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北風が吹く頃(#シロクマ文芸部)

北風と共に冬将軍がやってくる。
高層ビルが乱立する大都会では、空気がモノクロに変わっていく。
天気予報では、年末には東京にも雪が降るとしきりに報じている。
交通機関の麻痺が心配され、年末年始に実家への帰省を予定している僕は、母に「今年は帰れないかもしれない」と連絡した。

僕の実家は、冬になると強い北風の影響で海が荒れ狂う日本海側の地域にあり、母はいつもこの時期、冷たい海風に吹かれながら、天然の岩海苔摘みをしているはずだ。
島根県出雲市の十六島海苔うっぷるいのりは古墳時代からの長い歴史があるそうで、高級海苔として販売されている。

朝まだ暗い海の岩場で、足首まで冷たい海水に浸かり、薄いゴム手袋をしただけの手で岩に張り付いた海苔を摘む。分厚い手袋だと綺麗に海苔が摘めない為、母たちは時々ポケットに忍ばせたホッカイロで、かじかんだ手をほぐしながら作業を続ける。
その後は摘んだ海苔を綺麗な真水で洗い、細かい網目状になった海苔簀のりすに、紙漉きの和紙のように1枚1枚丁寧に薄く広げ、乾燥させて仕上げていく。
どう頑張っても1日20枚できれば良い方で、温暖化がすすむ昨今では不作続きだ。その為割に合わないと、天然海苔摘みは珍しくなってしまった。
「海水が冷たい程、美味しい海苔になるんだよ」と、寒さで赤切れした頬を引きつられせて母は笑っていた。

中学の時、その日は給食がないということでみんなお弁当持参で登校していた。
昼休憩になり教室でお弁当を開けると、十六島海苔に包まれた黒いおにぎりが3個が目に入った。
それが僕にはすごく貧相なものに見えて、家に帰るなり母に向かって「もう海苔摘みなんてやめてしまえ!」と、自分でも制御不能なイライラをぶつけていた。

東京では乾燥した冷たい風がビル風となって無秩序に吹き荒れている。
たまらなくなって逃げ込んだ百貨店の食品売り場で、十六島海苔を見つけた。
お正月用に販売されているようだ。

母さん、B4サイズの十六島海苔が3枚入って5千円だったよ。
もっと高くても良いと思うんだけど、どう思う?




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