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あなたの脱税の物語


「アーティストに事務をさせるな」
退職する私に向けた、上司からの言葉だ。
以来、事あるごとに私はこの言葉を思い返してきた。
そしてまた、このニュースでも。

あなたはアーティストだろうか。
あなたのまわりにアーティストはいるだろうか。
確定申告とはなにか。なぜそれをしなければならないのか。
何をやったら捕まるのか。何もしなかったから捕まったのか。
あなた自身が、あなたの身近な人が、脱税で逮捕されたりしないだろうか。
そんな不安を抱える人に、覚えておいてほしい。

アーティストに事務をさせるな。

◇ ◇ ◇

まずは、税務署にバレるメカニズムを説明しよう。
ここではシンプルに、出版社からのみ報酬を受け取る漫画家(自営業)で例える。
また、実際の税率を用いるとややこしいため、キリのよいテキトーな値を用いる。

出版社は漫画家に対し原稿料や印税などを支払うが、その際、支払額に対して「所得税」の「源泉徴収」を行う。
例えば、10万円の原稿料なら、所得税として1万円が源泉徴収され、漫画家には9万円が支払われる。
放っておいても、とりあえず税金が徴収される(納めたことになる)仕組みなのだが、1年分のこういうのをまとめて、経費を引いてホントの儲けを計算して、ホントの納税額を算出する。それが「確定申告」だ。
ホントの納税額に対して、源泉で払った税金が多かったなら差額が戻るし、少なかったら不足分を払うことになる。前掲の脱税事件はおそらく「全額未納バックレ」ではなく「源泉だけじゃ足りない」ケースだと考えられる。

それはさておき。
年末年始になると、出版社は税務署へ「支払調書」を提出する。
支払調書には「◯◯さんに□□円払い、そのうち××円の源泉徴収をしました」という情報が記載される。
月刊連載で毎月の原稿料が10万円の漫画家Aさんであれば「Aさんに120万円支払い、12万円を源泉徴収しました」となる。
出版社は複数の漫画家との取引があるので「Bさんに2000万円支払い、400万円を源泉徴収しました」「Cさんに500万円支払い、50万円を(略」のように、支払い先全員分の支払調書が税務署に提出される。
税務署は支払調書に記載された人物の確定申告を照合する。
ここで、バレる。

こんなかんじだ。
税務署「Bさん稼いでんな」
税務署「確定申告のほうは、どうかな?」
税務署「やってねえじゃん」
そしてBさんの郵便受けにお手紙が届く。

あなたが稼ぎを隠そうとしても、税金のことを知らなかったとしても、税務署は知っている。
商業漫画家であれば、まずバレる。
手売りの同人誌ならバレなさそう、と思うかもしれないが、印刷会社の帳簿から見当をつけることもできるだろう。
出版社なり印刷会社なり、あなたの関係者にきちんと帳簿をつけなければならない者がいる限り、バレる可能性は常にあり続ける。

「ずっと確定申告してないけど、まだ税務署来てないもん」
そういうこともあるだろうが、それはおそらく金額が小さいから、つまり、所轄税務署の担当エリアにもっとデカいヤマがあるからだ。
例えば先程の、Bさん(2000万円)、Cさん(500万円)の両方が確定申告をしていないとしても、Bさんのところには税務署が来て、Cさんはスルーされることもある。税務署は税金で運営される税金収集システムである。リソースには限りがあり、費用対効果も求められるため、なるべくたくさん取れそうなところをターゲットにする。
(ただし、税務調査に来てちゃんと計算してみたら、Bさんめちゃめちゃ経費多くて全然儲かってなくて、むしろ税金戻ったわ、となることもありえない話ではない。)

◇ ◇ ◇

あなたはアーティストだ。
絵を描き、漫画を描き、小説を書き、楽曲を奏で唄い、他にも色々。それらを売って暮らしている。
しかし、あなたは確定申告をしない。
何をやってもバレるし、金額が大きくなればいつか必ず税務署からお声がかかる。
それを知ってなお、あなたは確定申告をしない。
なぜか。
あなたがアーティストだからだ。

事務に向いていない。
それこそが、アーティストがアーティストたる所以なのだ。
アーティストだから当然だろう。創作以外はやりたくないし、事務の時間があるなら、創作したほうが儲かる。
冒頭の記事のような人気連載の作家であればなおさら、事務に割く時間を確保できなくなるのも当然だろう。
だから、あなたは事務をしてはならない。
あなたがアーティストだからだ。
それでも、だ。

◇ ◇ ◇

はじめるぞ。
いまからだ。いますぐだ。

メールで届いたりダウンロードしたりの、コンピータ用のファイルになっている明細は、どっかにフォルダ作ってしまっとけ。
フォルダ名は「経理_2024」だ。今年のはそこに全部突っ込んどけ。
A社からの「お支払明細.pdf」と、B社からの「お支払明細.pdf」がある場合は「A社_お支払明細.pdf」「B社_お支払明細.pdf」にリネームしろ。
A社が毎月同じファイル名で送ってくるクソッタレなら「A社_お支払明細_20240425.pdf」「A社_お支払明細_20240528.pdf」こうやって受け取った年月日書き足しとけ。B社のも他のも、余裕があればファイル名に日付書いとけ。ハナから被らないような名前のファイルはそのまま放り込め。よくわからなかったら、上書きしますか?が出たときだけ考えろ。

通帳はPDFなりCSVなり出るならそいつを今年のフォルダに放り込め。毎月だ。出ねぇなら、スマホかなんかで弄れる銀行アプリで毎月スクショ取って、今年のフォルダに放り込め。

問題は、紙だ。お前に一番向いていない。
取引先からメールで来る明細や、Amazonの購入履歴は、後からでも探せる。
しかし紙は失くす。お前がアーティストだからだ。
だから紙は、特別の用意で始末する。

まずは、これだけ買ってこい。

▼クリアポケット

▼スタンド

▼持ち運び用ケース

▼バインダー

ブツが揃ったら、すぐに始めろ。
2024年4月から始めるつもりで書くから、お前もそのつもりでやれ。

まずはスタンドのタブに月の数字を書け。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12
これが終わるまで他事に手を出すな。まず書け。

次はクリアポケットを2枚取り出し、油性ペンでそれぞれ「2024/04 入」「2024/04 出」と書け。
出版社から郵送された支払明細は「入」に、買い物や食事などのレシートは「出」に、それぞれ突っ込め。
何が経費になって、何がならないかは、後で税理士が決めてくれる。お前は考えるな。

いろんな紙を突っ込んだ「2024/04 入」「2024/04 出」は重ねて、スタンドの「4」と書いたスリットに突っ込め。
入れる場所によって「[4]クリアポケット」「クリアポケット[4]」のどちらかの位置関係になったりするが、構うことはない。5月になったら隣に突っ込めば済むハナシだ。
それでも、お前がここにこだわりを見せたいなら、どっち向きがいいか考えてみるのもいいだろう。しかし、程々にしとけ。凝り始めたらお前は、そこから進めなくなる。

お前は今、1、2、3月はどうするの?と思ったかもしれない。
その調子だ。1、2、3月分の出入のクリアポケットを用意しろ。6枚だ。わかるな?
床でもどこでも、広い場所にクリアポケットを並べろ。6枚だ。
引き出しと財布からレシートやらなんやらを全部出して、1枚ずつ該当月のクリアポケットに叩き込め。
心配するな、紙に書いてある日付を見ればわかる。
片付いたら、そいつらもスタンドに並べておけ。1月、2月、3月のところだ。注意深くやれ。

ここまで済んだか?
明日から、4月に発生した紙を4月に放り込む生活が始まる。
毎日やれればいいが、毎日でなくてもいい。
毎月初日に、財布に溜まった先月のレシートを放り込むようにしてもいい。
郵便受けに入ってきた明細は、すぐにクリアポケットに入れろ。これがお前の新しい書類専用ゴミ箱だ。お前はもう、紙の書類を失くさない。
5月になったら、新しいクリアポケットを用意しろ。
6月も、7月も、8月も。12月まで続けるんだ。

年末までに、税理士のアタリをつけておけ。
webで探すのでも、なんでもいい。近所にしとけ。遠いと億劫になる。
知り合い経由の紹介のほうが気が楽だというのなら、そうしろ。

年が明けたら税理士に電話しろ。
「あのぉ…確定申告ぅ…」で通じる。相手はプロだ。
電話が苦手ならメールでいい。
スタンドに溜まったクリアポケットを全部、持ち運び用ケースに突っ込んで、税理士事務所に行け。
場合によってはあっちが来ることもある。
そこはお前と相手の都合次第だ。好きにやれ。

お前が紙を突っ込んだクリアポケットの中身は当然グチャグチャだが「すませぇん…苦手でぇ…」で通じる。相手はプロだ。
多少の小言は飛んでくるかもしれないが、お前が事務に向いていないことなど承知の上でのことだ。
気合い抜いて行け。

しばらくしたら、税理士から連絡があるだろう。
確定申告が終わった、と。
税金が戻るか、追加で払うか。
あと、税理士の料金。
出来上がった帳簿を取りに行くか、持ってきてもらうことになる。
帰ってきたクリアポケットはバインダーに綴じて、大事にとっておけ。保管義務は7年だ、たぶん。捨てるなよ。

これで、終わりだ。
税務署は来ない。
来るかもしれないが、それはよほど儲かったということだ。
お前は金持ちだ。いくらか払ってやれ。納税額が稼ぎを超えることは滅多にない。とはいえ、無駄遣いはするな。催促が来たとき慌てないように、余裕を持って残しておけ。奴らは夏にやってくる。夏までは無駄遣いをするな。

「やーでも、そんな儲かる気しないんでぇ」
そうやって、やらない理由を並べたがるお前は、アーティストだ。
儲かったと判ってから、年末年始にレシートの山と戦う力など、お前にはない。日頃からやっておけ。結局確定申告しなかったり忘れていたとしても、バインダーに挟んで取っておけ。毎年のデータフォルダもクラウドストレージに突っ込んどけ。もしものときに、そいつはお前の盾になる。
理由はわからなくていい。お前はアーティスト。紙を貯めるアーティスト。
それだけでいい。

◇ ◇ ◇

アーティストはこんなテキストを読んだりはしない。
だから、アーティストはこの先ずっと確定申告をしない。

もし、これを読んでいるあなたにアーティストの友人や知人が居るのなら、あなたにできる範囲で(本稿で紹介したレベルでよい)、事務を手伝ってやったり、何なら丸ごと受け持ってやることを薦めたい。
お礼に焼肉を奢ってくれるほどの間柄なら尚のこと、そうすべきだ。
あなたの大切な人が前科者にならないよう、そいつのケツを叩き、データを集めさせ、紙を片付け、共に焼肉屋で乾杯しよう。
当然、焼肉屋での領収書も、あなたが処理する。

絶対に、アーティストに事務をさせるな。