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異世界のジョン·ドウ ~オールド・ハリー卿にかけて~ 第18話  真夜中の襲撃、インセクトゥミレスの脅威

「……うぅ、気持ち悪い。アイツめ、酒に飲まれたな?」

吐き気を催した青年は窓を開けると、ハリーに恨み言を呟いた。
契約の悪影響とでもいうべきか。
悪魔の体の不調も、自分にもろに影響を与えるのが最悪だ。
モルマスの化け物退治の件は王国にも伝わっているらしく、戻ったら王国から直々に褒章が得られるとのこと。
僕が全ての泥の悪魔を倒した訳ではないが、冒険の協力をしてもらえるなら、脱出の一助となるだろう。
とにかく失礼のないようにしなければ。
その為にも、眠って休みを取らないといけないというのに。

「ギース、チョン。チョンギース」

溜息を吐くと、どこからともなく途切れ途切れに聞こえてくる。
幻聴だろうか。
耳をすますと始末したはずの化け物の鳴き声が、また鼓膜に響いた。
戦場帰りの兵隊は心的外傷後ストレス障害、俗にいうPTSDを発症することが多いという。
もし僕もそうなら、戦いへの恐れと生物としての本能が、病気という形で命を守ろうとしているのだ。
……頭は回っており、精神的な問題はないと思いたいが、もしもがある。

「……疲れてるんだなぁ、寝よう」

体を伸ばすと、痺れるような痛みが襲った。
天井を見上げながら、包帯を巻いた右手で握り拳を作るも、上手く力が入らない。
まだ完全には体が完治していないようだ。
適度な睡眠は万能薬。
こういう時ほど無理してでも休まないと、体に毒だ。

(俺は眠いんだ。さっさと寝させてくれよ、俺)

瞳を閉じて眠りにつこうとする。
だが頭は元気そのもので、あれこれ考えてしまう。
両親と姉ちゃんは、何をしているだろう。
袖を摘んできた直美が、年相応で愛らしかった。
彼氏はいるのか。
無駄に敵を作らない為にも、王国の偉い人間に失礼のないよう、付け焼き刃でも礼儀を身につけないと。
混沌とした頭の中に時折ギース、ギース、チョンギース。
キリギリスの鳴き声がして、苛々が止まらない。

「……うるさい、うるさい! あぁ、眠れない。どうしよう」

もう完全に目が覚めてしまった。
無理に寝ようとすること自体が不健全だ。
自然に眠れるようになるまで、何かしていよう。
といっても、暇潰しの手段もない。
そんな時だった。
……ギシギシギシギシ。
何者かが廊下を踏みしめているのがわかって

「え……」

青年は思わず呟いた。
夜遅くに誰が?
背筋にぞくりと悪寒が走り、彼は反射的に生唾を飲み込んだ。
宿泊客が、ただ用を足そうとしているだけならばいいが。
青年が音に全神経を集中させていると、ガチャ……。
ドアノブが回されて、彼は驚きのあまり飛び上がりそうになった。
いや、落ち着け。
直美や英子が、自分に何かを伝えようとしているのかもしれない。
でも、もし扉越しの人物が他人だったら?
恐ろしい考えが過るも、呼吸を整えると、頭は冷静になった。
どちらの可能性も捨て切れない。
僕は立て掛けた杖と盾を手に取ると、布団の中に隠す。
仲間の二人やハリーなら、武器はそのまま使わずに済む。
だが敵なら、すぐに対応できるようにしておきたい。
ドアノブが回されてから扉が開くまでは、時間にして数秒だっただろう。
だが彼にはやけに長く感じた。

「ギースチョン、ギースチョン。ギッチョンギッチョン。ここで合ってるんスかね〜」

部屋の扉が開け放たれるや否や、キリギリスの鳴き声の正体はやかましく叫ぶ。

(う、うっさ?!)

狸寝入りした石動は、甲高い声の主を確認する。
すると棘のついた小手と靴を身に着けた、緑髪に茶のメッシュが特徴的な少年が一人、寝台の横へと移動した。
そして少年は掛け布団に手を伸ばすと、突然めくりだした。
何をするつもりだ?!
もしや武器を隠したのがバレたか!?
目を瞑り息を殺して平静を装うが、口から心臓が飛び出そうなほど、青年は気が動転していた。
だが予想に反して、少年はまじまじと彼を眺めだす。

「うんうん、ターゲットはこの人で合ってるッスよね〜。んじゃ、気づかれない内にブッ倒すッスよ〜」

今だ、タイミングはここしかない!
腕を振り上げた少年の脇腹に、青年は蹴りを食らわせた。

「うお、起きてたッスか? なかなか策士ッスね!」

隙をついた攻撃は、クリーンヒットする。
だが寝ながらの体勢では、思ったように力が出せない。
吹き飛ばされた少年は体を壁に打ちつけるも、目立った傷はなかった。

「だ、大丈夫?」
「別に体は無事ッスよ。襲った相手に相当なお人好しッスね」

起き上がった少年は、更に言葉を続ける。

「やっぱ俺には隠密活動は向いてないッスね。あの人からの指示だから従うッスけど」
「日本語を喋るということは君は迷い人なのか、SG8の子か? 誰かに命令されたのか?」
「ご名答ッス。恨みはないッスけど、ここでやられてくださいッス」

そんなことより何故、僕のいる場所がわかったのだろう。
疑問が浮かぶも、今はそれを熟考する余裕などない。

「なるべく苦しませないように倒すッス。あの世にいっても許してくださいッスよ!」
「ヒッ!」

頭に拳が飛んできて、青年は反射的に頭を抱えてうずくまる。
するとパリンとガラスの割れる音がして、窓を叩き割る威力に唖然とした。

(おいおい、こんなの喰らったらただじゃ済まないぞ!?)

肌寒いくらいの夜だというのに、首筋を冷や汗が伝う。
この体勢だと、少年の蹴りをまともに受ける。
攻撃の格好の餌食だ。

「ビビったスか?」

ニヤついた少年が青年に訪ねた。
余裕な態度にムカついて、祐は無防備な腹に頭突きをかます。

「うわ、また不意打ちスか。ふ、踏んだり蹴ったりッス~!」

やはりダメージはさほどなさそうだが、少年は今回の奇襲にも対応できず怯む。
戦いに慣れていないのだろうか。
ならば、勝機はあるかもしれない。

「ちょこまか動くッスね!」

戦うならば武器や道具は必須だ。
そしてここから出なければ、延々と狭い空間で攻防を繰り広げることになる。
祐はそそくさと布団に隠した道具一式とカバンを手に取ると、少年に視線を戻す。

「丸腰の人間だし、部屋の中だと加減しちゃうッス。狙いはアンタだけ。さっさと片付けるッス」
「……」

目的は僕だけのようだ。
正直、意味がわからない。
邪魔さえしてこなければ、僕も直美さんも彼らと戦う理由すらないのだから。

(ここで戦うのは不利だ、飛び降りるしかない!!!)

宿泊した部屋は2階。
大丈夫、死ぬような高さではないはずだ。
青年は自分に言い聞かせ、身を乗り出すと考えもせず―――否、恐怖に飲まれぬよう敢えて思考を止めて飛び降りた。
地面に着地するほんの一瞬、彼は体がふわりと浮く錯覚を覚えた。
ハリーに殺されかけた時にも、こんなことがあった。

「武器と防具、道具を確保しつつ広い場所に逃げる。敵ながらいい判断ッス」

青年が考えている最中、少年は窓から顔を出し、石動を見下ろすと大きく口元を歪ませる。

「でも動きやすくなるのは、こっちも一緒ッスよ」
「?!」

少年は祐と同じように飛び降りて着地すると、問いかける。

「その様子だとインセクトゥミレスの力は、まだ覚醒してないんスか? 宝の持ち腐れッスね〜。ま、倒すのに好都合ッスけどね」
「イ、インセクトゥミ……? おい、君。日本人なんだから日本語以外喋ったら駄目だろう!!!」

アホな発言に少年は呆れたのか舌打ちして、彼の言葉を遮った。

「インセクトゥミレスッス。めちゃくちゃなこと言ってくるッスね。おじさんとふざけてる暇はないッス―――インセクトゥミレス解放!」

少年が叫ぶと、彼の姿がみるみると変化していく。
頭の頭頂部から伸びた、触覚を彷彿とさせる毛。
昆虫の顎を模したかのようなマスク。
お尻の辺りからは短めの二本の角のようなものが出現しており、青年は顔を強張らせる。
……いったいこれは?!
泥の悪魔を倒して弱った自分を狙う、あまりにも的確な夜襲。
インセクトゥミレスという、聞き慣れない単語。
そして少年の様変わり。
訳が分からないことの連続で、頭が真っ白だ。
けれど今すべきことは、少年を止めること。
青年は盾を腕に固定しようとするが周囲は暗く、思うように装備ができない。

「……明かりがあれば。とにかく離れよう」

ランタンが飾られた施設の前まで移動すると、灯火には無数の昆虫たちが群がっている。
月明かりを頼りに飛ぶ虫と、光を頼りにしてきた青年。
目的こそ違えど、生きるのに必死なのは一緒だ。

「早く、早くしないと!」

息を荒らげ、青年は2本のベルトに腕を通す。
そして盾の裏面にある持ち手を、しっかりと握り締めた。
自らの命を盾へと託すように。

「ハァ、間に合っ……」
「準備は済んだッスか? 無抵抗な相手を嬲る趣味はないッスからね。準備が整うまで待つッスよ」

安堵の声を漏らすと、少年が背後に立っていた。 
いつの間に?!
振り返ると、少年は半円を描くように腕を振り回す。
青年は咄嗟に盾で攻撃を受け止めようとした。
だが遠心力を利用した彼の一撃は容易く盾を貫通し―――左腕に突き刺さった。

「うぐぅぅ?!」

痛みのあまり、祐は咄嗟に腕を抑える。
どうすれば、この場を切り抜けられるか。
戦いを有利に進められるか。
痛覚が冷静な判断の邪魔をして、さらなる悲劇を生む。

「痛そうッスね、ボディがお留守ッスよ! さっきのお返しッス」

その隙を少年は見過ごさない。
少年の蹴りが祐の腹を掠めた刹那、彼の視界がグニャリと揺れた。

「普通の人間なら即死っス。頑丈な迷い人の体に感謝することっスね。もう聞こえてないかもっスけど」
「……ゲホッ……僕……これで……全部……終わり……」
「まだ息があるんスね」

強い衝撃で吹き飛ばされた青年は天を仰いだ。
口の中には鉄の匂いが充満し、咳き込む度におびただしい血で胃の中が満たされていく。
体を動かそうにも、腕も脚もろくに動かないのでは、戦うのは不可能だ。
このまま死ぬのか。
朦朧とした意識の中で

(もがけばもがくほど苦しむってのに……生きるのも楽じゃないよな)

青年は心の中で愚痴を零した。
死ねば全て無になるというのに。
喜びよりも悲しみや苦しみの方が多い世界で、何故生きようとする?
ようやく願いが叶うのだ。

「バイバイッス」

少年が拳を振り上げると、全てを諦めた青年はゆっくりと目を閉じ、暗闇に意識を委ねた。
だが、一向に死んだ気配はない。
底なしの闇に飲まれかけた青年を覚醒させたのは、顔に滴り落ちる何者かの血。

「ったくよォ。最悪の寝覚めだぜ。いい気分だったのによォ……」

頭を抱えた悪魔が血塗れになりながら、斧で少年の痛恨の一発を防いでいたのだ。

「報告にあった悪魔ッスね。フラフラッスけど、大丈夫っスか?」
「おい、坊主。今のオレサマは気が立ってるんだよ……ちょっとばかし殺し合いでもして、オレサマの昂ぶりを収めてくれや」

眼前の敵を目を細めて、悪魔は怒りを露わにして咆哮した。
嘲笑するような笑みの少年も、ハリーの狂気に気圧されたのか、苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。
これから始まる死闘の激しさを物語るように、灯火に集まった虫も忙しなく羽ばたき、両者の戦いの行く末を見守るのだった。



拙作を後書きまで読んでいただき、ありがとうございます。 質の向上のため、以下の点についてご意見をいただけると幸いです。

  • 好きなキャラクター(複数可)とその理由

  • 好きだった展開やエピソード (例:仲の悪かった味方が戦闘の中で理解し合う、敵との和解など)

  • 好きなキャラ同士の関係性 (例:穏やかな青年と短気な悪魔の凸凹コンビ、頼りない主人公としっかりしたヒロインなど)

  • 好きな文章表現

また、誤字脱字の指摘や気に入らないキャラクター、展開についてのご意見もお聞かせください。
ただしネットの画面越しに人間がいることを自覚し、発言した自分自身の品位を下げない、節度ある言葉遣いを心掛けてください。
作者にも感情がありますので、明らかに小馬鹿にしたような発言に関しては無視させていただきます。

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