PN・フジキアツヒロの由来
前回の記事で紹介したインタビューで私の本名が出たので、今回はPNであるフジキアツヒロの名前の由来をお話ししたいと思います。
この名前は、私がひいきにしている阪神タイガースの歴代の選手で、特に好きな3人から文字を取ってつけました。
その3人とは、藤川球児、八木裕、伊藤敦規(以下、敬称略)です。
私が好きな理由も含めて、それぞれ順にご紹介していきます。
(以下、野球オタクの熱い語りが続きます)
藤川球児
藤川球児は、プロ野球ファンには言わずと知れた火の玉ストレートの絶対的守護神、そして阪神ファンにとっては正に誇りとも言うべき存在です。
リリーフ転向後のJFKとしての大活躍、オールスターでの全球予告直球勝負、メジャー挑戦、独立リーグから阪神への復帰と通算250セーブへの挑戦など、数え上げればキリがないほど多くのドラマを味わわせてもらった選手ですが、個人的に一番思い出に残っているのが2007年の「藤川球児 炎の10連投」でした。
この年は惜しくもリーグ優勝を逃してしまったわけですが、シーズン終盤の8月30日~9月9日まで、セ・リーグタイ記録となる球児の10連投の活躍でチームは10連勝を果たし、一時阪神は首位に浮上。
逆転優勝があるかもと夢を観させてもらったと同時に、ファンとしては球児が壊れてしまわないかという心配と、球児にフル回転してもらわないと優勝は望めないという大きなジレンマを抱える中で、ただひたすらに自分の役目を果たす姿に涙を禁じえませんでした。
今は球団本部付のスペシャルアシスタントや解説業、YouTubeでの活動など幅広く活躍されていますが、どれをとってもプロ野球界や阪神タイガース球団の発展と現役選手の成長を願う、真摯な思いがひしひしと伝わってきます。
いちファンとしては将来的に阪神・藤川監督の姿を見たいと思いつつも、今後も野球界の発展のための、従来の枠に当てはまらないようなご活躍を期待しています。
八木裕
阪神における「代打の神様」の系譜は川藤幸三から始まるわけですが、私にとっての代打の神様と言えば、八木裕の名前が一番最初に挙がります。
私が本格的に阪神ファンになったのが10歳くらいで、92年の2位に終わったシーズンを除いて阪神はほぼ毎年最下位の暗黒期まっただ中でしたから、試合終盤でゲームをひっくり返す期待を持たせてくれる代打・八木の活躍は、ファンにとって数少ない希望といえるものでした。
星野監督が指揮を執った2002年と2003年も安定した活躍ぶりで、特に悲願の優勝を果たした03年は何試合かスタメンでの出番もありましたが、その時もいい働きを見せてくれていました。
デイリースポーツの星野監督のインタビューでは「ハチキ」と呼ばれて、いつも八木に対して大きな信頼を寄せるコメントを残されていた記憶があります。
代打でも見たいが、まだまだスタメンを張る姿も見たい。だから八木が二人欲しい、と思わせてくれる選手でしたね。
「いざ行かんや~」で始まる応援歌も大好きでした。
伊藤敦規
伊藤敦規は球児や八木と違って生え抜きではなく、96年に横浜を解雇された後、97年にテスト入団で阪神にやってきた選手です。
元は87年のドラフトで阪急に1位指名されたのですが、故障や不振で思った成績は残せていませんでした。95年から横浜でプレーするも鳴かず飛ばず。
しかし、阪神に来てからは毎年のようにリリーフで50試合以上登板し、安定した成績を残していました。
先に書いた通り、当時の阪神は最下位が当たり前の暗黒期ど真ん中で、打線は点が取れず、守備もエラーが多く、投手陣も打たれてばかり。
そんな中、伊藤が投げている間は点が取られる心配がないという、安心感を与えてくれる存在でした。
ビハインドでもリードしている展開でも関係なく、黙々とサイドスローでコントロール良く、切れのいい球をビシビシ投げてバッターを抑えてくれる姿はカッコよかったですね。
もう一つ好きだった理由に、そのサイドスローのフォームという点があります。
今と比べて、80年代や90年代はサイドスローやアンダースローの投手が多かった印象があり、私が見てきた中では阪神だけでも伊藤をはじめ、川尻、弓長、田村、葛西、遠山とたくさんいました。
他球団でも潮崎、高津、斎藤雅樹と球界を代表するピッチャーがいて、子供の頃の私の目には、その投げ方がとても格好よく見えました。
キャッチボールをしたり、一人で壁当てをして遊ぶ時なども、自己流で真似して楽しんでいましたね。
ちなみに私は大人になってから初めて草野球チームに入ってちゃんと野球を経験することになるのですが、オーストラリアにいた頃に所属していたチームでピッチャーとしてデビューした時も、サイドスローで投げました。
Max90km/hのヘロヘロボールでメッタ打ちに遭いましたが、異国の地でマウンドに立つなんて中々ない機会なので、いい経験になりました(笑)
話がそれましたが、そういう横手投げや下手投げのピッチャーが好きでしたので、余計に伊藤敦規がお気に入りだったということです。
おわりに
ここまで読んでいただいているなら、私と同年代かつ、よほどの阪神ファンということですね(笑)
ということで遠慮なく阪神トークを続けます。
今年は岡田監督(個人的にずっと監督復帰を待っていました)の指揮のもと、アレに向かって非常に期待が持てますね!
やはり岡田監督の野球は意図と根拠がしっかりあって面白い。
勝っても負けてもファンとして納得がいくところがたまりません。
悲願のリーグ制覇と日本一に向けて、A.R.E. 応援しています!
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