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声劇脚本「春の花は空を夢見る」

登場人物:2人 時間:10分

あらすじ…仕事に疲れたOLは公園でひとり酒を飲んでいた。するとどこからか声が聞こえてくる。よく見るとその声は足元に咲くちいさな花から聞こえてくるのだった…。

女「信じていれば夢は叶うと、最初に言ったのは誰だろう。いつだって世界は絵本とは違う。どんなに手を伸ばしても、届かない空がある。私が私で生まれてこなかったならと、思わずにはいられない。私がもっと裕福な家庭に生まれていたら、就職に有利な大学なんかじゃなくて、演技の学校に行っていたのに。私がもっと美しく生まれていたなら、舞台のオーディションを沢山受けたのに。私がもっと都会に生まれていたなら、皆とは違う考え方も“個性”とか“マイノリティ”だなんて言って受け入れて貰えたのに。ああ、私だって、舞台に立って、心が震えるような演技をしてみたかった。テレビに映る華やかな舞台女優と私は、生きる舞台が違う。彼女たちが薔薇だとするならば、こんな公園で一人お酒を飲んでる私は、私なんかは、たんぽぽだ。」
(間)

花「あなたねえ、さっきから聞いてたけど、なんなのよ」
女「えっ?」
花「違う違う、もっと下」
女「下?雑草しか生えてないけど」
花「まあ!失礼な女ね!私が見えないの?」
女「やばい…残業続きで、草が喋りかけてくる幻覚が見えるようになっちゃったのかな」
花「ちょっとそのクマ、寝れてないんじゃないの?女の子なんだから身だしなみくらいしっかりさいなさいよ全く」
女「ほっといてよ、疲れてるんだから。はあ、やっぱり飲みすぎは良くないな。帰ろ…」
花「ちょっと待ちなさいよ。話しがあるんだから」
女「なんなの?雑草さん」
花「呼ぶなら春さんと呼んでちょうだい。私、春の花だから。」
女「春の花といえば桜じゃないの?あなたを見ながらお酒を飲む人なんかいないよ。」
花「あんな桜なんか、大きい木の幹から栄養を貰って咲いてるだけ。私は自分で根っこ張って生きてんの。私の方がよっぽど春を名乗るにふさわしいわ」
女「素敵な自信ね、でも私そういうの苦手なんだよね。自信をもってキラキラしてる人。あ、人じゃないか…。」
花「ふうん。だから夢だった女優への道も諦めたってわけね。」
女「ちょっと、どこから聞いてたのよ。」
花「あなたが酔っぱらってぞうの滑り台に演説し始めた頃から」
女「あー、もうやだ。いい年こいて夢を語るなんてさあ。もう大人なのに恥ずかしい」。
花「恥ずかしい?大人になったら夢を語っちゃいけないの?」
女「花になんか分かんないよ。」
花「分からなくてもいいですよ。自分の夢も追いかけられないつまんない人生なんて。」
女「自分には夢があるみたいな口ぶりじゃない。」
花「あるわよ、素敵な夢が」
女「花に夢?花なんて芽が出て花が咲いて枯れて終わりでしょ?」
花「そんなこと言ったら、人間だって産まれて生きて死ぬだけじゃない。その間どう生きるかが大切なの」
女「へえへえ、それであなたの夢ってなんなの?」
花「世界一周よ」
女「へっ?なんて?」
花「空を飛んで、世界の全部を私の目で見たいの。あの雲がどこから来てどこへ帰っていくのか」
女「雑草は世界一周なんかできないよ」
花「ふうん、どうしてそう思うの?」
女「だって足が無いじゃない。どうやって動くの?」
花「あなたは足があるのに、どこにだって行けてないじゃない」
女「それは…」
花「変えられないもののせいにして、今のあなたをないがしろにしているのよ。せっかくどこへでも行ける足があるのに。行動する力があるのに。私は必ず見るわ。この広い世界をね」
(間)

女「何か言い返そうと思って、何も言い返せずに、恨めしく花に目線を戻した。花は静まり返ってまるで何も喋っていなかったかのように、ただそこに咲いていた。冷たく痩せた地面で、精一杯空に向かって背を伸ばしていた。」
(間)

女「いってきます。」
女「あれから数か月経ってから、思うところあって会社を辞めた。実家を出て引っ越すことにした。別に行動してみれば大したことではなかったのだ。辞表を出すのも、新しい職場探しも、住み慣れた土地を離れるのも。地面に埋まっていた種が、やっと芽を出したに過ぎない。駅に向かうまでの道のりで、あの時の公園が見えて立ち止まった。黄色だった花は、白く軽やかに変わり、春一番の風にのって、空高く舞い上がった。たんぽぽだって空を飛べる。その風に背中を押されて、私は歩き出した。」

【おわり】

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