は、単に顔合せだけだ」
 ボクとお嬢様と女騎士さんは……昼食を取りながら打ち合わせ。
 薄くて丸いイースト無しパンで、肉や魚や野菜を巻いて食べる東方風の料理だ。
「まさか、『台本』とか何も無いんですか?」
 ボクは、女騎士さんに、そう訊いた。
「すまん。何とか……相手から破談を言い出すようにするつもりだが……」
「あ……あの……」
 お嬢様が、おどおどとした感じで手を上げる。
「何だ?」
「もし、本当に婚約したら……どうなるんですか?」
「難しいな……。下手をしたら、我が国と神聖王国は1つの連合王国になる可能性が有る。だが……」
「でも……私としては……えっと……」
「今より良い暮しは出来るかも知れないが……ややこしい事になるぞ。まず、こう云う場合、新しい首都は『文明国』の方になるが……困った事に、我が国と向こうの国は、どっちも自分の方が文明国だと思っている。そして、向こうの国の王都は……」
「行った事有るんですか?」
「有る……。完全に……地獄だ、奈落だ、悪夢の世界だ。我が国の国民の中には神聖王国の連中を醜豚鬼オーク扱いする者達も居るが……醜豚鬼オークの方が、まだ文明的だ。神聖王国の王都に比べれば醜豚鬼オークの巣の方がマシだ」
「そ……そんなに……」
「で、この王都が新しい連合王国の首都になった場合は……」
「場合は……?」
「君が偽物だとバレるのは時間の問題だ」

(10)

「がじっ……」
「がじぃ……」
「うりゃあああ……ッ」
 第2王女様の変な顔のペット達は、残念そうな表情かおで庭の方を見ていた。
 そこでは……第2王女様が剣の稽古。
 相手は……例の女騎士。
 でも……。
「才能ないだろ……言っちゃ悪いけど」
「あ……どうも」
 そう言ったのは……昨日の夜の魔法使い。
「やるなら、こっちの方が才能有るのに……」
 そう言った魔法使いの掌の上には……小さな炎。
「えっ? あれって、王様に言われたからとかじゃなくて……?」
「ああ、殿下が御自分の意志でやってる」
 ドデン。
 派手な音と共に、王女様がズッこける。
「大丈夫で……うわぁッ‼」
 慌てて走り出したウチのお嬢様だけど……履き慣れてない高価たかそうだけど歩きにくそうな靴に、これまた高価たかそうだけど動きにくそうな服のせいで、二重遭難。
 第2王女様のペット達は……顔を見合せて「駄目だ、こりゃ」って感じで溜息をつく。
「ああああ……すいません。私の実家、貴族とは言っても貧乏なんで、洗濯代を請求とかは……勘弁して下さい。あ……ああああ……靴の踵も折れてる……ああああ……こっちの修理代も勘弁して下さい。私の実家、本当に貧乏なんです。去年は不作で、領民への税金も減らしたんで……」
「気にするな……。代りは有る」
 魔法使いは、やれやれと言う感じで……。
「あんたんとこのお嬢様、家を継いだら……もの凄い名君か、領民から税金を搾り取るクソ野郎かのどっちかだな……」
「あ……ウチのお嬢様の家は……女の子しか居ない場合は、婿養子が当主になるのが普通みたいで……」
「そうなの? 昔から、この国に居た貴族って……?」
「ええ……」
「王族なんかの先祖の遊牧の民だと、女族長なんて当り前だし、今でも東の草原に居る連中の夏至の祭ナーダムの武術大会では、女の上位入賞者も居るぞ」
「えっ? 武術大会で女が入賞? どうなってんですか?」
「武術大会って言っても競馬の長距離走なんかも有るんでな。それだと騎手の体重が軽い方が有利だ」

(11)

「あ〜、美味しい食事に……温かくて広いお風呂……フカフカの布団……ずっと、このままでいたい……」
 夜になると、お嬢様は……恋する乙女みたいな表情かおになっていた。
 頬っぺたも真っ赤だ。お酒でも飲んだみたいだ。
 何に酔ってるのかとか、恋の相手が何かは考えたくも無いけど。
「いつかは終りますよ。行きたいんですか? 醜豚鬼オークの巣の方がマシな場所に……」
醜豚鬼オークの巣だって、ウチの実家よりお金有りそうじゃない」
「で、どうしたいんですか、お嬢様は? まだ、王様達も、あの2人も、この素人芝居に、どんなオチ付けるか考えてないみたいだし……」
「問題は……どれ位請求するかね……」
「えっ? 何を言ってんですか?」
「口止め料」
「あ……あの……」
「王宮からすれば端金。でも、ウチの実家にとっては大金。それを見極めないと……」
「あのですね……」
「欲張り過ぎると、絶対に、一族ごと消されるし……どうしよう……」
 あの魔法使いの言った通りだ。
 お嬢様が、もし、どこかの領主になったら……名君かクソ野郎かのどっちかだ。

(12)

 そして、夜は明け、時は過ぎ……朝御飯を食べ、身支度に軽い打ち合わせをしてる内に……太陽はどんどん高くなり……昼食は昨日のより豪華だった。
 ただし、王様・王妃様も臨席。
 ボクは後ろで見てるだけ。
 お嬢様も迂闊に食べられない。
 食事なのに飾り……だって……。
 ついに、隣国の王子様と初めての面会だ。
「神聖王国、第一王子にして王太子たるオットー殿下の御成にございます」
 衛兵のその声と共に、入ってきたのは……。
 お嬢様は……「えっ?」という表情かおになった。
 多分、ボクもそうだろう。
 王子様と……その御付きらしい騎士は……しばらく、お嬢様の顔を眺め……顔を見合せ……。
 うん……この状態で、昼食食べても……味も何も判んないよね……。
 王様と王妃様は……若い2人が緊張してると思ってるようだ。
「な……なんとも……お美しい……まるで……えっと……その……」
「は……はい……ありがとう、ございます……」
 向こうの御付きの騎士と……一瞬、目が合った。
 こいつが、どんな奴なのか……知った事じゃないけど……。
 でも、ボクと、こいつの間には……何て言うか……世にもロクデモない絆のようなモノを感じざるを得なかった。
 友情でも恋愛でも好敵手でもない……どう呼べばいいのかさえ判らない意味不明な絆。
 ボクとお嬢様は……隣国の王子様に既に一度会っていた……。
 そう……

(13)

「おい待て、冗談でも何でも無いんだよな?」
「え……ええ……」
 何1つ口にしてない昼食が終り、今度は、ホントに食物を口に出来る「第2昼食」。
 でも、何かが喉を通るような……心の余裕は無い。
 ボクとお嬢様が……王女様の偽物を演じる為に、王宮に入る直前……御忍びで飲み屋街に居た隣国の王子様が、たまたま、ボクとお嬢様を娼婦か何かだと思って「買」おうとしたのだ。
 世話役の女騎士と魔法使いに、その事を説明。
「バレてる可能性は有ると思うか?」
「判らん……向こうの王子が御忍びで飲み屋街に繰り出してたなら……こっちの王女様も同じ事やってると勘違いしてる可能性も……」
「でも、あの時間に、飲み屋街に御忍びで居る王女様って、どう言う王女様だ?」
「ああ、そうか……向こうの国では……男の御乱行にはクソ甘いのに、女がちょっと羽目を外すとアバズレ扱いだからなぁ……」
 芝居ってのは、不思議な事に、そういうものだ……。
 脚本がちゃんとしてる芝居の方が、アドリブは活かせるし、多少のアクシデントが起きても筋書は大きく変らないまま劇を続けられる。
 脚本がいい加減な芝居の方が……役者がほんの少しアドリブを入れたり……ほんのちょっとのアクシデントで全体がしっちゃかめっちゃかになる。
「あの……」
 ボクは手を上げる。
「いい手が有るかも知れませんけど……」
「どんな手だ?」
「あの……ウチのお嬢様付きの召使は2人まで連れて来て良かったけど、ボク1人しか居ませんよね? もう1人を連れて来ていいですか?」
「何の話だ? そもそも、誰を連れて来れば……この状況をマシに出来るって言うんだ?」
「向こうの王子様達を牽制出来そうな人を知ってます……。それも……ボクと同じ位の齢の女の子」

(14)

 ボクと世話役の魔法使いさんが「リドワンの門」から王宮を出ると……。
 数少ない通行人達は、ボク達の方を見て「えっ?」と言う表情かおになった。
 どうやら、本当に、この門から出るのは死人か助かりそうにない病人・怪我人だけで、ピンピンしてる人間だけしか出て来ないってのは、人間が生きたまま天国に行けるぐらいの異常事態らしい。
 とりあえず、ボクは、あの晩に隣国の王子様をブチのめした女の子の特徴を通行人に話して、どこに居るか知らないかを訊いていき……ところが、何故か、ボクの話をはたで聞いてた魔法使いさんが首を傾げ……。
 どうやら、この界隈では有名人らしく……いや、ホントに、この辺りを仕切ってるヤクザかも知れない……ほんの数人目で「さっき、あそこの酒場に入って行った」って情報を入手。
 その酒場に入ってみると……あの晩の3人の女の子達が酒盛りを始めようと……ん?
 何故か、その1人がボク達の方を見ると、急に店の奥に逃げ出し……。
「えっ?」
 残ったのは、あの日の昼に「リドワンの門」に案内してくれたと、隣国の王子様をブチのめした
「ラ……ラートリーに……ヴァルナ……なのか?」
「姉貴?」
「お姉ちゃん? 何で?」
「さっき、奥に逃げたのは……」
「あいつにも色々と都合が有る。詮索はするな」
「いや……あいつ? でも……あの……」
「それより、何で、姉貴が……その素敵なお嬢さんと一緒なんだ? まさか、また恋人と喧嘩別れして……新しい恋人が……?」
「え……えっと、違うと思います」
「それは好都合……お嬢さん、もしよろしければ、一緒にお食事など……」
「待て。それより、何で、この王都に居る?」
「その事情は、そっちが知ってるだろ」
「あの後、王都見物と洒落込んでる内に……気付いたら、この界隈を仕切ってるヤクザ達をブチのめして、後釜に、あたし達が座ったんだよ」
 魔法使いさんは……ゲンナリした表情。
「えっと……まさか……こいつらが……王子に対する牽制役?」
「え……ええ……。えっと、マズい人達だったんですか?」
「わ……私の妹達だ……。髪を束ねてる方がラートリー。もう片方がヴァルナ」
「あ……あの……何が有ったんですか?」
「色々とな」
「話せば長くなる」
「どこにでも良く有る……厄介な家庭の問題」

(15)

「えっと……その筋書を考えた奴は……マズい薬でもキめてたのか?」
 ボクと魔法使いさんの説明を聞いたラートリーって女の子は、そう言った。
「あのな……誰が考えたと思ってるんだ?」
「誰?」
「えっとな……私とウシャスが考えて……それを王様と王妃様が修正して……」
「なんだ。大勢の手が加わってる内に、訳が判んない代物と化しただけか……。どうせ、大臣とかのエラいさんも口出ししたんだろ」
「……」
 図星らしい。
「あのさぁ……王家の先祖の遊牧民に伝わる、あの昔話、そのまんまの事態を引き起す気か?」
「どう云う昔話?」
「昔々……遥か東方の天まで届く万年雪に覆われた大山脈の南の麓に、2つの国が有った。1つは、その地方で名門中の名門とされる王家が治める小国。もう1つは、新興の大国。で、大国の王は、小国の王に『貴方の国の王族の娘を妻に迎えたい』と申し出た」
「ああ、なるほど、良く有る政略結婚か……」
「だが、小国だが気位の高い方の王様は、大国の王様が遣わした使者の無礼な態度に怒って、ある嫌がらせをする事に決めた」
「何?」
「王族の1人と奴隷の間に生まれた『王族の血は引いてるが、身分は最下層の奴隷』の娘を王族の娘と偽って、大国の王に嫁がせた」
 えっ? いや……それ……。
「素晴らしい発想アイデアだな……。一から十まで吐き気がするほど胸糞悪いって、些細な欠点に目を潰れば……」
「あ……あの……オチは……まさか……その……」
「当然ながら、大国にバレて、戦争になり、小国は攻め滅ぼされた」
「ねえ、お姉ちゃん達さあ……戦争再開したいの?」
 ヴァルナって女の子は……溜息をついて、そう言った。
「マズいと思うか、やっぱり?」
「こっちの国の国力なら……神聖王国を名乗ってる蛮族どもを簡単に滅ぼせるだろうけど……でも『勝ってから泥沼が始まるのが確実』。それが、講和した理由じゃなかったっけ?」
 う……完全にマズい事になりそうだ……。
 で……でも……。
「あ……あの……」
「えっ?」
 ボクはラートリーっての手を握り……。
「ボクは、国がどうなるかなんて、良く判んないけど……ボクのお嬢様だけは守りたいんです。協力してもらえますか?」
「え……えっと……は……はいッ♡」
「あのさ……絶対、その内、悪い女に全財産騙し取られるよ、ラーちゃん」
「構わない。一生、騙し続けてくれるなら」

次章はこちら
https://note.com/gazi_kun/n/n310645628457

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?