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空の詩

いつものように 扉の鍵を開けて
当たり前のように 上がり込む
声をかけても もう返事はない

部屋中が暗く 湿った臭いに沈んでる
あんなにおしゃべりだったテレビさえ
むっつりと黙ったまま 目をつぶってる

ああもう ここに誰もいないのだな
笑うことも泣くことも怒りだすことも
もう ないのだな

主のいなくなった家で ひとり
イヤホンを聞きながら 部屋を片付ける
もうここに 戻ることはないのだな

空になった部屋 薄れてゆく暮らしの影
きれいになるほど なんだか寂しくなるから
今は考えないでいよう とにかく捨てる

遠くなった記憶の奥で いなくなった人が笑う
残されたぼくは これからどこで何をしよう
降ったり晴れたりの この気まぐれな空の下

泣いてる日も笑ってる日も いつだって
ぼくはここへ来て ここから出ていく
いなくなったあなたとなら どこへでも行ける


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     Rien de ce qui existe n'est absolument digne d'amour.
     Il faut donc aimer ce qui n'existe pas.
     Mais cet objet d'amour qui n'existe pas n'est pas une fiction.  Car nos fictions ne peuvent être plus dignes d'amour que nous-mêmes qui ne le sommes pas.
   ( Simone Weil   'La pesanteur et la grace'  1947 )

 現実にあるものは何一つ、愛する価値がない。
 それだからこそ、現実にないものを愛しなければならない。
 けれども、この愛の対象は現実にないからといって空想の産物だということにはならない。というのは、私たちの空想の産物ならーー私たち自身がそうであるようにーー愛するに値しないはずだから。
 (シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』より 拙訳)


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