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なぜMS ゴシックを使うべきでないか

MS ゴシックのフォントで書かれた文章って嬉しくないですよね。

MS ゴシックは1992年の登場以来、全てのWindows PCにシステムフォントとして搭載され、Webサイトや文書作成にも幅広く利用されてきました。そんなMS ゴシックも、2006年に出たWindows Vistaでメイリオにシステムフォントの座を譲り、一線を退いたかのように思われました。

しかし、Windows Vistaの登場からすで約16年が経ち、令和の世になったというのに、未だにこのフォントで作られた資料やWebサイトが巷に蔓延っています。まだ平成気分なのかな?

そこで本稿では、
「別に古いフォントでもいいじゃないか。読めるんだし、だいたい何が違うんだ?」
という方のために、なぜMS ゴシックを使うべきではないかを説明していきます。
 

MS ゴシックとは

MS ゴシックは1992に発売されたWindows 3.1にシステムフォント(メニューバー、ファイル名、ダイアログボックスなどに使用されるフォント)として搭載されました。MSとはMicrosoftの略ですが、Microsoftがデザインしたわけではなく、リョービイマジクスが製作したゴシック-Bというフォントをもとに、リコーによってつくられています。

MS ゴシックが制作された当時、ディスプレイやプリンターは解像度が低く、コンピュータの処理能力も十分ではありませんでした。そのような状況を鑑みて、低解像度でも見やすく、処理が軽いことを重視して制作されています。そのため、文字の微細な表現については蔑ろにされ、デザインとしては大味になっています。このことは後のデザインの項で詳しく触れます。

このフォントには派生系がいくつかあり、等幅フォントであるMS ゴシックの他に、プロポーショナルフォント(文字に合わせて幅が設定されているフォント)のMS Pゴシックがあります。厳密にはUIフォントであるMS UI Gothicもありますが、UIフォントに踏み込むと本旨から逸れるため、本稿では割愛します。

ちなみに厳密には、書体名のMS及びPは全角で、MSの後には半角スペースが入ります。本稿ではこの表記を律儀に守りますが、私は全角アルファベット表記もあまり好きではないので、正直言って書くたびにむずむずします。
 

なぜMS ゴシックを使うべきでないか

先述の通り、MS ゴシックはまだ画面の解像度が低かった時代に文字の美しさを二の次にして、見やすさを重視して作られたフォントです。しかし、現代のディスプレイの解像度では、その“見やすさ”はもはや意味をなしません。また、PowerPointを用いた資料制作の観点でも、後発のゴシック系フォントと比べると欠点があります。以下では、この欠点を大きく3点に分けて説明します。

1. ボールドフォントの有無

ボールドフォントとは太字のフォントのことで、文字を強調したい時に使用されます。実はMS ゴシックにはボールドフォントがありません。
「いやいや、パワポで太字を選択するとMS ゴシックでもちゃんと太くなっているぞ。」と思った方もいるかもしれません。ですが、それはレギュラーフォントを強引に太字にしているだけで、ボールドフォントになっているわけではないのです。例を挙げて比較してみましょう。

上:通常のフォント 下:ボールドフォント

左のMS ゴシックは、太字にするとバランスが悪く見えます。「太」を見比べるとわかりやすいのですが、2画目や3画目では太くなっているのに対して、1画目の太さがほぼ変化していません。これは太字にする際に、文字を少しずらして重ねることで、強引に太くする処理が実行されているためです。そのため、太さがまちまちになってしまい、バランスが崩れています。また、画数が多い漢字は文字が潰れて見えることもあります。

一方、右の游ゴシックは太字にしても太さが均一です。游ゴシックには、ボールドフォントが用意されており、太字にすることで普通のフォントとボールドフォントを切り替えています。あらかじめ太字でデザインされたフォントなので、バランスのとれたデザインになっています。

2. ビットマップフォントの有無

ビットマップフォントとは、簡単に言うと白と黒の2色でドット打ちのように表現されるフォントです。対して、グレーなどの中間色も使用するフォントをアウトラインフォントと呼びます。

ビットマップフォントとアウトラインフォントの一例

MS ゴシックは文字のサイズを一定以下にするとアウトラインフォントからビットマップフォントに切り替わってしまいます。一方で、游ゴシックは文字サイズを変えてもずっとアウトラインフォントを保ちます。以下の図を見てください。

文字サイズを変更したときの見た目の比較

左のMS ゴシックは3段目になると急に見た目が変わっていますが、右の游ゴシックは文字の大きさに関わらず、文字の見た目は一定です。ちょっとわかりにくいかもしれないので、拡大した画像も載せておきます。これだと一目瞭然ですね。

先ほどの比較画像の左側を拡大した図



なぜMS ゴシックは文字サイズを小さくするとビットマップフォントに切り替わってしまうかというと、解像度が低い画面においては、小さい文字はビットマップの方が認識しやすいからです。解像度が低い画面でも見やすいことを重視するMSゴシックの設計思想が伺えます。ところが、現代のディスプレイは基本的には解像度が高いため、文字サイズが小さくてもアウトラインフォントで十分認識することができます。この場合、ビットマップフォントだとギザギザが目立ち、かえって見づらくなってしまいます。また、スライドにMS ゴシックを使用した場合、文字が小さい時と大きい時で見た目が変わるため、デザインの一貫性が保たれません。

3. 文字のデザイン

これはちょっと細かい話になりますが、MS ゴシックの文字デザインはあまり美しくないです。ひらがなをいくつか例に挙げて見ていきましょう。

文字のデザインの比較

まず、「こ」の1画目に注目します。非常に直線的ですね。比較のために、隣の「に」の2画目を見てみると、こちらはかろうじてゆるやかな曲線を描いています。他には「た」の3画目も同様で、ゆるやかな曲線になっています。「こ」だけちょっと変というか、雑な作りになっていて、デザインは重視していないんだろうなということが伺えます。

次に、「う」と「な」を比較します。なんか「う」の方が太いような気がします。もちろんボールドフォントではありません。これは気のせいではなく、MS ゴシックのひらがなは文字ごとに細かったり、太かったりします。「う」の他にも、「い」や「の」も若干太いです。例えば、「というのだ。」のような文章を書いたときに、MS ゴシックだと太さに統一感がないように見えてしまいます。

結局どのフォントを使うべきなのか

ここまで散々MS ゴシックをこき下ろしてきましたが、「じゃあ結局どのフォントを使えばいいの?」と感じた方もいると思うので、本稿執筆時点(2022年)でPowerPointに適している私が考えているフォントを紹介します。とはいえ、PowerPointの性質上、どんなPCでも使える(標準搭載されている)ものが好ましいので、マニアックなものは避け、ごく一般的なものをいくつか紹介します。

また、ここで紹介するフォントが嫌いな方もいるかと思います。そういった方はめくるめくフォントの世界に旅立ち、自分の満足するフォントを見つけていただければと思います。

メイリオ

メイリオ

Window Vista 以降のWindowsに標準搭載されています。書体名は「明瞭」が語源になっています。デザインは、和文を河野英一とC&Gが担当し、欧文はマシュー・カーターがデザインしたVerdanaをリデザインして使用しています。Windowsの日本語フォントとして初めてビットマップを有していないフォントです。個人的にはイタリック体(斜体表記)を使用しても和文が斜体にならないところに文化的背景への意識を感じられて好きです(和文はもともとイタリック体という概念がない)。

全部イタリック体(ctrl+i)にしてます

やや幅が広く大きめに作られており、視認性が高いことが特徴です。もちろんボールド表示に対応しています。
 

 游ゴシック

游ゴシック

Windows8.1以降のWindowsに標準搭載されています。字游工房が製作しており、游ゴシックの「游」はここからきています。和文は游明朝、欧文はFranklin Gothic を参考にしてデザインされています。

WindowsにはLight / Regular / Medium / Boldの4種類のウェイト(太さ)が標準搭載されています。PowerPointの初期設定になっている游ゴシックはRegularで、これを太字にすることでBoldに切り替わります。文字間にゆとりがあり、識別性に優れますが、スライドに用いる場合、Regularだと細すぎると感じる方もいるかもしれません。その場合はMidiumを使用すると良いでしょう。ただし、Midiumは太字にしてもBoldに切り替わらないので、太字で強調したい場合その文字だけをRegularに変更して太字にしましょう。

ヒラギノ角ゴシック

ヒラギノ角ゴシック

これまでWindowsで使用できるフォントを紹介してきましたが、Mac環境で使い勝手の良いフォントがmacOS、iOSで標準日本語フォントに指定されているヒラギノ角ゴシックです。というか、Macはこのフォントを使っておけばとりあえず間違いないでしょう。

このフォントは大日本スクリーン製造の依頼で字游工房によってデザインされ、1993年に発表されました。書体名のヒラギノは京都の地名である柊野(ひらぎの)が由来です。くせのない普遍的なデザインは幅広いユーザーに評価され、2000年にはmacOSへの標準搭載が決まりました。ウェイトもW0〜W9まであり、使い勝手も申し分ないですが、このフォントで書かれた資料をそのままWindows環境に持ち込んだ場合、フォントが保持されない可能性があるため注意してください。

おわりに

フォントのデザインには時代背景や制作者の意図があり、それらを汲み取って活用することでより正しく相手に内容を伝えることができます。ビジネスの場でポップ体を使用すると明らかに浮いてしまいますし、小説の文字がごてごてしたようなフォントだとすぐに読み疲れてしまいます。MS ゴシックはその役割を十分に果たしました。ここで一旦、新しいフォントの使用を検討してはいかがでしょうか?

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