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今の自分にできること

幸か不幸か、私の勤務地・岩手県では、コロナウイルスで休校している他県の状況が嘘に見えるかの如く、5月の連休前まで授業が行われていた。
1日のうち、何度も「マスクをしなさい」と言い、密を避けるよう注意を払っていく。
正直なところ、心境は複雑である。

そんな中、微力ながら実践を積み重ね、色々と考えた。
いくつか述べる。
(現在、自分は、小学2年生を担当している。)

1 3週間の成長
GWに入る前、「3週間で成長したこと」を尋ねてみた。

「自己の成長」を書く子が6割ほどであった。

私がとりわけ注目したのは、「目に見えない部分の変化」である。

◯◯さんが乱暴な言葉を言わなくなった。
ぼくが悪口とかいじめとかをやっていない。
集中している人が増えている。
友達と仲良くできるようになった。
重い荷物を持てない時、友達が手伝ってくれる
転んだ時、痛い時「大丈夫?」と声をかけてくれる。

わずか1ヶ月間に、そういう子が生まれつつある。

2 授業を創るのは、誰なのか。
どんなに自分が頑張っても、子どもたちが共鳴しなければ、いい授業は生まれない。
だから、最近はよく話す。
「授業は、(教師である)自分もだけど、みんなも、少しずつ力を出し合って創っていくものなんだよ。」
自分で、「今日はいい感じだった。」「子どもたちが積極的に学んでいる。」と感じた授業は、子どもたちも口々に「楽しかった〜」と言うことが多い。

3 動き出すなら、まず教師である自分から。
最近、授業が終わってもリフレクション(振り返り)を書き続ける子どもが、何人も見かけるようになった。
「『嫌い』だと思っていたこの教科の授業、なんだか楽しいじゃないか」
という感想が続々と書かれるようにもなった。
週を追うごとに、授業を通した考えに関する記述が、質・両共に増加していく。
短い時間の中で、ドラマが生まれる。

「○文で書きましょう。」と、教師の側から目標を与えるのも、一つの手段だろう。だが、
「子どもが夢中になるくらい書き続けるような授業」
そのような授業を生み出す。
これがまず大事なのでは、と思う。

すべての時間、子どもたちに「楽しかった」「勉強になった」「また勉強したい」と思ってもらえる授業を創り出すのは、難しいかもしれない。
しかし、1日のうち、1時間、子どもたちにそう思ってもらえるような授業を創るのは、自分でもなんとかできる。

自分の場合、専門である社会(現在は受け持っていない)・音楽・道徳については、周囲や学ぶ環境に恵まれている。ある程度「授業って楽しい、学びになる」と思ってもらえるものを提供できるようになった。

「来てよかった」「学んでよかった」と、自分も、子どもたちも、実感できるような時間を生み出す。
そこに、自分は、拘っていきたい。

粛々と授業を続けていく。
それが、今の自分にできること。

※この記事は、2020年の5月初めの連休の時に書いたものです。

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