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【しらなみのかげ】 「梨泰院クラス」短評 #8

(この文章はネタバレを含みます。御了承下さい)

 

この年始に今更ながら「梨泰院クラス」を一気見した。

同名のウェブコミック原作を基とした本作は、2020年1月から韓国のケーブルテレビ局であるJTBC局で放送され、その後Netflixにて世界に配信されたことで世界的大ヒットを記録した。昨年の年始は「愛の不時着」を観て、今年の年始は本作を観るという形で、恰度コロナ禍に於いて特に話題となった韓流ドラマ二作を観終わったことになる。

 

結論から言って、この作品は本当に素晴らしかった。

ビジネス戦争に家族の物語と仲間との絆、それに更にラブストーリーを絡ませた復讐劇という重層的な展開の面白さに目を見張りつつ、次へ次へと観続けた作品であった。粗も殆ど無く非常によく出来た人物像を、まさにその役としてしか認識出来ない程に演技の上手い役者達が演じていくのである。手放しで称賛に値する稀有な作品であったと全て見終わった今になって思う。

 

日本は最早、実写の映像文化の上で韓国に大差を付けられていることを又しても思い知らされる作品であった。

 

前段の粗筋を簡単に話しておこう。

主人公パク・セロイは父と二人暮らしであった。彼は高校三年生の時、大手飲食チェーン・長家(チャンガ)グループ創業者の御曹司でいじめっ子のチャン・グンウォンを殴ったことをきっかけに退学させられ、長家の部長であった父パク・ソンヨルも会社を辞めることになってしまう。心機一転し店を開くことにした父だが、グンウォンの運転する車に轢き逃げされて、亡くなってしまう。グンウォンの父で長家グループ会長のチャン・デヒは金で解決する。グンウォンに言い寄られていた同級生のスアからの情報により犯人がグンウォンであることを知ったセロイは、グンウォンの入院する病院に行って殴りかかり、それが原因で殺人未遂の罪で服役することになる。その後、刑期を終えて出てきたセロイは、初恋の相手でもあるスアの住む繁華街梨泰院に彼女を訪ね、チャン会長とグンウォン、つまり長家への復讐を胸に誓いつつ、この地で7年後に店を開くことをスアに宣言する。遠洋漁業や肉体労働の上、遂に「タンバム」という名の居酒屋を梨泰院に開く所からがストーリーの幕開けである。

ここから、もう一人のヒロインとなる、インフルエンサーでIQ162ながらソシオパスの「タンバム」マネージャーのイソ、彼女に一途な、チャン会長の息子で庶子の「タンバム」アルバイトのグンス、元ヤクザでセロイと刑務所同期で「タンバム」ホールスタッフとなったスングォン、セロイと工場で同僚だった縁で「タンバム」料理長となるトランス女性のヒョニ、ギニア出身で父が韓国人であるので本当は話せないのに「英語を話せそう」というだけで雇われる「タンバム」アルバイトのトニーと、仲間となる人物が次々登場する。セロイは、彼等と共に「タンバム」を成長させ、飲食業界国内最大手となった長家に勝負を挑んでいく。

 

 

本来は色々と美点を語りたいのだが、この作品を傑作足らしめている最大のポイントは、まさにその境遇に置かれたその人物に固有のものである「信念を持って生きることの自己存在証明」が主要な登場人物の全員に丁寧になされていることである。主要登場人物の誰もが、信念と言えるべきものがない人物であっても、そう生きて行動するしかないというような、そして、行動を以て自らの存在証明と為しているような、行動の理由と呼ばるべきものを持っているように描かれているのである。

過酷極まりない状況にあっても、仲間を信じ、チャンガへ復讐し飲食業トップを取るという信念を決して曲げずに逆境に立ち向かい続けるセロイの格好良さは言うまでもない。初対面よりセロイに恋し、愛と成功を二つ共勝ち取るという信念から大学入学も捨ててセロイと「タンバム」の為に働くイソと、孤児院出身ながらチャン会長の援助で大学に入学し、そのまま長家に就職して出世するが、いつの日かセロイに長家から救ってもらうことを待ち続けるスアという二人のヒロインの対比も素晴らしい。

しかし何より素晴らしかったのは、長家一族の人々の描写である。

貧しい子供時代を過ごし、小さな屋台から一代で国内最大手飲食チェーンを築き上げ、長家の為なら手段を選ばないチャン会長と、只管に父への愛に飢え続ける馬鹿息子グンジョン、そして、セロイに感化されながらも、イソへの一途な恋の実りの為に結果としては父と同じ邪悪の道を歩まんとするグンス。何故そのような悪を為すのか、或いは為すに至ったのか、という各人が人生を賭ける理由がそれぞれ描かれている。取り分け、仇敵セロイと「敵ながら天晴れ」とお互いに認め合い戦うチャン会長と、徹底的に最低な人格で能力もカリスマ性もゼロの「王になれなかった息子」グンウォンは、悪役として最高の魅力を誇っている。

 

またそれに付随して、女性の社会進出、そしてトランスジェンダーやアフリカ系ハーフなどポリコレ的な多様性の問題をも、問題告発の為のプロパガンダではなく、人生を賭ける各人固有の物語として描くことに徹していた点も、評価出来る。トランス女性であるヒョニや黒人ハーフの韓国人であるトニーに特段意図もないまま差別的な言動を投げ掛けてしまうのは、何とヒロインであり「タンバム」で共に働くイソである。逆に彼等を徹底的に信じるセロイは、社会的正義について教え諭すことも一切せず、ただ彼等が仲間であるという点において絶対的に信頼している。ここに描かれているのは、よく言われるような異なる者同士の社会的な相互理解の難しさではなく、多くの誤解をはらみながらも、それを超えて共に働き戦う仲間として遇することが出来るか否かであろう。 

主人公のパク・セロイはそのような「信頼と人」に特化した人物であるが、注目すべきは彼が徹底的に理想化されたマッチョさを持つキャラクター、スングォンから「アニキ」と呼ばれて忠誠を得ているように男が惚れるタイプの男であることだ。抜群の行動力を誇り、腕っ節は強く、信念を決して曲げず、曲がった事を決して許さず、周囲には親切であり、敵に対しては苛烈である。そして、女性の仄めかしに対しては鈍感である。往時の高倉健扮する配役の如き、古風な男性性をこれほどまでに体現した人物もいるまい。

そしてこのような主人公の人物造形は、先程言及した、二人のヒロインの対比に直結しているだろう。文句無しの美人で気の強い典型的ヒロインであるスアがセロイの仇である長家で働きながらセロイの気を引きつつ働き続けたのに対して、あらゆる面でメインヒロインらしくないイソは「自分が」セロイの願望を叶えてあげると主体的に事業に協力しながら、正直に気持ちを伝える。セロイが最後に選んだのがイソだったことは、「信念を持って生きることの自己存在証明」を巡る男性性と女性性の複雑な絡み合いを非常に上手く表現していたのではないだろうか。

 ここでもきっと鍵であるのは、信念を持って生きて行動することへの勇気、なのだ。

色々と思いを巡らしながら書いていたら、深い時間になってしまった。
ともあれ、このドラマのことを思い出していると、韓国焼酎をショットで飲みつつ、美味しい純豆腐チゲが食べたくなるものである。

 (この文章はここで終わりですが、皆様からの投げ銭をお待ち申し上げております。)

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