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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第16話 戦いの終結、新たなる謎

「Shit, there are too many of them! (クソッ、数が多すぎる!)」
「I will fight too.(儂も戦いますぞ)」

エルフの少女らしき人物はしかめっ面で愚痴を零すと、5、6本同時に矢をつがえ、一気に放つ。
彼女の腕は確かで百発百中で虫に命中するも、空を埋め尽くす軍勢の数を御するには、あまりにも手数が足りない。
杖を持つ老人も彼女と共に応戦するが、多勢に無勢。
怪物に食われるのも、時間の問題だった。

「Don't come! (来るなッ!)」
「Aaah! (ぎゃあああ!)」

空中から飛来した飛蝗が、次々に人々へと噛みつくと、異世界の冒険者らの断末魔が響いた。
戦場に倒れた無数の人々の血が、大地に染み込んでいく無情な光景に、押し殺していた恐怖心が湧き上がった。

(……む、むごい。ああなりたくない! 死に、死にたくない!)

文字やニュースで人の死は、連日耳にする。
生まれた頃には自衛隊が中東へ侵略し、近年でも戦争という過ちは、金持ちの利益のため繰り返されている。
数年前には棺桶に入った祖父と祖母を見送り、死を身近なものと青年は認識していた―――はずだった。
だが死の現実をまざまざと見せつけられた青年は、気が気でなかった。
このままだと自分もああなってしまう。
そんなのは嫌だ。
恐れの感情に脳内を支配された彼がその場で立ちすくみ、瞳をギュッと閉じると一筋の涙が頬を伝う。

「僕は……無力だ……」

青年が呟くと

「I'll cover for you, good luck. (援護します、頑張ってください)」

そんな時に長髪の男が石動の後ろから声をかけた。
伸ばした手からは煌々と魔法陣が浮かび上がっており、何らかの魔法を施してくれたのを青年は理解する。
額から血を流しているのに関わらず、彼は歯を食いしばり、自分にヴォートゥミラの命運を託す姿に祐は鼓舞された。

(みんな戦ってるんだぞ! 逃げるのか、自分だけ?!)

心の中で向き合いながら、彼は貪食の軍勢を見据える。
勝てないかもしれない。
ここで死ぬかもしれない。
それでも期待に応えねば。
利き手の右腕は出血のせいで、思ったように拳が握れず

「クソ、こうなったら……」

一か八かに懸けてみるしかない。
ベルトで括りつけた左手の盾を叩きつけると、拍子抜けするほど簡単に虫の首が吹き飛んだ。
彼が何らかの強化をしてくれたのだと、青年は感謝する。

(……彼の心も拳に乗せるぞ!)

「……ハァハァ、何とか戦えるな」

足を踏み込んで威力を出すために体を捻る度、電流が走ったような激痛に、青年は奥歯を噛み締めた。
痛みを誤魔化すように、彼は機織虫を無我夢中で戦闘不能にさせていく。
すると倒した泥の躯に、泥の悪魔たちが群がっていくのが見えた。
弱った泥の怪物に次々と化け物たちが噛みついていくと―――泥の肉塊を貪った体が徐々に膨れ上がっていく。
その姿は―――まるで共食いだった。

(いきなりなんだ?!)

やがて化け物は一匹の巨大なキリギリスへと姿を変える。
ただでさえ厄介な怪物の巨大化を、みすみす許してしまった。

(こ、こいつはヤバい! さっさと倒さないと!)

瞬時にそう判断し無策のまま突撃すると、前脚を鞭のようにしならせ、ユウを薙ぎ払う。
度重なる交戦で衰弱したお前程度、これで十分とでも言うような攻撃に、青年は悔しさを覚える。

(く、こいつ……)

「図体が大きくなった分、強くなってるぞ! 気をつけろよ、ハリー!」
「再生の次は合体だァ?! 手を変え品を変え、厄介な化け物だな、キリがねェ!」

ハリーは咄嗟に斧で胴体を切り裂こうとした。
だが刃は肉体を切断することなく、途中で止まる。
最悪だ。
斧を引き抜くのに時間を浪費すれば、死が待っている。
それをハリー自身も肌で感じていたのか、金槌で釘を打つ要領で何度も何度も側面から蹴りを入れ、力技で泥の体を断つ。

「あ、ありが……」
「寝転がってねぇで手ェ動かせ! テメーだけならともかく、オレサマの命もかかってんだよ!」
「わかってるよ!」

ユウはハリーに叱咤され、再び戦い始めた。
応戦している最中にちらりと見遣ると、巨大化した機織虫もゆっくりではあるものの原型を取り戻していく。
周りの相手だけで精一杯なのに。

「……ここまでか」

絶望に打ちひしがれた瞬間、空が夕焼け空のように紅く染まる。
風に揺れる炎は、まるで天に向かって蛇が蛇行するかのようだ。
天に座す神々よ、今に見ていろ。
貴様らの寝首を搔くのは俺たちだ。
そう言わんばかりの炎に

「どうなってるんだ」

訳がわからず、青年は困惑する。
だが、すぐに彼は察した。
―――悪魔アモン。
適当に暴れてくると言った彼が、たった一人で泥の悪魔共を退けたのだ。
生まれたばかりの赤子の如く、甲高い鳴き声を上げる怪物の群れ。
天から降り注ぐ溶岩のようなもの。
泣き叫び、助けを懇願する冒険者たち。
青年は、この世の地獄のような光景を呆然と眺める。

「兄貴が解決したみてェだな。格が違うわ、オレサマとは」

時を同じくして、同様の結論に辿り着いたハリーが呟いた。
自信家に見える悪魔も落ち込むことはあるようだ。

「……僕たちが血塗れになって必死こいて戦っても、たった一匹の悪魔の足元にも届かないんだな」
「テメーの不甲斐なさに落ち込むのは、全部終わった後だ」
「……わかってるよ。言いだしっぺの僕だけ逃げ出すなんて、周りが許しても……僕が許さない!」

戦いはまだ続いているのだ。
文句を言いつつ立ち上がって周りを確認すると、冒険者らの瞳に宿る闘志は燃え尽きていなかった。
ヴォートゥミラに暮らす人々と違い、僕には国に対して愛着などない。
ただ余所者の僕を助け、自らも命を懸ける彼らの大事にする、純朴な王国の人々を守りたいと心から思った。
疲弊した青年は流れる汗を袖で拭う。
根本的な解決をしなければ、無限の命との終わりなき闘争が待っている。

「ハリー、魂を浄化する方法は知らないのか?」
「よりによってオレサマにそんなこと聞くのかよ! 魂の清め方なら修道女サマにでも聞いてきな!」

腹立ちまぎれの悪魔の台詞に、石動まで怒りが込み上げてかた。
見た目だけ修道女でも、中身は悪魔。
聞いた自分が馬鹿だった。
とにかく動きを封じられればいいのだが……。
手をこまねいている間に巨大なキリギリスが、再び僕の前に立ちはだかる。

(泥の体を動けなくする。つまり固めればいいのか)

泥を固めるにはどうすればいい?!
泥の固め方……そうか!
泥について思考を巡らせると、青年の脳裏にある点と点が線となる。
このままではジリ貧だ、試す価値はある。
天啓とすら感じた閃きに、石動はモルマスの冒険者らの命を委ねた。

「ハリー、炎をあの魔物たちに使って放て」
「そんなことして何になるんだ! あいつら、無限に蘇るんだぞ。無駄だろうが!」
「お願いだ、言う事を聞いてくれ!」
「勘弁してくれ、魔法を使う余力なんぞ残っちゃいねェよ!」
「ハリー、頼む!」

何度も問答を繰り返すと、しつこく懇願する青年に根負けしたのか

「……今だけテメーを信じてやらァ! これで借りはチャラだ! オレサマたちは対等だといったのは、テメーなんだからよ!」
「ありがとう、ハリー!」
「いつもより詠唱に時間がかかる。その間に呪文を唱えるのを中断させないよう、気をつけて立ち回れよ!」
「了解!」

安請け合いしてしまったがやれるのか。
―――否、やるしかないだろう。
なるべく被弾を抑え、死なないように立ち回る。
やること自体はごくシンプル。

「我、原初の炎の顕現を望む者。炎の精霊サラマンダー。我が願いが通じるのならば……」

(詠唱はまだ終わらないのか!? 早くしてくれ!)

復活した機織虫は青年へと一直線に向かってきた。
野生の勘で、ユウとハリーを危険だと判断しているのだろう。
もうヘトヘトで逃げる気力も残っていない。

「さぁ、こっちだ!」

盾を構え、彼は攻撃に備えた。
当初こそそのまま受け止めるつもりだったのだが、ペンチのような顎をガチガチ噛み鳴らす姿を見て

(なにやってんだ、僕は! あんなの、まともに食らったら死ぬぞ!? 僕だけの命じゃない、不格好でも生き延びるんだ!)

そう判断を下した青年は、咄嗟に駆け出す。
しかし疲弊していたせいか、脚がふらついてよろめいた。
青年の頭上では人の死期を悟り死肉を貪り食う鴉の如く、飛蝗が飛び回る。
巨大化した泥のキリギリスと背後を見せた青年の距離は、徐々に縮まっていく。
裏目を引いてしまったか!

「ハリー、早く! 早くしてくれぇ!!!」
「―――人間共の堕ちた魂を滅却せん、インフェルヌス!」

死を覚悟した刹那、ハリーは呪文の詠唱に成功した。
空を飛び交う飛蝗はたちまちに灼けていき、地面へと墜落する。

「チョン……ギー……」

地上の機織虫はというと、焼けながらも必死に鳴いて、こちらへと前進してきた。
辺りは化け物退治に成功した歓喜に包まれるが、ただ一人青年だけは浮かれた気分になれなかった。
人を守る大義があろうが、戦いは虚しい。
戦いの数だけ無念の死がある。

「やったな、主サマよぅ」
「ああ。泥でできた肉体だから火で熱せば固くなって、動きが止まる。そう思ったんだ」

泥を熱して製造される陶器が作られる原理と説明すると、ハリーも納得したように頷く。
だが解決した矢先、彼の発言によって新たな疑問が浮かび上がった。

「ここにはエルフの射手や魔法使いの連中もいた。だが、そいつらの魔法では今みてェにはならなかった。いったい何がどうなってやがるんだ?」
「確かに。君の魔法だけが泥の昆虫たちに効いたのは不自然だな」

君の見間違いではと、切り捨てるのは簡単だ。
ハリーと彼らの違いとは何か。
魔法自体が同じ原理で発生しているなら、他に理由がありそうだが。
非常に興味深いが、今は何も考える気力が沸かなかった。
傷ついた体を癒したい。
次また泥の悪魔が襲ってきた時までに、原理を解明しておきたいが。

「確かにそうだ。でも解決したんだからいいじゃないか。今は治療と傷ついた人たちの運搬を優先しよう」
「まぁ、お前の言う通りだがよ……しかし胡散臭ェな。オレサマの方でも情報収集しておくか。お前も用心しておけよ」
「ああ、互いにな。僕らは二人で一人だし、足を引っ張らないよう善処しよう」
「それなりの戦いぶりだったぜ。単なる臆病者じゃねェとわかってよかった」

ハリーはそういうと、背を向けてモルマスへ歩き出す。
彼との出会いは成り行きに身を任せただけだ。
けれど流されて辿り着くのも悪くない。

「ほら、さっさと歩きやがれ」
「……うるさいな……傷に……響くだろ」
「見た目通り貧弱だな、お前」
「どうせなら……もっと静かな悪魔がよかったな……」
「オレサマの台詞だぜ」

どちらが片方が亡くなれば、もう一人も道連れの不便な身体。
しかし望まぬ形で血と魂の契約を結んだとはいえ、戦いの間だけは彼と通じあえた気がした。

(認めたわけじゃない。けどだいぶ助けられたな、こいつに)

「You guys did a great job. (あなたたち、よく頑張ったわね)」

エルフの少女はユウの肩に手を置いて、努力を労う。
言語がわからず、どう返事すればいいのだろう。
迷った末、青年はめいっぱい微笑んで彼女を同じように労った。
その微笑に幾多の意味を込めて。

「……う、いたた。ムチャしすぎたかな」

犠牲者はたくさん出てしまったが、それでも自分なりに最善は尽くせたはず。
体の節々を微風に撫でられながら、青年はモルマスへと進んでいくのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:仲の悪かった味方が戦闘の中で理解し合う、敵との和解など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:穏やかな青年と短気な悪魔の凸凹コンビ、頼りない主人公としっかりしたヒロインなど)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
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作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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