創作(2次)|白夜に立つ(刀剣乱舞)
これはとある本丸の物語だ。
君と初めて会った時、僕は君みたいな人間に選ばれると思わなかった。初期刀なら加州清光を選びそうな、まるで戦乱を知らぬ、ぬるま湯で生きていそうな箱入り娘に見えたからね。だが、それは僕の勘違いだったようだ。君は其の代で最も良い成績を収め、尚且つ純粋で美しく、力強い霊力を持っていた。
本丸を立ち上げた後、君は毎日決まった時間に起きて、決まった仕事をきっちりとこなした。後に顕現したへし切長谷部や燭台切光忠の様な世話焼きの刀たちには、世話のする隙が無いと困られる程だったね。美しく女性らしさがある故、演練先で他の本丸の審神者たちに陰口を叩かれたり、言い寄られたりしても決して言い返さず、結果で返すような君は強き三斎様やガラシャ様の気配がした。
そんな君が僕の誇りで、大切な主だった。
初めて出会った時は十八歳だった君も二十歳になり、夕食後に度々他の刀たちと酒を酌み交わしようにもなっていた。人の子の成長は早いなと三日月宗近や石切丸が言っていた。
しかし、君は仕事ができるだけのお堅い審神者ではなかった。四季を大切にして定期的に必ず景趣を変え、西洋の文化であるハロウィンやクリスマスも祝った。ある時、キリストの文化を何故取り入れるのかと君に尋ねた事があったね。
「だって、短刀や脇差はこういうはしゃげるイベントが好きそうじゃない?それに、この本丸の近侍であり初期刀のあなたはキリスト教に縁があるでしょう?」
君の答えに僕は驚いた。まさか理由の一つに僕の元主たちがいるとは思わなかった。同時に少し嬉しかった。
またそこから数年が経った。
本丸には多くの刀剣男士が集まった。そして、多くの任務をこなした。時の政府にも、本丸の刀剣男士にも信頼される審神者だった。
ある日、君は鶯丸と小烏丸と縁側にて庭で鬼ごっこをする短刀たちを眺めながらお茶を飲んでいた。
「歌仙も一緒に飲まない?」
君は僕を誘い、二振りはお茶と茶請けを取りに厨に向かった。二人きりになった時、不意に君は言った。
「たとえ生まれ変わっても私が私である限り初期刀は歌仙兼定を選ぶんだろう。」
戯言だとしても僕にはそれが嬉しかった。夜戦の白み始めた空を見上げるたびに何故だかその言葉を思い出したものだ。
外では幾度となく歴史を守る戦いが起きており、収まる気配は未だ無かったが、本丸は平和だった。
しかし、そんな日常が少しずつ崩れていった。
ある日を境に君はよく段差で転ぶようになった。それは、二十八歳の誕生日の辺りであった。
「もう歌仙と出会って十年だからね。年を取ったのかな。」
君は呑気に笑っていた。
「気を付けてくれよ。君は僕らの主なんだから。怪我でもしてもらっては困るからね。」
僕の忠告に、歌仙は優しいね、とほほ笑んだ。
その時は特に何も気にしていなかった。ただの不注意だと思っていた。
それから一年程で君は食事中に箸を落としたり、筆がぶれたりするようになった。
「最近手に力が入りにくいんだよね。」
そう呟く君に、長谷部や鶴丸国永、一期一振らが心配をして君を病院へ連れて行った。
君は静かに帰ってきた。
「余命三年だって。」
君の一言でざわついていた大広間は静まり返った。君は体中の筋力が失われる病気に侵されていた。よく転んだり、箸を落としていたのは初期症状で病気は進行していたのだ。僕は自分を恨んだ。もっと早く気付いてやれば良かった。もっと早く君を病院へ連れて行っていれば……。そんな僕に、僕らに君は言った。
「あなたたちは何も悪くない。恨むべきは病魔だけ。どうせいつ病院に行っていても大して変わらない結果だったと思う。むしろ今のうちに終わる時が見えていればあなたたちと有意義な時間が過ごせる。良い方向に考えて欲しい。」
本丸の主として立派なものだった。しかし、僕は気付いた。君の瞳の奥が震えていることに。その夜、隣の部屋から声が漏れていた。君の部屋。深夜に主とはいえ女人の部屋に入るなどと一度は考えたが、夕刻の瞳が忘れられず不躾と知りながら部屋の戸を開ける。
君は泣いていた。布団に顔を埋めて、泣きじゃくっていた。思わずそんな君を抱きしめた。そこに居たのは審神者という重責を背負った君ではなく、ただの三十路に満たない人の子であった。
「死ぬのが怖い。この幸せとの別れが怖い。」
そんな君に返す言葉が見つからなかった。ただ君を抱きしめ、あやすように背中を撫でるしかなかった。
後にも先にも君が弱みを見せたのはこの晩だけだった。僕らの前ではいつも強く、美しい主だった。君は病院に入院することを選ばなかった。ずっと本丸に居続けた。
やがて君は一人で歩くことも出来なくなった。そうするとこんのすけが車椅子を持ってきた。しかし、本丸内は車椅子での移動は不便だったので打刀以上の刀が背負うか抱いて移動した。食事も風呂も誰かが介助した。それでも、仕事はしっかりとこなしていた。それには感服するばかりであった。
余命を受けてから二年。遂に時の政府はこの本丸に仕事を与えなくなった。それは長年政府に尽くしてきた彼女への彼らなりの細やかな休暇であった。本丸の解体は彼女の死後ということで政府の意見はまとまっていた。
残り半年。そんなある日、君は縁側で僕と二人きりになった。僕はあの日を思い出した。君は、もう呂律もうまく回らなくなっていた。静かに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「かせん、わたしね、ゆめがあったの。いつか、きっとあらそいはおわる。そのひをこのほんまるで、かせんたちとむかえるの。もうかなわないゆめだけどね。」
君は幽かに笑う。僕は言った。
「叶わないなんて言うんじゃない。きっと僕が叶えてみせよう。」
君は、やっぱりかせんはやさしいね、とまた幽かに笑った。
そしてその日はやってきた。朝、大倶利伽羅が君を起こしに行った。そこには静かに眠る君がいた。普段表情を変えることのない大倶利伽羅が静かに涙を流していた。
「あの人が死んだ。」
静かに呟いた。
君の葬儀は本丸内で執り行われた。現世に身寄りのない君にとって、本丸が家であり、僕らが君の何より大切な家族だろうとこんのすけと政府の担当者が訴えたようだ。
君の眠る棺の中は桜で埋め尽くされていた。君が生前僕らから舞う桜が好きだと言っていたからだ。この日もやはり君は美しかった。
葬儀が終わり、皆と本丸を片付けた。僕は最後に近侍を務め、初期刀でもあったから君の部屋の片付けもした。君の机の引き出しに、君が気に入っていた桜の書かれた便箋を見つけた。沢山の便箋。そのそれぞれに紋が描かれていた。僕らへの手紙だった。僕は大広間に皆を呼び、その手紙を一人一人に渡した。皆は泣きながら読んでいた。
僕への手紙にはこう書かれていた。
『歌仙兼定へ
あなたは私の愛おしい刀(ひと)。最後まであなたの側に居れた事が私の救いでした。私が死んだとき、あなたは何を思うのでしょうか。あなたにとって私はどのような人だったのでしょうか。聞きたい事は沢山あれど、聞くのは風流でない気がします。この答えはまた何時ぞや聞こうと思います。最後にあなたにとって私と過ごした年月が名残惜しいものになっていれば私は幸せです。
紫苑』
最後まで君は……、やはり僕の主だな。
それから、本丸は解体された。どの刀も刀解を選んだ。彼らにとっても主は君だけだったのだろう。僕は、初期刀として彼らを見送った。
こんのすけと政府の担当者は口を揃えて、彼女のような審神者は初めてだった、と言いながら泣いていた。あれほど政府からも刀剣男士からもその両方から信頼され、愛される者は居なかったと。
僕は笑う。
「そんなことはない。そう遠くないうちに主には再び会えるさ。なにせ、主は神に愛される人の子だからね。」
僕はこんのすけと担当者と共に本丸の最後を見届けた。
そして、僕はこれを残していく。
また何時か君に出会った時の為に。
これで全て終わりだ。
さて、
君に合うために僕はまた行かなくては。
これは、とある本丸の初期刀・歌仙兼定の手記である。彼女の名、紫苑の花言葉。
『君を忘れない』
私は想像する。
いつか審神者が生まれ変わる時を。
審神者は始まりの五振りの前に立ち、何の躊躇もなく刀を選ぶ。
「やはり君だと思うよ。君とは縁があるようだ。」
審神者は微笑む。そして、顕現する。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく。
待っていたよ、主。」
大量の桜が舞う。
その中で一人と一振りが微笑み合う。
邂逅である。
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