女子高生ゆきこさん

職員室が禁煙になったという理由で
体育館の裏に職員用の喫煙所が設けられた。
と言っても水の張ったバケツが置いてあるだけの簡易的なものだ。
1年生の私は部活の片付けを押し付けられすっかり帰るのが遅くなって近道の体育館裏を通った。
『おー、今帰りか?』
田辺先生だ。
『はい、部活のアレで、』
『アレってなんだよ』と少し笑われた。
『あの、片付けをしていて』
『あー、押し付けられたか』とまた少し笑う
『あ、いえ、そんなんじゃないです』
『まあいいか、気をつけて帰れよ』
バケツにタバコを投げ入れてジュッと音を鳴らし、先生は扉を開け、学校に戻って行った。

私は田辺先生の事が好きだ。
ダルそうな雰囲気とタバコを吸う姿がかっこいい。
『田辺きもい』とか言う女子も少しはいるけれど全然意味がわからない。
先生に恋をするなんてベタな女子高生だなと思う。
ベタだろうがなんだろうが好きなものは仕方がない。
少しだけ話が出来ただけなのに凄まじく嬉しかった。
その日の夜お父さんのタバコをこっそり盗んでベランダに出て吸ってみた。
咳き込むし、気持ち悪くなるし、先生のとは違うにおいがするしでがっかりした。

それからたまに帰りが遅くなった時は体育館裏で田辺先生に話しかけた。
と言っても『さようなら』くらいしか言うことが無い。

なんの進展もないまま3年生になった。
部活はつまらなくなって2年になる前に辞めていた。
クラスには全然馴染めなくて友達と呼べる子は1人もいなかった。
私は他の子みたいに気軽に先生には話しかけられない。
だいたい田辺先生の授業を受けてはいない。接点が無さすぎる。
と言う事で先生の目の前でハンカチを落として拾ってもらう作戦を決行したが、全然知らない、にきびで出っ歯の男子に拾われた。

先生の前で転んで助けてもらう作戦もにきび出っ歯に助けられた。

『やっと目を覚ましたか』
最初はどこで寝ているか混乱していたが
体調が悪くて保健室で寝ていた事を思い出した。
先生の声だった。
幻聴かもしれない。
『大丈夫?』
『あ、はい。すみません』
やっぱりそれもにきび出っ歯だった。
なんなんだお前。

先生の事を想いながら3年間過ごした。
卒業式で友達のいない私が泣いてるのをみてクラスメイトは不思議に思ったかもしれない。
校門は卒業生達で賑やかで、別れを惜しんだり、写真を撮ったり、泣いたり笑ったりしていた。少し羨ましかった。

私は体育館裏を覗いた。
田辺先生がタバコを吸っていた。
あんなに緊張して話しかけられなかった先生なのに何故か今は気持ちが軽くていたずらするみたいに簡単に話しかけられた。

『先生あの1本くれませんか?』
『え、それはダメだろ』
『卒業したんで大丈夫なんです』
チッと舌打ちをして
『まあいいか、人が来たら消せよ』と1本差し出してくれた。
火をつけると先生のにおいがした。
『おめでとう』
『えっ?』
『いや、卒業』
『ああ、お世話になりました』
私と先生の吐き出した煙が浮かんでひとつになって消えた。

サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。