見出し画像

バレエ小説「パトロンヌ」(41)

一方、リカは今回のコラボレーションにとても期待していた。前回のツアーで上演された「シンフォニック・ヴァリエーション」を見て、彼女は確信したのだ。第一に「一流の振付こそが、一流のダンサーを輝かせる」ことを。それが小品であろうが全幕ものかは関係ない。そして第二に「一流のダンサーは一流のダンサーと組むべき」ことも。20代の甲斐が今後成長していくためには、この2つが不可欠である。仲間うちで「誰もやらなかったこと」だけを追い求め楽しくやっていたのでは、いつか限界がくるだろう。

甲斐がプティと組むのは初めてではない。「ボレロ」を全曲1人で踊るというプロジェクトを経験した。それは「誰もやらなかったこと」ではあるけれど、組んだのがプティであったのはなんと幸いだったことか。プティは甲斐のスター性や技術の高さを十二分に生かしたが、他方ジャンプや回転といった「超絶技巧」は封印し、あくまでプティの世界観、椅子と帽子とタバコの一部屋に彼を押し込めた。甲斐にとっても初演だったが、プティにとっても新作の初演。「ボレロ」といえば、金字塔のように輝くモーリス・ベジャールの先行作がある中、それを向こうにまわして作る、特別な作品なのだ。
甲斐はプティの意図に忠実に、よく踊った。そして、矯正されてなお、滲み出る甲斐ならではのオーラ。ここにこそ、一流の振付家と一流のダンサーがコラボする意義がある。プティが書いたはずの地図と航路だが、板にのったが最後、それは甲斐の船なのだ。

後年、甲斐は何度かこの「独りボレロ」を踊ったが、リカはそのたびに初演の完成度の高さを懐かしんだ。再演以降は甲斐を縛っていた鎖が解け、踊りやすい踊りを踊っていたように見えたからだ。「限界ギリギリ」の妙味、振付家とダンサー格闘の痕は、初演の緊張感の中にしかなかった。(つづく)

1冊の本を書くためには長い時間が必要です。他の単発の仕事を入れずに頑張ることも考えなければなりません。よろしければ、サポートをお願いいたします。