見出し画像

遺伝するがんとしないがん

がんの原因

遺伝子異常により起こる病気


人ゲノムとは

人間は約60兆個(成人の場合)の細胞で成り立っている。 その細胞一つ一つの中に核があり、核には46本の染色体(22対の常染色体と1対の性染色体)が存在する。 その染色体46本に遺伝情報が記録されている。 この染色体上に約30億個のDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列が存在する。

ヒトは性別に関与する遺伝子を除き、同じ働きを持つ遺伝子を一対(ふたつ)ずつ持っています。遺伝性腫瘍は基本的に常染色体(性に関わる染色体以外の染色体)の優性遺伝で、一対のうち、どちらかの遺伝子に変異があれば発症する可能性があります。ただし、遺伝的に異常があったとしても発症しない人もいるので注意が必要です。

大まかに説明すると、一対のうち片方の遺伝子に変異が起こり、さらにもう一方にも変異が起こってがんが発症します。この考え方を「ツーヒットセオリー」と呼んでいます。通常は二度の変異が必要なため、病気を発症する確率は低いです。

一回の変異で発症するため、一般的に若年で発症し、多発性(乳がんなどの場合には両方に発症することがあります)という特徴があります。通常は経年と共に発症率が高くなります。がんの種類にもよりますが、遺伝するがんは、全体の5%以下といわれています。

乳がんは1万人に12.4人、卵巣がんは1万人に2.4人程度発症する病気です。卵巣がんは、乳がんに比べると数は少ないですが2人に1人が亡くなる、致死率の高い病気です。

遺伝的リスクの項目に該当する人がいた場合に遺伝学的検査を勧めます。ここで注意しなければいけないのは、遺伝カウンセリング遺伝学的検査は患者さんが任意で受けるものである、ということです。どちらも自費診療のため、経済的な負担がかかります。

BRCA1あるいはBRCA2の遺伝子変異がわかると、その管理が問題になります。当院の場合、BRCAに変異があると判明した人に対しては、がんが発症する前にリスク低減卵巣卵管摘出術(RRSO)を提案しています。これは、卵巣がん発症前に卵巣と卵管を摘出することでがんを予防する方法です。

基本的には、35~40歳の出産終了時または、家族内発症の最少年齢に応じて実施されます。家族内発症の最少年齢に応じて手術を行うのは、家族内では同じくらいの年齢で発症する可能性が高いので、予防の観点から推奨されているためです。

この手術自体はNCCNという米国のガイドラインで勧められている方法ですが、日本では保険適用外なので、実施する場合には自費診療で行う必要があります。また、経口避妊薬を使用すると卵巣がんのリスクが低下するので、使用が考慮されますが、予防のための服用は日本では保険適用外になっています。

日本では、現在のところ、病気の予防という観点では原則として保険は適用されず自費診療になります。当院の場合でもおおよそ70万円くらいの費用がかかります。実際に私の患者さんでも、経済的な理由でRRSOを実施できなかった方がいました。その後、卵巣がんが大きくなってきて、保険診療で手術をしてみたら、腹膜に転移している状態にまで進行していた、という症例を経験していますので、何らかの形で費用のサポートが望まれます。


HBOCの最新治療

未発症のHBOC患者さんが卵巣がんを発症した場合、最初に行われる治療は通常の卵巣がん患者さんと同様に化学療法や手術療法などの標準治療が行われます。近年まで遺伝学的検査が大きく普及してこなかった理由のひとつとして、HBOCだとわかったとしても婦人科領域では治療法に変化がなかったことがあげられます。

遺伝学的検査をすることで、家族にもHBOCの可能性があるとわかりますが、患者さん本人にとっては治療法が変わるわけではないので、メリットがありませんでした。ところが最近、BRCAに変異がある患者さんに使えるPARP阻害剤が開発されました。

BRCAに変異があるプラチナ製剤感受性再発卵巣がん患者さんを対象にPARP阻害剤を使った国際共同第Ⅲ相臨床試験で、病気が悪化せずに生存していた期間が当該薬剤を投与しなかった場合に比べて概ね1年以上、次の再発までの期間を遅らせることができた、と2017年3月に報告されました。


近年、多重遺伝子パネル検査といって、複数の遺伝子の異常を同時に検出する検査が米国で行われています。この背景には、技術が進歩し、ひとつの遺伝子を調べても、同時に数十個の遺伝子を調べてもほとんど変わらない費用で検査ができるようになってきたということがあると思います。

遺伝性の卵巣がんの場合でも、複数の原因遺伝子が確認されているので、一回で原因遺伝子の特定ができないと検査を繰り返すことになり、それだけ費用がかかってしまいます。それならば、同時に数十個の遺伝子を検査してしまおう、という考え方です。

ただし、この検査の場合は、まだどんな意味があるか不明な変異が見つかる可能性があります。変異があるとほんの少しだけがんになる可能性が高まるような遺伝子については取り扱いが難しいです。こういうデータの積み重ねが将来がんに関係のある遺伝子を見つけることにつながる可能性もありますが、検査を受ける人に対しては、そういったことがあり得る、ということをしっかりと説明しないといけません。


青木 大輔 先生
慶應義塾大学医学部産婦人科学教室教授

【特集記事】遺伝性乳がん卵巣がんの最新知見――卵巣がんを中心により引用