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学園祭でノンアルコールカクテルを販売した話。

模擬店での再会

 5月14日、学園祭2日目。私はある模擬店にて、ドリンクをつくっていました。ジュースやシロップを混ぜてつくるノンアルコールのカクテル——モクテル——を販売する模擬店です。2日目は1日目よりも天気が良かったこともあり、お客様もたくさん訪れ賑わっていました。そんな中、私の目の前に現れた次のお客様2人組に、私は思わず「あ」と呟きました。その2人は、1日目も飲みに来てくれた高校生2人でした。
 この高校生2人は、決して元々知り合いではありませんでした。遡ること、5月13日。雨で客足の少なかった1日目にその2人はお店に来てくれました。ピアスの特徴的なその2人とドリンクを作りながら会話をするなかで、その2人が高校生であること、沖縄から来たことなどをお聞きしました。
 5月14日、昨日も来てくれた2人であることは一目でわかりました。「昨日も来てくれましたよね、ありがとうございます!」と話すと、「昨日も楽しかったのでまた来ました〜」と言ってくれました。

顔を見る

 なんでもないできごとのようでいて、このできごとは2つの不思議さをもっているように思えます。1つは、学園祭の模擬店において「昨日も来てくれた2人だ」と瞬時に私が気付けるということ。もう1つは、飲み物を販売しているお店であるのに「楽しかったからまた来た」とお2人が言っていることです。
 昨日も来てくれたお客様だ、と私が気づけるのは、私がお客様の顔を見ながら接客をしていたからです。もちろん、どの模擬店でも注文を聞くときやお渡しするときにちらっとは顔を見るでしょう。しかし、そういった必要性に迫られて顔を見るという話ではなく、私たちはコミュニケーションをとるためにお客様の顔を見ていたのでした。それは、この模擬店がお客様との関わりを大切にするお店だったからです。

会話する模擬店

 私たちの模擬店では、注文スタッフも制作スタッフもお客様とたくさん会話をします。
「どんなドリンクを飲みたい気分ですか?」
「甘めとさっぱりだと、どちらがいいとかありますか?」
なにせ、メニューは20種類以上あり、さらにオリジナルで混ぜることもできるという仕組み。一人でメニューを見て選びきるのは至難の業です。そこで、注文スタッフと会話をしながら飲むものを決めていくのです。
 一度注文スタッフとの話で注文が決まった後でも、制作スタッフとも再び会話が生まれます。
「甘めとレモンの風味強め、どちらがいいですか?」
「ライムとかって普段飲まれます?」
 会話は、決して飲み物を決めるための仕事的なコミュニケーションにとどまりません。
「どこから来られたんですか?」
「今まで回ってきて、五月祭で面白い企画はありました?」
「このライムの香り、せっかくなので嗅いでみますか?」
 会話は、決して機械的なものではありません。小さな子どもが来たら目線を合わせるように少ししゃがみます。午前中と夕方だと、お尋ねする内容は全く違うものになります。お相手の反応によって生まれる会話も変わってきます。だからこそ、私たちも接客しているのがたのしいのです。

教わる・教える

 お客様から教わることだってあります。あるとき、野球サークルかなにかの人たちが看板をもってお店の宣伝をされていて、その途中で私たちのお店に立ち寄っていってくれました。1日目のことです。制作しながらお話しする中で、その方は「看板をもって回ると実際、集客の効果が結構あるよ」と教えてくださいました。
 また、別のタイミングにはみかん同好会の方々がドリンクを飲んでいってくださいました。その方々からは、100%オレンジジュースにも完全濃縮とストレートがあり、それがどのように違うのかを教わりました。ストレートの方が風味がしっかり出るそうなのですが、私たちが使っていたのは完全濃縮のものでした。来年やるときはストレートにしたいな、と思いました。教えて下さり、ありがとうございました。
 逆に、お客様にお伝えする場面だってあります。やや特殊な事例ですが、「アルコールメニューは売っていますか?」と私たちのお店に尋ねて下さった方がいました。おそらく、「カクテル」という言葉を私たちが使ってしまっていたので、売っているように思われたのでしょう。残念ながら私たちのお店ではアルコールドリンクは販売していなかったのでそのことをお伝えし、そのうえで私は、どこのお店がアルコールドリンクを売られているのかお伝えしました。
 そんなことをしても、もちろん私のお店はまったく得をしません。でも、集客効果を教えてくれた方も、オレンジジュースの違いを教えてくれた方も、別に教えたことで得はしないでしょう。それでも、そうやって教え合ったことで学園祭としてよりよい学園祭になった気がしました。私も、自分のお店の利益にならないとしても、お客様が「いい学園祭だったな」と思って帰れるような学園祭にしたいと思いました。

学園祭の勧誘

 あるとき、テントに貼ってあるメニュー例をご覧になっているお客様たちがいました。そこで、メニューのご説明だけしようと一歩近づくと、少し退こうとされていました。
 わかります。話しかけられてしまうと、買わないといけなくなってしまいそうで怖いですよね。でも、何売っているかわからないからちょっと見たいですよね。この方々以外にも、見たいし気になるけど買わなきゃいけなくなるのが怖いと感じて近づけなかった方がいたかもしれません。もっと言えば、学園祭自体、行ってみたいけど勧誘が怖くて行けなかった方がいたかもしれません。気軽に近づいて、見て、話もできて、それでもって違うと思ったら離れやすいような、そういうお店を、そういう学園祭をつくりたいと思いました。
 学園祭では、やや強引にも感じられる勧誘がしばしばなされています。看板みたいなものをもって急に目の前に飛び出してきたり。道端で話しかけてきて、こちらは断ったはずなのにちょっとついてきてしつこく声をかけてきたり。へらへら笑いながら「おねがいです」と言って頭下げてきたり。こわい。私はそういう勧誘が苦手で、一人でいたら声をかけられないように、と思わず足早に通り過ぎようとしてしまいます。
 もしかしたら、「そういうのも含めて学園祭なんだ」と思って学園祭を楽しまれているお客様もいるのかもしれません。こればかりは私にはわかりません。でもやはり、みんなが楽しめるノリではないような気もします。そういう勧誘怖い、苦手だ、と思う方々もたしかにいるはずです。そんな方々も楽しめるような模擬店を、来てよかったと思えるような学園祭を創り出せないでしょうか。
 そんなことに悩みながら、私は強引に思える勧誘に抵抗感を持っていました。そして実際、私たちのお店ではしつこく感じられるような声掛けは行わないようにしました。

黒字経営をすること

 とはいえ、そうやって勧誘の手を弱めると来てくださるお客様は減るのでしょう。それに対して、「売上じゃないんだ!いい模擬店を、いい学園祭をつくることが大切なんだ!」と言いたい気持ちが私の中にはあります。実際、私たちの模擬店では会話を大事にしていて、ある意味回転率を度外視しているところはありました。
 しかし、やはり黒字経営をすることは重要なのです。大幅な利益を出す必要がないとしても、それは全く売り上げなくていいということを意味しません。だって、赤字経営では続けられないから。もしそのお店が大赤字であったなら、翌年も出店することはできないでしょう。どんなに価値のあるものでも、続けられないのならば価値は人に届きません。だから集客も大事なのです。でも同時に、集客は価値を人に届けるための手段でしかないから、人を集めることが目的かのような集客はしたくありません。
 だから私たちのお店で一番すごかった点は、単に会話を大事にしたところでも、その場でオリジナルのドリンクをつくれたところでもなく、そうしながらも黒字経営を成し遂げているところだと思います。最終的に、1万円ほど黒字で2日間の営業を終えることができました。この黒字は、学園祭の模擬店という形態において「人との関わりを大切にした営業」がビジネスとして可能であるということを意味します。そしてそれは、こうした営業の仕方の持続性を示唆しています。

何をお客様に届けるか

 黒字経営を成し遂げたのは、ドリンクの販売だったという点もあるかもしれません。競合が少なかったり、気軽に飲めたり、あるいは原価が安かったり。
 私たちはドリンクを300円で販売していました。高いのか安いのか、そんなに私にはわかりませんが、一つ言えるのは、あの場で私たちがお客様に届けていたのは決してドリンクだけではなかったということです。その場でのコミュニケーションとか、人と関わるたのしさとか喜びとか、ドリンクを混ぜる面白さとか、そういう体験とか気持ちをお届けしていました。
 だから、どんなにお客様が多くて混雑しているときでも、一度たりとも私たちは会話に手を抜きませんでした。本来のメニューにはないドリンクの注文を受けてその場でメニューを考えるときも、後ろにお客様の列ができ始めたときも、決して会話するのをやめませんでした。
 ちなみに、ドリンクをつくりながら会話するのは決して簡単なことではありません。使うべきドリンクを選び取り、レシピを見て、作る。これだけでもいくつもの注意を要する工程であるのに、それとまったく同時に、何事もないかのようにお客様の顔も見ながら会話をしているのです。
 会話をしなければ、やることは幾分か単純になって楽だったでしょう。そして、回転率は上がり、列を捌くこともできたかもしれません。でも、「捌く」っていうのは、お客様を人ではなく数として扱うということです。人と人としての関わりをなくしてしまうということです。それをしてしまったら、このお店の意味はなくなってしまう。その一心で、どんなに混んできても、堂々と時間をかけて接客しました。人が並んでいようと、ライムジュースの匂いを嗅いでもらいました。

私の受け取ったもの

 そうした私たちの届けようとしたものは、お客様に確かに届いたように思います。大学生くらいの方で、制作している間携帯を触ろうとしていた方がいました。最初、メニューの調整のために話しかけると、そのまま自然と会話してくださりました。話したくなかったわけではなく、待ち時間は携帯を触るのがこれまでの普通だったのです。そのお客様もここが話せる場であるとわかれば、話すことを楽しんでくれました。
 混んでいる時間帯、お客様にお店が大事にしていることをお伝えして「お待たせしてしまって申し訳ないです」とお伝えしました。するとお客様は、「ぜんぜん」と笑って返してくれた後で、「いいですね」と添えて下さりました。別のお客様も会話をしている中で、「いい雰囲気ですね」とお店のことを褒めて下さりました。
 小さい子ども達が喜んでくれていました。「美味しい?」という問いかけに答えず、ストローからずっと口を離さず飲み続けていた子がいました。普段飲んだことのない飲み物を美味しがり、お店の前で飲み干していた子もいました。自分で混ぜたい!と言って、シェイカーを縦にがんばって振っている子どももいました。そうやって、子ども達それぞれが楽しそうにしている光景を見ることのできるお店でした。
 決して、子ども達のためのお店だったわけではありません。学生の方々とも、大人の方々とも、保護者の方々とも、本当にいろんな方とお話しさせていただきました。注文されるドリンクも本当に多様で、いろんなドリンクをいろんなお客様に飲んでいただけました。
 たのしかったなぁ。
 学園祭だからたのしいという話ではなく、いろんな人と出会い、いろんなことをお話ししました。ドリンクを喜んでもらい、会話を楽しんでもらい、お店の雰囲気自体を気に入ってもらいました。やってよかったなぁ、と素朴に心から思いました。学園祭の一角でそうした素敵なお店をできたことを、とてもうれしく思います。

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