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伯爵の子

 小学生の頃、同級生に伯爵の子がいた。名前を岡田ケンジといって、ある時期から自分は伯爵の子であると言い始めた。

 伯爵の子はわりと同級生たちから嫌われていた。服装が煌びやかである、執事が高級車で送り迎えをする、人を見下している、給食を食べずに高級食材の詰まった弁当を持参する、頭脳がずば抜けて良く教師をタジタジにする、とかそんな事は全く無く、しかし、あまり好かれてはいなかった。
 伯爵の子というのだから、親は伯爵の筈であるのだけど、岡田ケンジの父親は昼間っから酔っぱらっていたし、母親はスーパーの総菜売り場で急に歌を歌いだすようなひとで、両親とも伯爵感はゼロだった。だいたい伯爵なんて言葉は、西洋の何かそういうアレで、そもそも日本に伯爵がいるという事も信じられない要素だった。

  岡田ケンジの父である伯爵は、いつも酔っぱらっているのだけど、特にグテングテンになる日が月に1日あった。
  ある夜、ケンジは父親に呼ばれて畳の上に正座をした。驚いたことに父親はシラフだった。
「ケンジ、よう聞けよ。実はな、俺な、伯爵なんよ」
父親は自分の事を伯爵だと告白したけど、ケンジは信じられなかった。なぜならケンジ一家は裕福じゃなかったし、伯爵なら伯爵らしい仕事がありそうなものなのに、うちの父はいつも家にいて、そして酔っぱらっている。
「国がよ、認めたっつーのかな。アレだぞ、国がな金をくれるんだよ。俺に。伯爵だから」
ケンジは、どうして今日父親が酔っぱらっていないのか分からなかったけど、そういう事も何となくそうなのかもしれないと思い始め、次の日から自分は伯爵の子だとクラスメイトに宣言した。

  登校途中に、うしろから近付いてきた自転車がケンジたちの登校班を追い抜いたてころでバランスを崩して歩道へ乗り上げ、更に勢いそのままに歩道横の畑に突っ込んだ。伯爵夫人のケンジの母親だった。自転車から放り出されて畑に横たわる伯爵夫人は、その態勢のまま何故か歌を歌い始めた。助けに行こうと思っていたケンジや登校班のみんなは、それをやめて学校を目指した。だいぶ離れてからも母親の歌声は登校班まで届いていた。

「それは支給されとるって、親が言ってるの聞いたぞ」
ケンジが父親の事を伯爵だと説明していて、その根拠に国から伯爵としてのお金を貰っていると、何人かの前で話をしていた。その中に妙に大人っぽいというか、ひねくれた性格の高田という奴がいて、現実をケンジに言った。
「毎月五日の日、お前んとこの父ちゃんベロベロになるやろ?支給日やからな」
支給日?ケンジはその言葉と父親が言っていた国から貰っている金とが違うものに感じた。伯爵が貰っているのは、御褒美というか権利というか正当なもので、支給されているものは与えられているというか恵んで貰っているというか、そういう類いなものに思えた。ケンジが納得いかない様子なのを見た高田は、遂に言い放った。
「お前んち生活保護やろ、生活保護の支給日が毎月五日や」
そう言われてケンジは、そう言えば父親がベロベロになるのは月はじめの方だと思った。そして、ケンジは、それなりに傷ついた。

  下校となり学校を出ると、上級生に囲まれた高田の姿が目に入った。何をやったのか、何を言ったのか、高田は上級生三人にやられていた。ケンジは迷ったけど、ランドセルから竹製の三十センチ定規を抜いて、上級生たちに斬りかかった。

  伯爵の子としてのプライドを持って。

                               了




  

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