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【読書記録】ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』

先日、初めて『ガリバー旅行記』の原作を読みました。

『ガリバー旅行記』と聞くと、大男が小人に縛り付けられている図を想像します(逆にそれ以外何も浮かばない)が、あれは原作を子供向けにアレンジした絵本が世に広まった影響だったんですね。

私は絵本も読んだことなかったのですが、実はこの作品、子供向けどころか意外にも大人向けの、作者の皮肉たっぷりなゴリゴリの社会風刺小説だったのです。

作者のジョナサン・スウィフト(1667~1745)は複雑な家庭環境で育った影響で、かなり人間的に屈折したところがあったようですが、『ガリバー旅行記』は300年近く前に発表された作品であるにも関わらず、現代社会にも通じる鋭い視点が数多くあるように感じます。

今回は私の感想と併せて、ガリバーが渡航した様々な国の特徴や風刺の概要を簡単にご紹介したいと思います。



リリパット国


ガリバーが最初に訪れた小人の国です。

あらゆる生物が通常の10分の1以下のサイズで、法の遵守と品行の方正さを何よりも尊ぶ風習があります。

そのくせ隣国のブレフスキュとは、卵を食べる時にとがった方から割るか、丸い方から割るかという意見の違いを巡って36カ月間も続く戦争状態になるという、一見すると理解しがたい狭量さも持ち合わせています。

このように、本作に登場する国の人たちはすべて何かしら極端な性質とそれに基づく文化を持っており、それゆえに常識人のガリバーが様々なトラブルに巻き込まれたり、自国のイギリスと比べて色々と考えを巡らす中に作者の社会風刺が散りばめられているという構造になっています。

当初ガリバーはリリパットの皇帝に忠誠を誓いブレフスキュとの戦争に協力すると申し出たり、宮殿の大火事を食い止める(ただし小便で)など友好的な関係を築いていました。

しかし、先の小便の件による不敬の罪や、敵国のブレフスキュへの助力による国家反逆罪などの汚名を着せられ極刑の危機に陥ると、ガリバーはブレフスキュに亡命して難を逃れます。

リリパットでのエピソードは、人間が戦争をする理由なんてくだらない些細なことがきっかけだぞ、法や道徳を振りかざしすぎる人間と付き合うと面倒なことになるぞ、という風刺になっているのですが、これはいかにも皮肉屋のスウィフトらしいところです。

また、このリリパット編では「子供は親の生殖本能によって生み出され、苦難に満ちた人生を歩むだけの存在なんだから、親への感謝も子供への義務も互いに感じなくていいんだぜ。教育は国が管理して、間違っても親なんかに任せてはいけないぜ。」といった描写もあります。

もちろんこれはリリパット国における親子観や教育観に仮託した、スウィフト自身の考えです。

なかなか額面通りには受け入れにくいところもありますが、作品に登場するのが想像上の国であるのをいいことに言いたい放題で、そこが読んでいて痛快でもあります。


ブロブディンナグ国

ガリバーは次の航海で嵐に巻き込まれてしまい、小人の国から一転して今度は巨人の国、ブロブディンナグに漂着します。

ガリバーは巨人にうっかり踏みつぶされそうになるだけでなく、巨大なネズミや昆虫などに何度も襲われ命の危険にさらされたり、捕まえられた巨人に見世物として興行に従事させられたりして心身ともに疲弊しきっていましたが、やがて国王に無事保護され難を逃れます。

その国王にイギリスのことを色々と尋ねられ、ガリバーは世界に誇る自国の王室や議会の仕組み、裁判所や教会の聖職者の制度と運用の実態などについて自信たっぷりに説明します。

ところが国王はガリバーの話のところどころに矛盾点を見出し、「お前の話をまとめると、祖国ではどんな地位につくにしても美徳は必要ないのだな。お前たちが生み出した法や制度は今や腐敗しきっており、人徳によって貴族になり、敬虔さと学識により主教になり、勇猛果敢さゆえに軍人になり、高潔さゆえに裁判官になり、愛国心により議員になる、ということは現実にはないのだな。」と看破します。

どの時代、どの国にもあるような、政治や社会における理想と現実の乖離を実に鮮やかに抉り出しており、これもまた見事としか言いようがありません。


ラピュタ島

次は空飛ぶ島の、ラピュタの国です。
あの有名なジブリアニメの元ネタになったラピュタ島です。

この国では天文学や幾何学、音楽は非常に高度に発達していますが、それ以外の分野はさっぱりです。想像力や独創性、発明の才といったものはかけらも見られません。

ラピュタ島の下には領土であるバルニバービという大陸がありますが、ここにはラピュタとは反対に様々な研究に取り組んでいる発明家がたくさんいます。

ただしその研究のもとになっている科学がデタラメなものばかりで、空気から水分を完全に蒸発させて圧縮した空気の固体を作ろうとしたり、蜘蛛のエサに染料をつけて色のついた糸を紡がせようとするといった荒唐無稽な理論を真剣に実践しようと日夜取り組んでいます。

この作品が発表された18世紀前半はまだ元素の周期表も完成されておらず、バルニバービで行われているようなトンデモ科学理論が当時のヨーロッパでも幅を利かせていたのかもしれません。

現代でも気をつけないと、STAP細胞のような「よくわからないけど、なんかすごい」と感じる科学研究の話であったり、ネット上で囁かれる根拠のない陰謀論などに騙されたりしてしまいますね。

ガリバーもこのくだらない研究者たちに早々に見切りをつけ、さっさと次の目的地を目指します。


グラブダブドリブ

次に渡ったグラブダブドリブには、どんな死者でも降霊できる魔術師の種族がおり、ガリバーは大喜びでアレクサンダー大王やアリストテレスといった歴史上の偉人を次々と呼び出してもらいます。

ところが、ガリバーが知っている偉大な史実と本人たちの口から語られる内容にかなりの齟齬があり、真実を知ってことごとくガッカリします。

話には尾ひれ背ひれがつきがちで、大本の事実は大したことがないというのはよくあることだという皮肉ですが、現代に限らずやはり昔からそうなのでしょうね。


ラグナグ国

次に渡航したラグナグという王国には、ストラルドブルグと呼ばれる不死の人間がまれに生まれるという特徴があります。

ただし不死なだけであって、不老ではありません。

彼らは通常の人間と同じく年を重ねるにつれ体の機能は衰え病気に冒され、ただ生きているというだけでほとんど自力で何もできなくなり、見た目も極めて醜悪なものになっていきます。

それゆえラグナグ国内ではストラルドブルグは厄介者として忌み嫌われており、ガリバーはその実態を目の当たりにして、これまで抱いていた不死の人生への憧れを捨てます。

おそらく18世紀にはまだ不老不死の実現を信じている人が、ヨーロッパで一定数いたのでしょう。

ストラルドブルグについては、スウィフトがそういった願望を持つ人たちに対して、バカな事は考えるなと思い切り冷や水を浴びせかけるような描写になっています。


フウイヌム国

途中に日本への渡航と短い滞在を経て、ガリバーは最後にフウイヌム国を訪れることになります。

この国は非常に高度な知性と品性を兼ね備えたフウイヌムと呼ばれる馬の種族によって統治されており、人間に似た外見を持つ愚劣で醜悪なヤフーと呼ばれる種族が被統治民として暮らしています。

当初ガリバーは見た目からフウイヌムたちにヤフーの仲間だと勘違いされますが、言語を操ったり所作に品性のかけらが見えることから珍しがられ、ガリバーも必死にフウイヌムの言葉を覚えることで次第に主君の寵愛を受けることになります。

そうして覚えたフウイヌム語を駆使して、主君に対して人間がヤフーとは違って知性や品性を兼ね備えていること、祖国イギリスは世界で一番の強国であることなどを伝えます。

しかしフウイヌムの主君はブロブディンナグの国王と同じように、人間の強欲さや暴力性、精神と肉体の脆弱性など様々な欠点をあげつらい、ガリバーに対していかにフウイヌムと比べてヤフーが劣っているかを懇々と説教します。

ガリバーはぐうの音も出ないほどの見事な正論で愛する祖国を非難されたり、劣悪なヤフーと人間を一緒くたに扱われたりすることに最初は反感を覚えるものの、フウイヌムと共に暮らすにつれて本当に彼らが知性と品性両面において非の打ちどころがないことが分かり、やがてその高潔さに心酔して一生このままフウイヌム国で暮らしたいと思うようになります。

体裁上はヤフーと呼ばれていますが、これは完全に人間のことを指しており、考えてみれば人間よりも馬の方がはるかに優れているじゃないか、人間なんて実際は欠陥だらけの存在だというスウィフトの当てこすりになっています。

最終的にガリバーはイギリスに帰ることになりますが、紆余曲折を経て祖国に着き、愛する家族と数年ぶりに再会しても、久々に嗅ぐ忌まわしきヤフー(人間)の臭いに吐き気を催し、一年近くまともに一緒に食卓を囲むことすらできないほどフウイヌムでの生活に順応しきっていました。

今後はなるべくヤフーとの付き合いを避け、ひたすら思索にふける生活を送るほか仕方ないという、半ば諦めのような気持ちを述べたところで物語は締めくくられています。

これもどこか屈折した人間観を持つスウィフトの、偽らざる本音でしょう。

まとめ

ここまで簡単に内容をまとめてきましたが、各章に散りばめられたスウィフトの筆致の鋭さは、私の筆力では到底お伝えしきれません。

痛快という言葉が正にぴったりな切れ味の風刺が満載で、作者の想像力と知性、表現力に脱帽すること間違いなしです。

絵本とは違った感動がきっとあるはずなので、少しでも興味の湧いた方はぜひ実際に読んでみていただきたいと思います。

長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。





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