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お蔵入りのヒロイン

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私小説「お蔵入りのヒロイン」 (定期更新・ほぼノンフィクション)
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いつか映画監督になるキミへ 【創作大賞2023 エッセイ】

(文字数=6371文字・読了目安時間=8分) はじめに"漠然さ"は人を殺します。 今は誰でも発信者になれる時代です。ボクがテレビ局に入社した頃は考えられなかったほど選択肢も豊富で、ある種、贅沢な時代だと思います。当時はクリエイティブな仕事に就きたいなら勇気を出してフリーランスの作家になるか、努力と運でマスコミ企業の狭き門を潜るかの二択しかなかった気がしますから。 なのでこのエッセイは、今の時代にクリエイティブな仕事を目指す人たちの共感は得づらいかもしれません。だけどいつ

嘘が、心斎橋に飾られていた。

休日を苦痛に感じてしまうのには、ワケがある。 テレビ制作に携わる人間の仕事とプライベートの境界は曖昧だ。香ばしい新作Webマンガを見つければオフィスで堂々と読んだりするし、反対に、友人と過ごしていても放送ギリギリに修正の指示が出たら彼らを置き去りにして編集所へ戻ったりする。 ボクたちに約束された休日はないから、突然上司から休日をもらっても特段やりたいことが思い浮かばず、ボクはそんな自分に落胆するのだ。ちなみになぜ休日が急に決まるかと言うと、上司が「部下を管理している」と役

カモミールの花束を

「ねぇ、テッペンは、どこにあるんですか?」 よれたスウェットを身に纏う17歳の少女が、オトナたちから身を隠しながら、か細い声で問いかける。あれは入社4年目の初夏のこと。ボクが初めてロケ現場でカメラを回した日のことだった。 あの日を思い出しながら、今ボクが渋谷に向かっているのにはワケがある。渋谷駅の宮益坂口はいつも何かしらの工事を行なっており、この日も例に漏れず道に迷ってしまった。 「5分ほど遅れます、ごめんなさい。」 渋谷の街は平日の午後だというのに多種多様な人たちで

そして、肩書きになる

「死なないようにだけ気をつけろよ」 どうにもボクは他人の意図を汲み取る能力が低い。それはきっと生半可な努力で手に入れられる力ではなくて、ずっと昔に周囲と差がついた脚の速さとか勉強の出来とか歌声の美しさとか、そういうものに似ている気がする。 「あ、でも死んでもカメラは守れよ」 「分かりました。」 恵比寿に在る番組制作会社は、今日もアイコスの煙が充満していた。コンクリート打ちっぱなしの壁と天井がやけに圧迫的で、長居していると気が滅入りそうになる空間だ。 地下鉄の日比谷線は

これは、キミがくれた夢

「お元気ですか?最近キミが遠い人になったって、みんな心配してるよ」    一眼レフカメラとロケ台本の間に置きざりのスマホが、大袈裟な文面を映し出した。   「へぇ。オマエって、遠い人になったの?」    先輩にスマホを覗かれ地獄のいじりを受けながらボクはAD(アシスタント・ディレクター)二年目を迎えた。  父親から金を借り就職留年を経て入社したテレビ局。その制作フロアで、コンテンツ制作と呼ぶには程遠い仕事に明け暮れていた。プロデューサーが使う会議室の予約、演出家が好むタバコ

理由は、「素敵だから」じゃダメですか?

突然ですがお題です。 あなたは映画監督です。 医療系の映画を作るのに、病院での撮影ができないと言われたら、あなたならどうしますか? これは、なんてことない出会いが、かろうじて生きながらえる1人のクリエイターの人生を支えてしまった、そんなとるにたらない、だけど忘れることもままならない瞬間の記録です。 ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー 三軒茶屋に"ちょうちん"が美味しい焼鳥屋がある。ここにくるのは何度目だろうか。店員さんに立ち呑みカウンターへ通されたお一人様のボク

お蔵入りのヒロイン

心の中で静かに"お蔵入り"にした人たちがいる。 どれだけ気さくな居酒屋でだって、どれだけ気の知れた知人にだって、 決して話そうとしなかった過去の出来事がある。 ボクは映像会社に勤めて13年目になった。地上波に流す為の、大衆に受けるモノづくりをする立場にいる。「もっと衝撃を」「もっと情報性を」「もっと感動ストーリーを」偉い人たちから飛んでくるお約束の指示に必死に応えながら10年以上やってきたつもりだ。上手に応えられていたかは不明だし、あまり上手になってはいけない気もしている