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ベトナム英雄革命家 クオン・デ候 祖国解放に捧げた生涯

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2022/8/15に、アマゾン・オンデマンド出版した、掲題のタイトルの書籍の歴史的背景説明や注釈を投稿してます。
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#ベトナム

グエン朝第8代皇帝・ハムギ帝と画家藤田嗣治(ふじた つぐはる)

 戦後の日本では全然忘れ去られてますけど、、、  ベトナムは、1945年までは帝政国家で…

何祐子
2か月前
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クオン・デ候を支えた日本女性

 先日、或るベトナム人の方から、著名な北部人の歴史家(故人)が書いたクオン・デ候に関す…

何祐子
6か月前
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東遊(ドン・ズー)留学生が学んだ『東京同文書院(東亜同文書院)』の前身『日清貿易…

 戦前クオン・デ候を支援する団体『如月(きさらぎ)会』の発起人だった松井石根大将ですが、 …

何祐子
1年前
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ベトナム独立運動家・潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)の『訓練生(くんれんせい)詩』

 「ベトナムにいるほんの少数のフランス人が、我々ベトナム人民2千万人以上を統治している。…

何祐子
1年前
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ベトナム王国皇子クオン・デ候 最期の帰国声明文 『全越南国民に告ぐ』

 クオン・デ候とは、独立革命家の潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)と同じく明治時代末に日本へ…

何祐子
1年前
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近代ベトナム史への興味のきっかけ

 今から25年前、20代でベトナムに渡航して、今までずっとホーチミン市で暮らしました。子…

何祐子
1年前
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ベトナムの皇子クオン・デ候 家族写真の謎に迫る

 この写真なんですが、戦後の日本とベトナムで、『クオン・デ候の日本の家族写真』として出回ったものらしいです。特にベトナムでは、今でも祖国を捨てたクオン・デ候が、日本で新しい妻を娶り幸せに暮らしていたために、ベトナムのことなんか忘れてしまい、とうとう帰って来なかった、などと、まだ勘違いされている傾向が強いみたいです。  私も昔、日本のベトナム抗仏運動関連の書物にちらっと阮朝の皇子が登場し、この写真が必ず載せられているので、『日本で庇護を受けてのんびりとした貴族の暮らしを謳歌して

ベトナム抗仏志士リーダー達のその後

 私が出版した翻訳本⇒「ベトナム英雄革命家 畿外候彊㭽 - クオン・デ候: 祖国解放に捧げ…

何祐子
1年前
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本の登場人物・時代背景に関する補足説明(19)終

『潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)著「海外血書」(1906)』   → 「1908年黎大(レ・ダイ)…

何祐子
1年前

本の登場人物・時代背景に関する補足説明(16)

『西南戦争』   → 「西南戦争は、日本が近代国家として生まれ変わろうとする混沌の中で、…

何祐子
1年前
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本の登場人物・時代背景に関する補足説明(15)

『蓋棺論定』   → 杜甫(とほ)の詩。人の真価は、その棺が蓋に覆われた後つまり死後に定…

何祐子
1年前
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仏領インドシナ総督メルラン襲撃事件

 1924年6月19日、当時の広東沙面フランス租界のビクトリアホテル(=沙面多維亜飯店)…

何祐子
1年前
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本の登場人物・時代背景に関する補足説明(14)-「越南国民党」に関して

 『越南国民党』は、『安南民族運動史概説』やその他の資料によりますと、指導者の名は『阮大…

何祐子
1年前
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本の登場人物・時代背景に関する補足説明(12)

『勧遊学会』   → 『ベトナム亡国史 他』の解説に、この勧遊学会以外にも、「沢山の渡日留学生送り出し機関が設立された。」とあります。  「同利済館(ハノイ)、南中ホテル、南同香館(サイゴン)、明新ホテル、済南会(ミトー)、商売合会(広南)など」 『ドイツの注意をそらす目的』   → 当時も今も、国際的な政治工作が錯綜していました。。「1915年9月潘佩珠は、密書によってバンコク駐在のドイツ・オーストリィ公使館の外交官たちが、タイの皇族を仲介としてベトナム革命党に接近した