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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第26話 出逢いと別れ

夜にて



日が落ちると静寂と闇の世界が訪れた。
客引きの声も疎らになり、都会の喧騒から離れ、読書や瞳を閉じて音楽に聞き入るetc。
多種多様な自分だけの時間を満喫できる夜は、心休まる一時。
雲がなければ、満天の夜空を見上げるのも一興だろう。
日中の白と水色のコントラストは壁紙を貼ったかの如く、一面が黒に塗り潰されていた。
太陽と月は毎日欠かさず模様替えをする、超一流のクロス職人だ。
だが例外もあり、酒場は昼間と変わらず、陰気な雰囲気を破るように騒がしい。
人が多くて苦手だが、正常な人間や根明なら元気を貰える場所だろう。
冒険者にとっては憩いの場や情報収集する所であると同時に、明日への活力を養う宿屋や、万病予防の笑いを提供する病院など、一箇所で様々な役割を担っているように思えた。
肩を抱き合い踊る酒場の荒くれ者を見渡しつつ、そんなことを考えていると、注文した品々が運ばれる。
黒と白のメイドを彷彿とさせるエプロン姿のウェイトレスに、チップ代わりに銀貨を手渡すよう直美に頼む。
せっかくなのだから盛大に祝いたい。
すると忙しいにも関わらず、彼女は快諾してくれたとのこと。
準備に時間がかかるようなので、それまでは食事に舌鼓を打ちつつ待つとしよう。
妖精の分の酒がなくウェイトレスにそれを告げようとすると、葉の柄をつまんで慎重にテーブルに置いた。
瑞々しい葉についた雨粒のような水滴が、妖精の分の酒とのこと。

「Here's a lovely fairy drink(これが可愛らしい妖精さんのお酒だよ)」
「や〜ん、可愛いなんて〜。お姉さんは綺麗だね~。街中でいたら声かけちゃうよ〜」

社交辞令に満面の笑顔を浮かべるウィッカにつられ、青年も微笑む。
これだけ喜んでくれたなら、気を遣った甲斐もあるというもの。
それはそうと、これはいったい何を意味するのか。
興味深い風俗に葉を食い入るように眺めると、妖精は葉の上に覆い被さる。
もしかしたら盗られると思ったのだろうか?
宗教的な意味を紐解けば、妖精と酒、葉との関連性が解明できるやもしれない。
次々と沸く疑問を胸に押し止め、酒の席に話題を振った。

「へぇ〜、妖精にはこんな風にお酒を提供するんだね」
「あぁ、妖精独特の文化だな。王国だと他種族の文化を尊重してくれるから、妖精も金払いがよけりゃ、手厚くもてなしてくれるんだよ」

彼の台詞から察するに他の国では妖精だからといって、特別扱いはされないようだ。
とにかく今は場を盛り上げるのに専念しよう。
それがサブリーダーとしての役割でもある。
青年は容器を握ると

「アシェルくん、ウィッカちゃん、加入おめでとう! これからよろしくお願いします。アモンも最後を楽しんで」

無難に歓迎の挨拶を済ませた。

「えこひいきはしないけど、歓迎するわよ」
「お前ら、いい奴らだな。ありがとよ」
「ありがとうね〜、仲良くして〜」

仲間たちも彼に続き祝福の言葉をかけ、乾杯しようと利き手を掲げる。
だが一人だけ浮かない表情で、円を囲む仲間たちを鋭い眼差しで睨む悪魔がいた。

「意固地にならないで乾杯しよう。別に2人きりの時まで仲良くしろなんて強制はしないからさ」
「ハリーさん、楽しみましょうよ」
「不仲なのはいいが、俺たちまで巻き込まれるのはゴメンだぞ」
「……クソチビガキ、2人と兄貴に感謝しろよ」

苛立ちつつジョッキをぶつけると、ハリーはぐいっと流し込む。
喉をごくごくと鳴らす豪快な飲みっぷりを見てしまうと、皆も影響されたのか。
なみなみと注がれた液体は、たちまち胃袋に収まった。
2杯目を注文した方がいいかと迷うと

「うひ~、もうにょめにゃい……」

情けない声がして、青年は何事かと目線を落とす。
小さな体躯故に誰より早く酔いが回ったのか、ウィッカはテーブルの上に仰向けに寝転ぶと、豚の鳴き声の如きあくびをしながら腹を掻く。
仮にも女の子が人前でしていい格好ではなく、一同は呆れつつ顔を合わせる。
不注意で食器の下敷きになり、潰れてしまわないか心配だ。

「……き、休日のおじさんっぽい仕草だなぁ。起きて、ウィッカちゃん」
「ず、ずいぶん下戸なのね。無防備だけど大丈夫?」
「うっせェ酒場で寝ようとするなんて、ナリの割に図太いな、コイツ」
「言われてるぞ〜、ウィヴィ。高貴な血筋の妖精とは思えねぇぞ」
「いいひゃら〜、みんにゃたのしんれ〜」

既に見た目だけなら酒に呑まれ、繁華街の路上で寝る現代の人々と大差ない。
無礼講とはいえ、皆の前で恥をかきたくない。
ちびちびと啜るように嗜みながら酒を静かに楽しむと、先ほどのウェイトレスが直美の肩に手を乗せる。
ようやく準備が整ったのだろう。
ウェイトレスは手を叩き、周囲の注目を集めた。

「Flame Spirit Salamander. Sometimes whisper words of love, sometimes transform yourself into a phoenix on the battlefield.(炎の精霊サラマンダー。時に愛の言葉を囁き、戦場では不死鳥と形を変えよ)」 

ウェイトレスは詠唱中に虚空を指差し、文字をなぞる。
彼女は息を吸い込む様子からは、呪文の最後の文言を力強く発すると、熱が彼女の周囲を包む。
最高の歓迎と歓送をしてやりたい意気込みが伝わり、見ているだけの僕にも思わず熱が入る。

「forma ardentia!(フォルマ・アルデンティア!)」

唱えた瞬間、炎で描かれた文字が薄暗い酒場でくっきりと浮かび上がっていく。

「Blessings on new beginnings and encounters(新しい門出と出逢いに祝福あれ)」

煌々と燦めいた祝いの一文を見た観衆は、どっと拍手を浴びせた。
沸いた冒険者らは酒の勢いで次々と銀貨を投げ、彼女の足元には曇天の雲のような塊ができている。
素晴らしいパフォーマンスに胸の高鳴りを抑えきれず、彼女に近づくと巾着の金貨をしっかり握らせる。

「ありがとうございました。お陰で最高の気分で仲間を迎えられます!」
「You're welcome.(ど、どういたしまして)」

頬を赤らめた少女を見るや否や、青年は咄嗟に手を離し席につく。
接客業故に男慣れしていそうなものだが、魔術を会得するのに必死で、今まで良縁がなかったのだろう。
誰にも認められずとも研鑽を積む姿は、誰であろうと気高く美しい。

(さて皆の様子はどうかな?)

酒場の空気に当てられたか、或いは酒が進んだせいか。
仲間は口数が増えていく。
だがそんななかでアモンは何にも口をつけず、黙って俯いているのに気がついた。

「それだけでいいの、アモン? 遠慮しないでいいんだよ」
「ああ、蜂蜜の酒は俺が生きていた時代から存在していた。だから少しだけ、思い入れがあるんだ」

遠い目をしたアモンは、過去を懐かしむように酒を眺める。
多くを語らない彼について、青年はよく知らない。
ただアモンとの冒険は、不思議と居心地よく感じた。

「……もう少し君のことが知りたかったな」
「出会いがあれば別れもある。俺への未練に囚われず、アシェルとウィッカを大事にしてやりな。さて少し夜風に当たってくるよ」

長命のアモンは数え切れない別れをしてきたのだろうと、その一言から伺えた。
裏を返せば、それほど多くの人々と出逢いを繰り返したということ。
人間も長く生きると鈍感になりがちだ。
でもないと痛みの多い世界に耐えられないから。
席を後にしたアモンを視線で追うと、彼はどこかに向かって歩み出す。
……もしやと思い、青年は彼の背へと駆け出した。

「ア、アモン!」
「どうした?」
「この前も時間稼ぎするとだけいって、いなくなっただろう。だから、また急にどこかにいっちゃいそうだから」

問いかけると悪魔は呆けたように口を開く。

「鋭いな、上から君へ不干渉の通達が届いてね。短い旅だが楽しませてもらった。次に会うのが地獄にならないようにな。それとある老爺から君にと」

ジュアン元神父からの伝言に、青年は怪訝に眉間に皺を寄せた。
初対面の人間に、それほど入れ込む理由がどこに。
肝心な部分に関しては、アモンも知らないとのこと。
再会した際に直接訊ねる他ないだろう。

「後はハリーへの懲罰。本来はアイツに罰則を与えるがために俺がやってきたからな」
「え、アイツが何かやらかした? 殺人、殺人教唆、強姦、強盗、器物破損。もしかして全部? ……う〜ん、やりかねないね!」
「……ずいぶん最悪な印象を抱いているようだが違うよ。君がハリーを呼び出した訳ではない契約について、問題が生じた」

本来は盗賊の頭が召喚した悪魔であり、ハリーが勘違いしたせいで僕と契約を結んだのが、事の顛末。
流されるがままに契約してしまったが、それに問題があったのか。
その罰則とやらは痛みを伴うものかもしれない。
背筋にぞくりと寒気が走った青年は、すかさず訊ねた。

「気がつかずにハリーと契約したけど、僕にも罰を?」
「それについては不問とする。だが契約前、及び契約者への正当な理由なき直接的な攻撃は明確な魔界法違反。悪魔の法に基づき、ハリーには処分を下す」
「……処分」
「今までハリーが集めた魂の一部を徴収。具体的にいうと、戦闘能力が落ちると考えてもらえばわかりやすいだろう」

安堵の溜め息を漏らすのも束の間、彼は別の不安に苛まれた。
弱体化が冒険に、どれほど影響するかが気掛かりだ。
適当な人間の魂を喰わせれば元通りになるだろうが……邪な考えが脳裏をよぎるも首を振り、頭の中の選択肢から外す。

「それはそうとアモン、君に出逢えてよかったよ」
「正直に言うと君の気持ちに困惑してる。契約以外で人と関われば関わるほど、本来の目的を見失いそうでな。忘れてはいけないが俺は悪魔。君らの魂なくして生きられない種族の俺たちは、本質的に君ら人間とは相容れ……」
「僕は悪魔だからって君を嫌ったりしないよ。だって君は教会で説教を一緒に楽しんだ。モルマスの人々を助けてくれた。周りが君を嫌っても―――好きなものにまで嘘はつきたくないんだ!」

アモンの発言を遮り、主張する青年は語気を強める。
悪魔は面食らったのか、頻りに瞬きをしていた。
僕を含めた世間に順応できない人間というのは、とかく周囲から罵倒されがちだ。
けれど同調圧力に従い、流されて嫌うなんて間違っている。
他の人間がどうであろうが、僕が好きなものは好きだ。
僕の好きも嫌いも他人を害さない限り、否定される筋合いはないだろう。
だって無数の好きと嫌いが、僕自身を構成しているのだから。

「そこまで迷いなく断言されると照れるな……その笏は?」
「あ、これ? 偶然手に入れた武器なんだよ。安く買えた掘り出し物さ」

話題を変えようとしたのか、手にした武器を見て、アモンは云う。
おそらく珍しい武器に知的好奇心が刺激されたに違いない。
目を細めた悪魔は

「……別れの前にこれだけは言っておこう」

青年へ向き直りつつ告げた。

「ええと、何を?」
「俺は愛や不和や自在に操る権能も有する。すぐ悪魔に頼ろうとする者も多い。だが君たちは俺に縋らず、意見の対立を解決した」
「……」
「君らが報酬の配分で揉めたのは、どちらも仲間の今後を真剣に考えたからこそ。それを心に留めておけば、空中分解はしないはずだ」
「一応仲直りはしたけれど、また喧嘩するかもしれない。その時は君の言葉を思い出すよ」

青年は彼の助言を聞き入れた。
いつもは必要最小限の口数の彼が多弁になったのは、それだけ別れが近づいているのだと思うと、一抹の寂しさを覚えてしまう。

「ベルゼブブ様はバアル·ゼブル。アドラメレク様はバアル·アドラメレク。バアルの別称バエル王。バルベリト王はバアル・ベリト。ベルフェゴールはバアル・ペオル。モラクスはバアル·ハモン。かつてバアルの名を……神々として栄華を極めた悪魔は数多い」
「……え、あ、うん」
「他にも豊穣神アシュトレトと賛美されたアスタロト大公。かつて双頭の神ヤーヌスと呼ばれたビフロンス。アイムは猫神バステトだ。俺も以前はアメンとしての神格を持っていた。多くの神々を悪魔へと零落させた、邪悪なる神の僕に俺たちは屈するつもりはない」

何の脈絡もなしにアモンは、かつて神々であった頃の名を語り始める。
だが、きっと意味があってのこと。
青年は聞き逃さぬよう傾聴に徹した。

「神々に貶められ、人間たちから憎悪や奇異の目を向けられた俺は、君が周囲の偏見にどれだけ苦しみ抜いたか、思うところがある」

アモンに労りの言葉をかけられ、青年の腹の底の中には、ぐつぐつと熱いものが煮え滾っていく。
それは彼が心に抱えてきた、怒りと憎悪の感情であった。
怒りが噴出しそうになるのをぐっと堪えて、青年は家族との記憶を思い返す。
今頃僕ら迷い人は、どう扱われているのだろう。
事件性のない失踪として処理され、警察も無関心の可能性すらあり得る。
もしそうなら、現代から僕らの救出はお手上げだ。
ヴォートゥミラ大陸の人間たちだって謎の声の主に導かれ、この世界にやってきた……なんて与太話は、誰も信じない。
帰る手段があるのならば、仲間と協力して探さねば。
けれども帰った所で僕は何をすべきなのか、どう生きるべきなのかさえ、まだ見つけてはいない。
戻っても空白の日常に逆戻りするのみ。

(世間体の悪い息子の厄介払いができて、案外清々しているかもな)

心のどこかで脱出を諦観する自分にも、彼は気がついていた。
どう言葉で取り繕おうと無職の自分が、社会にも家庭にも不要な人間であるのには違いない。
ヴォートゥミラを終の棲家として生涯を終えるのも、最悪受け入れなければ。
幸福感と絶望が綯い交ぜになり、硬い笑顔をした祐を

「君の名を呼びはじめた心境の変化が気になり、ハリーに事の顛末を訊ねたが―――人の誇りを忘れるな。命を狙われようと理想を堅持した。決して簡単なことではなかったはずだ。どんな苦難が待ち受けようと信念を貫き、覇道を進め。悪魔として誇り高く生きる俺なりの称賛だ」

と、激励する。
悪魔は嘘をつき人を騙す存在……だが彼を、彼の善意を、他者への思いやりを青年は信じたかった。

「短い間だったけどありがとう。君の励ましを糧に自分なりに頑張ってみるよ」

感謝が自然と口をつく。
彼の言う通り、人と悪魔は本来相容れない存在なのだろうが、それでも態度を変えない。

「悪魔は自己の利益の為に人を操り、思いのままに利用するのみ。感謝される筋合いはない。君には帰るべき場所があるだろう。苦難を乗り越えた末に理想の世界へ至るのを願う」
「……いっちゃった」

闇の中に溶けていくアモンを見守り、ぽつんと佇む青年が放心したように呟くと、白い吐息を吐いて直美が走り寄る。

「なかなか帰ってこないから探したのよ。もしかしてあの悪魔は帰ったの? 変わった悪魔だったわね」
「僕も変わり者だよ。だからアモンみたいな悪魔も、受け入れてやりたいんだ」
「そう。ま、それが貴方のいい所よね」

人を利用すると言いながらも最後まで誰も傷つけることなく、去っていく背中を2人は見届けた。
アモンにはアモンの信念と誇りがある。
彼を咎める資格など誰にもない。
道を違えても進んだ道の先で、再び運命の糸が絡み合うのを願い手を振ると、再び酒場へと入っていくのだった。


拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:仲の悪かった味方が戦闘の中で理解し合う、敵との和解など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:穏やかな青年と短気な悪魔の凸凹コンビ、頼りない主人公としっかりしたヒロインなど)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。
作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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