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ヴォートゥミラ大陸異聞録」 愛深き妖精戦士 ケイレヴ・ハワードの奇跡の物語


空を飛び交う竜、庶民と王族の婚姻、異世界からきた異邦人。
大人になるにつれ、いつからか信じなくなっていた、巷にありふれた与太話。
けれど見たことがなければ、実在を疑うのが普通だ。
我々妖精の存在を確認したことがなければ、僕らの暮らす妖精王国ファトゥム・アグナも、ただの伝説だと一笑に付すだろう。
だがしかし僕はそんな夢物語に、再び手を伸ばそうとしていた。
手にしていた書物をパラパラとめくると、とある記述が目を惹く―――ハエモニィ。
葉に棘が生えた、黄金の花弁を咲かせる、伝承上の植物である。
僕が注目したのは珍しい花だから、というわけではない。
もちろん金につられ、一攫千金を狙う大それた野心など、僕にはなかった。
どうやらこの花には、あらゆる呪いの解呪という効能があるようなのだ。
もしこの伝承が真実ならば、失踪したあの人は……

「何処にあるのかすら定かでない、黄金の花。これがあれば王女は呪いから……本当に実在するのか? いいや、考えては駄目だ。伝承に残ったハエモニィの奇跡を、僕の手で起こすんだ!」

意気込んだはいいものの、何から手をつければいいのかすら、定かでない。
ただ僕だけの知識に限界があるのは、理解していた。

(頼もしい協力者がいれば、人海戦術ができれば……いや、こんな話をしても誰も付き合ってくれないよな)

前人未到の宝探しに、頭がこんがらがる。
ただ健康な肉体がなければ、何もできないのは確かだ。
そろそろ英気を養うべく、床につくとしよう。
全ては愛するウィッカ王女の為に―――問題が解決した華やかな未来を夢想しつつ、その日は興奮さめやらぬまま、葉にくるまって就寝したのだった。



翌日



「起きて、ケイレヴくん。早く〜」

翌日の明朝、同室のヒューに叩き起こされた。
普段は大人しく呑気な彼が、珍しく慌ただしい。

「ふわぁ、何があったんだ?」
「ファトゥム・アグナに魔物が侵入してきたんだって。着替えて!」
「うわ、本当かい?! ヒューくん、起こしてくれてありがとう」

理由を訊ね、僕は重い瞼を開き、目を開けた。
たまに妖精国にやってきてしまう、不運な魔物が現れるのだ。
話が通じる知性ある人間や魔物は、法に従い送り返すが、毎回そう上手くはいかない。
我々の住処を守る為に、どうしても実力行使する、僕ら軍人は欠かせないのである。
早く支度せねば、怒鳴られてしまう。
麻布の軍服を身にまとい、ズボンがずり落ちないよう、葉の茎製のベルトをきつく締め、軍曹の元へ向かう。
現地に到着すると、軍曹はいつも以上に険しい表情で、僕らを出迎える。

「遅いぞ、貴様ら! さっさと配置につけ!」
「ハッ、軍曹殿!」

軍曹の怒声が響くと、目深に被った苺の蔕(ヘタ)の帽子が脱げそうになり、とっさにおさえた。
単なる一兵の自分は、上官の命令には、素直に従わねばならない。
魔法の扱いに乏しい僕らは前線に向かい、魔物の気を惹き、時間稼ぎの役割を担う。
悪く言えば肉壁だ。
犬歯を覗かせたコボルトがけたたましく咆哮すると、耳を塞いでも、音の振動で頭が揺らされる。
たまったものではない。

「ケ、ケイレヴくん! 一緒にいこう」
「ビビりのヒューくんがいてくれてよかった。怖いの俺だけじゃないんだって安心するよ」
「コボルトは火を苦手とする! 前線部隊は武器に火の精霊の加護を付与し、後方部隊は焔の魔術を放てッ!」

軍曹の指示により、妖精国の兵士の大合唱が響き渡ると、呼応するかの如く獣が鳴き、森がざわめいた。
炎をまとう針の剣を手にしたはいいが、自分の何倍も大きな魔物を相手にするには、あまりに心許ない。
あくまで任務は足止めだが、それでさえ命懸けだ。
敵意を察したコボルトは鋭い爪を振り回す。
犬型獣人の太い腕が空を切る度、僕は生命の危機を肌身で感じた。
魔物にとっては軽いジャブ程度でも、僕ら妖精には致命傷だ。
他の妖精兵士はヒラヒラと躱し、死角から攻撃する素振りを見せる。
早く詠唱は終わらないのか。
前線の僕らは苛立ちを募らせつつも、己の職務に徹する。

「穿てぇええィ!」

軍曹の掛け声と同時に、幾数の紅蓮の炎矢が突き刺さると血が飛び出し

「グアオォォン!」

魔物は妖精の合唱を掻き消すような雄叫びを上げた。
今までも似た経験は何度かあったが、何度味わっても、身震いがしてしまう。
手負いの獣ほど、恐ろしい怪物はいない。
恐怖のあまり手を止めて周囲を伺うと、地面でもぞもぞと蠢く何かが目に映る。
生きているのだろうか。
心配して近づき顔を覗き込むと、それはケイレヴのよく知る人物であった。

「ヒューくん、大丈夫か?!」
「うぅ、痛たた……へへ、ヘマしちゃった……ケイレヴくん」
「笑い事じゃないよ。すぐ治癒魔法をしてもらわないと!」

額の頬に鋭い引っ搔き傷がつき、血が溢れ出していた。
どうやら魔物の攻撃が当たってしまったらしい。
感染症になっていたら、一大事だ。
協力してほしいが、戦闘の最中に迷惑をかけられない。

「しっかり掴まっててよ」

そういうと僕はヒューを抱きかかえ、医務室にまで向かう。
用件を手短に済ませ戻ると、既にコボルトは絶命しており、土に還すべく、穴を掘る真っ最中であった。
万物の生命は土から産まれ、息絶え、やがて妖精王国の緑を育む。
我々の国に迷い込んだのも、何かの縁なのだろう。
この国なりのやり方で、弔いをせねば。
埋葬を手伝おうとすると、僕を名指しで呼びかける声がした……軍曹だ。

「ケイレヴ。貴様、今まで何をしていた?! 内容如何では、除隊も覚悟せよ」
「同じ班のヒュー隊員が怪我をしており、手当てをしてもらうべく、医務室へ」

言われるがまま、僕は事実を告げると、軍曹は頬を緩ませた。
許してもらえたか?
ケイレヴもつられて、ぎこちなく笑う。

「なるほど、仲間を思うが故の隊律違反。気持ちに免じて例外を認めよう……とでもいうと、頭の片隅で考えたか! 莫迦者めが! 傷ついたのがヒューでなければ、そこまでしなかっただろう。貴様がやったのは、単なるお友達への依怙贔屓だ! 戦場で負傷した者は皆等しく、苦しんでいる。数多の戦友を見捨て、お友達だけを丁重に扱うような者は、神聖ファトゥム·アグナ王国の兵士に必要ない!」

軍曹は軽率な行動に、普段以上に舌鋒鋭く、ケイレヴを叱りつけた。

(そこまでいうか……お、鬼だ)

瞳を固く閉じ、彼は説教の嵐が過ぎ去るのを願う。

「す、すいません。ですがあのままだと、ヒュー隊員が……」
「貴様と違い、俺は特定の部下を特別扱いなどせんぞ。隊の規律を軽視した挙句、正当化を図るなど恥を知れ! 貴様の犯した軍規は何だ、言ってみろ!」
「親しい友人だけを助けるような者ばかりの軍隊であれば、戦場の生命は守られません。これを許せば、いつか自分も誰かに見捨てられてしまう。故に規律の遵守は絶対。軍曹殿の発言が全面的に正しく、私情を挟み、申し訳ありませんでした!」
「よろしい。我々の小柄な体躯では、浅い傷も致命傷となり得る。負傷者が出たら一時戦線離脱し、応急処置。その後は状態を私に報告しろと厳命したのを、努々忘れるな。ケイレヴの班は連帯責任として、基地の周りを20周!」
「はい!」

だが、おっかない軍曹に口答えする仲間はいない。
外周をした後は基地の訓練に参加し、この日は休む暇なく、身体を動かし続けたのだった。



夜にて



「今日は散々だったな」
「ああ、誰かさんのせいでな」
「……悪かったって」

訓練を終え、班の仲間から嫌味を言われ、肉体的にも精神的にも疲労困憊(ひろうこんぱい)。
本来であればハエモニィを探しにいきたいところだが、そんな気力はどこにもない。
脚は棒のようになり、魔物討伐で羽根を酷使したせいか、動かそうとする度に根元が痛む。
飯を喰い、風呂に入って眠りたい一心で、食堂で並ぶと

「ハエモニィだって? 幻の花じゃねぇか。ケイレヴ、お前そんなもんに、現を抜かしてんのか。暇だねぇ」

背後のケリーが叫び、どっと食堂に笑いが巻き起こる。
迂闊にもハエモニィのことを、口に出していたらしい。
馬鹿にされるのは当然覚悟はしていたが、面と向かって言われると傷つくものだ。

(そんなに可笑しいかよ……大事な人を助けたいって気持ちがよ)

心に湧き上がる苛立ちを抑え、席に向かうと

「隣、いいかな」
「ヒューくん、無事だったのかい!? よかったね。いいよ、座って」

顔に包帯を巻いた温厚な青年がおり、ケイレヴの顔は、パッと明るくなった。
軍曹にはどやされたが、命が救えたなら安いものだ。
 
「さっき何か言われたみたいだけど」
「ああ、さっきの話? ハエモニィについて口走ったら嗤われたんだ。幻の花が欲しいなんて馬鹿げてる。ケリーの言う通りだよな、ハハッ」

顔を覗き込むヒューに苦笑しつつ、受け答えすると、孤独はより深まった。
やはり誰にも理解などされないのだ。
落胆した僕はそれだけ言うと、口を閉ざし俯く。
しかし彼の反応は周囲とは違い、ただただ穏やかな微笑を湛えるのみだ。

「君は笑わないのか? だっておかしいだろ。幻の花を探すだなんてさ……」
「でも探してるんだろう、だったら協力するよ。理由は聞かないさ。君は僕の恩人だし、きっと悪いことには使わないよね」
「……ありがとう」

微笑む彼に礼を言うと、僕もつられて笑った。
友達というのは、こういう関係を言うのだろう。

「よ〜し! んじゃ、誘ったら手伝ってくれな。約束だよ……完治した後でね」
「うん、いいよ」

快い返事に、心まで晴れ渡るようだ。
それから暇があれば、森を、草原を、池を、手当り次第に探した。
だが幻と呼ばれるだけはあり、簡単には見つからない。
探すのはおろか、情報収集すら一苦労だ。
まずは文献を片っ端から漁り、分布する地域を絞っていくべきなのかもしれない。

「毎回付き合わせて悪いね。明日も早いから、ここいらで切り上げよう」
「お休み〜」

寮に戻るや否や、葉の上に大の字になったヒューの姿に自然、頬が緩む。
ありがとう、ヒューくん。
君がいなければ、僕は諦めていたかもしれない。
香を焚くと徐々にではあるが、嘲笑ったり、無理だと決めつける周囲の雑音で、くすんだ心が洗われていくのを感じた。

「本当に黄金の花があったら、人間たちが根こそぎ狩りつくす、か。ま、アイツらは金にがめついからな。見つけたらやりかねないが……幻の花だ。発見したら噂くらいは、辺境の妖精国の兵士の耳に届くだろう」

つまりはまだハエモニィは、人間の手には渡っていない。
実在するのであれば朗報だ。

「この調子では、ウィッカ王女が帰ってくる前に渡せないな。国中が手を尽くしても解けない、王族の呪い。たとえ微かな光でも、あるかもわからない奇跡にしか希望がないのなら……」

藁にも縋るような思いで手を伸ばした奇跡に、幾度となく手を振り払われ、根拠のない自信は粉々に打ち砕かれた。
ウィッカ王女は、今頃何をしているのだろう。
無事でいてくれたらいいが、もし金目当ての悪党に捕らえられでもしていたら……せめて顔だけでも見せてほしいが。
身分の違う僕では恋人はおろか、彼女の止まり木にはなれない。
けれど、そんな僕にでも力になれることはあるはずだ。
胸に秘めたる決意をより確固たるものにし、僕は明日の訓練に備えた。



次の休養日にて



待ちに待った休養日。
基地内を散策すると、兵士たちは仮眠や球技に興じ、思い思いに暇を潰していた。
今までは友人と遊んだり、雑用で消化していたが、これからは有効に使いたい。
僕はヒューと共に、ハエモニィを探す算段を立てるのだった。

「う〜ん。とはいえ、どうしたらいいのやら……」

首を傾げて、彼に訊ねると

「ケイレヴくんの読んだ本の参考文献から、ハエモニィに関する本だけ、調べてみたらどうだろう」
「なるほど、頭いいね。今日は図書館にいこうか」

頷くと言うが早いか、ケイレヴは黄色の羽根を羽撃かせ、図書館へと赴く。
外の世界と異なり、ファトゥム・アグナの図書館は特徴的だ。
階段状の本棚に収められた妖精の叡智は、厳かに聳え立つ。
まるで誰も真理には至らせない、とでも言いたげに。
蔵書の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる、この空間に来ると、普段はあまり読書しない僕も少しだけ賢くなれた気がする。
目元に泣きぼくろのある、金髪の司書に挨拶を済ませると、僕はさっそく彼女に訊いた。

「おはようございます。何かお探しですか」
「あの……〝血の魔女の追憶〟、〝アウァル・サピエンテ〟という名の本はありますか?」
「どちらも魔術に関する古めの本ですが、そういったものをご所望で?」
「いいえ。黄金の花ハエモニィについて記された書物を探していまして」
「……少々お待ちください」

軽い会話を交わすと無愛想に、淡々と呟き、彼女は受付の奥に入っていく。
感情を交えずに、機械的に業務に携わる振る舞いは、静寂と知の番人に似つかわしい。

「あの司書の人、おっかなくて話しづらいんだよな」
「そうかな?」

立ち去った後に喋り出すと、図書館に見知った顔が訪れた。
ケリーだ。
気がついたヒューは引き攣った表情をし、顔の周りを飛ぶ羽虫を目で追うように、視線を泳がせる。

「またお前らか。ハエモニィがどうだとか、まだやってんのかよ、馬鹿馬鹿しい。図書館では静かにしろ。司書にどやされたくなければな」

嫌味ったらしく注意され、思わず皺が眉間に寄る。
互いに嫌な思いをせぬよう、用件を済ませたら、さっさと立ち去ろう。
背を向けると、唐突にケリーがケイレヴに問いかけた。

「なんで、そんな必死に探すんだ?」

どう答えるのが正解なのか。
唐突な疑問に、上手い返しが思いつかない。

「ああ、自分でも馬鹿らしいと思うよ。けど、どうしても探さないといけないんだ。大事な人がこれ以上苦しい思いをしないように」
「……フン、懲りねぇな。お前もよ」

挑発に乗らず、冷静に返すと、バツが悪そうに口を尖らせた。
喧嘩腰で腹は立つが、まともに相手にするだけ時間の無駄だろう。
そうこうしている内に、司書が書類を抱えて

「貸出履歴を調べてみましたが……現在、ここには血の魔女の追憶はないようです」
「ええっ! ここにはないんですか?!」
「ええ。どなたかが借りたまま返却せず、今も図書館には戻ってきませんので」

驚きのあまり大声を発すると、司書は目を細め、訝しげに視線を送る。
頭を下げ許しを乞い、アウァル・サピエンテに言及すると、そもそもここにはないとのこと。
だが簡単には引き下がれない。
情熱に押され、また一つ質問をぶつけてみた。

「読書家で博識な司書の方なら、幻の金の花について、ご存知ありませんか?」
「……私の興味の対象外ではありますが、何かの本で目にした記憶が……」
「それは?!」
「異世界からヴォートゥミラに迷い込んできた人間の持つ、宗教についての書物でした。曖昧ですが、確かタイトルは〝主の施し〟……」

うろ覚えだとしても、何も情報がないよりは、遥かにマシだ。
願ってもない僥倖に、興奮のあまり司書に詰め寄ると、彼女は後ろに後ずさっていく。
頬を赤らめ咳払いし、司書は再度仕切り直した。

「異世界の文化や風習について記された貴重な資料ですので、現在は王立図書館に寄贈しております。なので、ここには……」
「そうですか。親切にありがとうごさいました」
「……どうやら事情がありそうですね。幻の花について、文中に見かけたら教えます」
「え?」

間の抜けたように返事する二人。
そんな彼らに苛立ちを隠さず、腕組みした彼女は、眉を八の字にさせる。

「……勘違いしないでください。貴方がたは、知を追求する同士ですから」

声色は厳しさをどこか妊み、素っ気ない。
だが彼女の行為は慈愛に満ち満ちている。

「ありがとう、司書さん。あ、名前を伺ってもいいですか?」
「……ハンナです。以後お見知りおきを」
「ありがとうございました、ハンナさん」

収穫を得た僕らは図書室の出入り口にいき、今後に話し合う。

「どうしようか、ヒューくん。どちらの本も読めそうにないし……」
「仕方ないけど、無闇に探しても無駄だろうから。予想を立てて、ハエモニィに関する本を探してみようよ」
「……そうだね! おっとりしてるけど、頼りになるなぁ」

蒼の瞳を輝かせるヒューくんは、けして投げ出す気はないようだ。
なら僕も彼より早く、諦めてはいけない。
でなければ僕以上に必死に協力してくれた彼に、示しがつかないのだから。

「よし、いろいろ見てみようか」
「うん」

そうして僕らは、再びハエモニィの情報収集に取り掛かった。
異世界に関わる書物は貴重が故に、ここにはないと見るのが妥当。
ならば地道に魔術に関連した本を、虱潰しに当たる他ないだろう。

「古い魔術書なら期待できるかもしれない。まずはそれから読んでいこう」

ヒューに伝え、僕たちは広大な図書館を駆け回る。
天まで続く本の壁から目的の本を探すのは、相当に骨が折れた。
ハンナに頼ればよかったが、私情で彼女を振り回し、業務の邪魔をしては駄目だ。
気になった本を数冊引き抜き、椅子に腰掛けるとヒューも隣に座った、その時である。

「おい」
「な、何かな?」

ケリーが唐突に、話しかけてきたのだ。
高圧的な接し方に、ヒューはビクビクしながら聞き返す。
すると一冊の書物を、こちらに差し出してきたではないか。
いったいどういう了見だ。
渋い顔をしつつ、促されるままに受け取ると

「俺が目を通した本に、偶然、たまたま、奇跡的にハエモニィに関する記述が記されてた。気になるなら読んでみろ」

意外な反応に、ケイレヴは目をぱちくりさせた。
幻など信じていなさそうなケリーが、手を貸す現実に理解が追いつかなかったのだ。
だが時間が経つにつれ、真一文字に固く閉じられた唇は綻び、続いて笑いも込み上げる。

「何がおかしいんだ、この野郎」
「悪い悪い。馬鹿にしてはいないよ。でもさ……」
「静かにするように!!!」

どこからともなく甲高い叫びが、鼓膜を震わせた。
司書の声だ。
今一番うるさいのは貴方だが……言いだしたいのをこらえ、ヒソヒソと話し始めた。

「お前らのせいで怒鳴られたじゃねぇか! ったく、関わるとろくなことがねぇ」
「ごめんごめん。素直じゃないな、って」
「ケッ、もうお前らには協力しねぇよ」

悪態をつくと、彼はさっさと帰ろうと身支度を整えた。
目的の本を借りられたのだろうか。

「ありがとな〜、ケリー。お陰でハエモニィ探し、前進したよ〜」

ケリーに感謝の言葉を送ると、橙の羽根をこちらに向けながら、後ろ手に手を振る。
その後も文句をこぼしつつも、ケリーは何度か協力してくれた。
大勢で熱心に読書や探検に勤しむ僕らの姿を見て、何事かと興味を寄せた基地の仲間が、一人また一人。
ハエモニィを探索する輪が広がっていく。
いつしか僕らの噂は、王国の国王陛下や妹君の耳に届くのだった。

「ケイレヴ樣であられますか」
「失礼ですが、どなたでしょうか。私は貴方の顔を覚えておりません」

突然慌てふためく上官に呼び出され、指示通りに客間にいくと、黒で統一された服に身を包む老爺が僕を出迎えた。
質問すると

「初対面ですので当たり前でしょう。私は王からの遣い。この度はヴィッカーズ家の国王が、貴方様に興味が湧き、是非招きたいとのこと。ご了承いただきますか?」
「お、王族から?! い、いえ、何故そのような方が、私のようなただの兵士に?」

本当に本物の王族の使者なのか。
一旦疑うも、あれほど恐れながら僕を連れてきたのだから、事実確認はしているはずだ。

(……粗相をしたつもりはないけどな。本当に何故、呼ばれたんだ?)

マイナスの想像ばかりが膨らんでいく。
直接訊ねてしまえばいいのだが、もし的中していたら……そう考えると決心がつかない。
会話が途切れ、無言の空間に居心地の悪さを覚えつつ、ぎこちなく交換を吊り上げる。

「奇跡の花ハエモニィ―――呪いを解く手段があるならば、たとえどんな手段を用いても、手に入れる。ヴィッカーズ王家の悲願が叶うのならば」
「急な話ですが、休暇を貰えるよう、掛け合ってみます」
「では指定日時にご迎えに参りますので」
「ええと、はい」

用件を済ませた遣いが去った後も、胸の鼓動が止まらない。
何せ幻の花だ。
具体的な成果はなく、謁見したところで、何を話せばいいか……ケイレヴは頭を悩ませた。
訓練に戻っても、先の出来事が脳裏に焼きつき、離れない。
どうすればいいかもわからず、ついに当日を迎えるのだった。



当日にて



「ケイレヴ様、荷台へどうぞ」
「は、はい」

縄を括られた無数のテントウムシを横目に、遣いの指示通りに荷台に乗り込む。
ファトゥム·アグナでは人間社会でいう馬車を、昆虫が担う。
イミタ、シグニフィカ、メタモルフォシスと呼ばれるヴォートゥミラ三神と縁深く、この地においてもテントウムシは聖なる存在として扱われていた。
椅子の座り心地はよかったが脈打つ心臓は、日頃の訓練や魔物退治の時以上にはちきれそうだ。
緊張のあまり固まったまま、黙り込むこと数時間

「そろそろです。降りる準備を」

王国の城門に着くや否や、遣いは云う。
荷台から覗いて見えた、鋼の鎧を纏う屈強な兵士は、まるで甲虫そのものだ。

(王国の民を守る兵士としての自覚を持ち、くれぐれも失礼のないように……はい、わかりました)

深呼吸をし、休暇を取る旨を軍曹に伝えると、了承後に一言ケイレヴへ伝えた。
作法が完全でなくとも、庶民の猿真似だとしても。
彼らへの誠意を尽くそう。

「お待ちしておりました。ケイレヴ隊員」
「ありがとうございます。若輩者へのご厚意、痛み入ります」

互いに丁寧にやりとりすると罪人のように兵士に囲まれ、王国の内装を愉しむ間もなく、広間へと連れていかれるのだった。



王国の広間にて



広間に辿り着くと王国軍の兵士は離れ、ほっと胸を撫で下ろす。
樹齢数千年の大樹を切り作られた、木製の宮殿の壁には、王国の繁栄の象徴であるツタが伝う。

「ケイレヴよ、よくぞ参った。歓迎しよう。本来ならば放蕩娘もここにいたはずなのだが、我々の無礼を許されたい」

切り株を模した椅子に腰掛けた、葉の仮面をつけた妖精がおもむろにそれを外す。
すると口髭をたくわえた精悍な顔立ちの男性が、ケイレヴの視界に映る。
王を前にした彼は跪き、次の言葉を待った。

「早速だが本題に入ろう。その方は、ハエモニィを探し回っているとのこと。しかし多くの者が生を賭しても見つからぬ、幻の花だ。単なる金銭欲と名声目当てでは、これほど酔狂な真似はできまい。何が君をそうさせるのだろうか」
「わたくしも理由を拝聴させてほしいですわ。何故ケイレヴ様はそれほどまでに、ハエモニィに拘りを?」

国王の側にいた人形の如し美しさの、ウィッカ王女に瓜二つの妹君が続けざまに訊ねた。
言葉を選ばねば失礼に当たると、青年が答えあぐねると

「あらゆる解呪が可能な、聖なるハエモニィはおそらく強大な力を秘めているであろう。悪しき者の手に渡るのは避けたいのだ。質問に気を悪くしないでくれたまえ」

逆に気を遣われてしまった。 
しかし横柄でなく、害意はなさそうだ。
僕は長年、彼女へ募らせてきた思いを、素直に吐露した。

「はい。国王陛下が放蕩娘と呼ぶ、ウィッカ様への敬愛が理由です。自由闊達で明るい振る舞いに、私は救われた。彼女が呪いに縛られ、苦しむ姿を見たくなかった。ただそれだけです」
「なんと……」

国王は呆けたように口を開く。
しかし僕はウィッカ王女と共に救える生命があると、常々考えていた。

「恥ずかしながら呪いを解きたいのは、単なる私情。ですがハエモニィで失踪されたウィッカ様だけでなく、国王陛下や王女も救われるのであれば、ファトゥム・アグナの臣民として、王国に身を捧げた兵士として、これ以上の喜びはありません」

心からの忠誠を示すと、パチパチパチ……どこからともなく拍手が湧き上がる。
初めはただ一人の拍手が次第に増え、ついにはその場にいた全員が、ケイレヴを称えた。

「失踪した姉君の為に、ですか。けれどもしハエモニィが見つかれば、貴方の言う通り、私たちも呪いから解放されます。ファトゥム·アグナへの献身と奉仕精神、感服致しました」
「貴公のような若人がいれば、ファトゥム·アグナの未来は安泰であろうな」
「もったいないお言葉にございます。国王陛下、王女様」

王女が指を鳴らすと彼女に仕える侍女が、王女に何かを手渡す。

「言い伝えでも情報がないよりはいいでしょう。ハエモニィに関する伝承、文献や知識に関しては、探索に携わった王国の魔術師たちに訊ねてください。きっとケイレヴ様の役に立ちますわ。端的にハエモニィについてまとめた文書へ、後で目を通してくださいませ」
「感謝します。私が今、王の前に立てているのは、間違いなく協力してくれた皆のお陰です。でなければ早々に見切りをつけていたでしょう。この場を借りて、お礼をさせてもらってもよろしいでしょうか」

頷く王に深々と礼をし、ケイレヴは堂々と話し始めた。

「嫌がりもせずハエモニィ探しに協力してくれた、同室の友人ヒュー。事あるごとに悪態をつきつつも、根は善良なケリー。冷徹なようで暖かな優しさ溢れる司書ハンナさん。他にも手伝って頂いた、全ての方々に感謝を」
「貴公の進むは茨の道。だが一人ではいかせぬ。我々も共に歩もうぞ」
「奇跡を起こせるかは、貴方様の双肩にかかっていますわ」

奇跡という単語を耳にしたケイレヴは、国王と王女を見据え

「ハエモニィは奇跡の花。ですが私は、既に奇跡を起こしました。馬鹿げていると、誰にも相手にされないと。孤独に進むと誓ったはずの僕と関わった人々が、途方もない夢を共に追ってくれるという奇跡を―――夢物語だと笑われてもいい。ウィッカ王女だけでなく、皆の為にも、私は必ずやハエモニィを手に入れてみせます」

そう断言した。
瞳に迷いはなく、ただハエモニィという一点だけを見つめている。
顔を掌で覆う王女を一瞥し、呪いが苦しめていたのはウィッカ王女だけでないと、再度実感した。
ケイレヴは国王たちを安堵させようとしたのか、或いは緊張から解放されたせいか。
喜色満面に微笑んでみせたのだった。


愛深き妖精戦士 ケイレヴ・ハワード

職業·戦士(ファイター)
種族·妖精(フェアリー)
MBTI:ESFP
アライメント 秩序·善

妖精の住処ファトゥム・アグナの妖精の一般戦士。
小さな体だが志は高く、勇敢で誇りある好青年。
突如として失踪した妖精の王女ウィッカ・ヴィッカーズに恋慕の情を抱いており、本人は隠しているつもりだが、周りにはバレバレ。
いつか帰ってきてくれると信じ呪いを解くべく、あらゆる魔法を打ち消すという金色の花を日夜探す、情熱的かつ献身的な優しい一面がある。
そんな彼に惹かれる妖精も少なくない。


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