「誰かに淹れる、1杯のお茶。」
ふだん何気なく飲んでいた日本茶。
母親が毎食後、急須でお茶を淹れる家に育ったので、ただの習慣で飲んでいた。
そんな私が日本茶にはまったのは、つい最近のこと。40代で通訳案内士の資格を取った。何か日本のことを紹介する強味があるといいから、日本茶をやれと上司に勉強するよう勧められた。訪日観光の会社だったので、仕事として勉強してみたのがきっかけ。
外国人ゲストに「利き茶講座」をやったところ、だんだん自分がはまるようになった。
1つのお茶の木から、緑茶、紅茶、ほうじ茶、抹茶…カラフルにひろがるお茶の世界。
コーヒーや紅茶のように、砂糖やミルクを入れる飲み物に慣れていた外国人には、ストレートで飲む緑茶がとても新鮮だったようだ。
イスラム教徒の方はアルコールが飲めない。冷茶をワインボトルに淹れ、ワイングラスでお出しすると、とても喜んでくれた。
お茶にアレルギーがある人の話も、ほとんど聞かなかった。
年齢も宗教も体質も、ぜんぶOKな「お茶」という飲み物、すごいと思った。
オンラインツアーで静岡の茶園の方のお話を聞いた。
「お茶はぜひ、誰かと一緒に飲んでほしい。誰かのために、淹れてほしい。」
その日の気温、その人の気分に合わせて、ゆったり淹れてほしい。
そんな話を聞いて、私は自分ひとりで飲むときも、誰かに淹れるつもりでお茶を選ぼうと思った。自分を大切にする時間を作るために。
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