「嫌われる勇気」を読んで他人から認められることをあきらめた話
はじめまして。
神奈川県在住のがのさんです。
昨今の社会情勢で家にいる時間が圧倒的に長くなり、何かすることはないかと思って読書を始めました。そんな中で最近読んだ本の中で自分の価値観を変えた本「嫌われる勇気」について話していこうと思います。
「嫌われる勇気」ではアドラーの心理学を学んでいる哲人と生きることに絶望している青年の対話形式で話が進んでいきます。その中で「どうしたら人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに答えを出していくという内容になっています。
この本の内容の軸となるのが「課題の分離」という考えです。課題の分離とは、他者の考え方や行動、評価はコントロール不可なため、それにとらわれずに自分のやるべきことに集中しようというものです。そのため「嫌われる勇気」では他人からの承認欲求を得ようとすることを否定しています。他者からの承認欲求を得ようとすることは他人にあわせて生きるということであり自らの人生に嘘をつくということになってしまいます。
例えば、親が息子に対して、東大に入ってほしいと強く願い、その親からの承認欲求を得るために息子が遊びに行きもせず一生懸命勉強して、東大に入ったとしてその息子は自分の人生を幸せに生きているといえるのでしょうか?息子は親を幸せにするために生きているのであって自分の人生を幸せにするために生きていないのです。アドラーの心理学ではこのように他人からの承認欲求を得ても幸せになれないと述べています。
ここからは僕の話になるのですが「承認欲求を求めてはいけない」というアドラー心理学の主張には驚きました。しかし、他人の評価は自らの意思でコントロールできないという言葉に僕は救いを感じました。他人の評価を変えることができないのに他人から承認欲求を求めた行動には意味がないのだと気づくことができたからです。この論を進めた後に、変えられるものと変えられないものを分離するという論に移っていくのですが、変えられないものはこれが自分なのだと受容して生きていき、変えられるものに注目して生きていくことこそが人生の重要なタスクであるということが分かりました。スヌーピーの「配られたカードで勝負するっきゃないのさ、それがどういう意味であれ」という名言にもあるように自分が持って生まれたものを受容し生きることが幸せになるために必要なことなのだと感じました。
変えられるものと変えられないものを分離してみると変えられるものには自分の内側の世界のことが多く、変えられないものは自分の外側の世界が多いことに気が付きました。このことに気づいた日から変えられないものに対する努力を諦めました。他人からの評価や自分の生まれ育った環境に対して諦めることによって今までそこに使っていたエネルギーや時間が自分自身に向かうようになり他者から乖離されたことで世界が非常にシンプルなものになりました。
「自分の人生を生きる上で大事なこととは」ということを考がえさせられる一冊でした。ここまで読んでくれてありがとうございました。
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