パラノマサイト FILE23 本所七不思議 墨田区下町を舞台にした、完成度の高い名作AVG

売れるゲームというのは、その大半がシリーズものである。これは別に最近に限った話ではなく、90年代前半の時点ですでにそうであった(以前記事を書いた「伝説のオウガバトル」は、そんな状況に危機感を持った任天堂により宣伝等でのバックアップがあった)。とは言え、新規タイトルが全く売れないというわけではなく、近年でも「天穂のサクナヒメ」「バディミッション BOND」「十三機兵防衛圏」等、新規タイトルでありながらユーザーから高い評価を得た作品は存在する。今回紹介する「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」もまた、完全新規タイトルでありながらプレイヤーから高い評価を獲得し、口コミで評価が広がり、ついには「日本ゲーム大賞2023」において優秀賞を獲得した名作AVGである。今回の記事では、そんな本作の魅力について書いていきたいと思う。

概要

「パラノマサイト FIL23 本所七不思議」は2023年3月9日にスクウェア・エニックスより発売されたAVGである。対応プラットフォームはNintendo Switch、Steam、iOS、Amdroidでダウンロード専売である。
システムはオーソドックスなポイントクリック式のAVGであり、気になるオブジェクトを調べたり登場人物と会話したりしてストーリーを進めていく。
正確な年こそ明言されていないが、1980年代前半の墨田区を舞台としている。セーラー服を着た女子高生や街の駄菓子屋など、アラフォー世代のプレイヤーにとっては懐かしさを感じさせる雰囲気づくりが見事である。
ディレクター兼シナリオライターの石山貴也は、かつて「探偵・癸生川凌介事件譚」を手掛けたとのこと(筆者は未プレイ)。
キャラクターデザインは、以前紹介した「新すばらしきこのせかい」のデザインも手掛けた小林元氏。氏のキャラクターデザインもまた、今作の雰囲気づくりに一役買っている。
ちなみにタイトルの一部となっている「FILE23」は、のちのシリーズ化を見越して付けられたもので、特別意味はないとのこと。非常に面白いゲームなので、ぜひシリーズ化してほしいものである。

物語

さて、今作のストーリーだが、正直書くことに困る。というのも、何を書いてもネタバレになりそうだからだ。伊集院光氏がファミ通のコラムで、「面白いゲームだが、何を書いてもネタバレになりそうなので詳しい内容はかけないから、面白いと連呼するしかない。」と言っていたが、自分もまさにそんな気持ちだ。とは言え、面白いで片づけるわけにもいかないので、何とか言語化してみる。
まず、今作のストーリーはいわゆる群像劇にあたる。ゲーム開始時は「興家彰吾(おきいえしょうご)」という人物の視点からストーリーを進めていくが、程なくして「志岐間春恵(しぎまはるえ)」「津詰徹生(つつみてつお)」「逆崎約子(さかざきやっこ)」という3人の人物が主人公として追加され、それぞれの視点からストーリーを進めていく。
また、これら主人公の行動は、別の主人公にも様々な影響を与える。例えば、ある主人公が特定の場所に赴いた際に、その場所にいた別の主人公と出会い情報を交換する、といったやり取りがゲーム全編を通していくつも存在する。今作はその繰り返しでストーリー全体を進めていき、ゲーム内で起きたある事件の謎を解き明かしていくことが目的となる。こういった手法は「街」「428」「十三機兵防衛圏」といった数々の名作AVGでも使われた手法であり、「ビデオゲーム」というメディアで最も交換を発揮するストーリー構成の一つだと個人的には考えている。複数の主人公の間を自在に行き来し、時には過去に戻って行動を変え謎を解き明かすという物語体験は、まさにゲームでしか味わえない快楽をプレイヤーに味わわせてくれる。

もう少し詳しくストーリーに触れてみよう。今作のストーリーは基本的には「ミステリー」なのだが、もう一つの要素として「異能バトル+デスゲーム」という面もある。副題にある「本所七不思議」だが、この七不思議を
もとにした「呪詛珠」という呪具が存在する。この呪詛珠を手にすると、もととなった七不思議に対応した「呪い」が使えるようになる。この呪いを使って人を殺めると「滓魂(魂)」が手に入り、一定の量を集めると「蘇りの秘術」により生物を復活させることが出来る。ちなみに一般人よりも呪詛玉所持者を呪い殺した方が、大量に滓魂を集めることが出来る。
そんなに簡単に人を呪い殺せるのか?と思うかもしれないが、呪詛珠を所持した時点で他人を呪い殺すことへの抵抗感が失われるようで、今作の登場人物のほとんどが他者を呪い殺すことに抵抗感を持っていない。もっとも、主人公はプレイヤーが操るため、プレイヤーが操作しない限りは他者を呪い殺すことはない。
呪いは呪詛珠ごとに発動条件が異なり、相手の手持ち呪詛珠の発動条件を探りながら、いかに無効化するか判断し実行するという心理戦がゲームの要所において繰り広げられる。その様はスタンドバトル(ジョジョの奇妙な冒険)や聖杯戦争(Fate)などを想わされ、いわゆる厨二設定が好きなプレイヤーにもおすすめできる内容となっている。

プレイヤーの立ち位置

今作のストーリーで印象に残ったことの一つに、プレイヤーをゲームに引き込む演出のうまさが挙げられる。漫画・アニメ・映画・ドラマ・小説・演劇など創作物を体験するメディアは数多いが、一般的に客はあくまで観客に過ぎず物語に介入することはできない。数少ない例外がビデオゲームであり、ゲームはコントローラに代表される入力デバイスで物語の登場人物の行動をある程度操ることができる。無論、シナリオライターが書いたレールの上を歩いているという点は変わらないが、登場人物の行動にある程度介入することで得られる一体感や没入感は、ゲームでしか味わえない物語体験だと思う。今作もゲームであることを活かした演出が多くあり、ゲームならではの没入感が味わえる。
例えば、ゲーム開始時は「案内人」を名乗る老人の面をかぶった人物がプレイヤーに直接話しかけてくる。この案内人は、物語の要所に出てくるが、基本的には本編には関わりのないキャラクターであり、本編の人物と出会うこともない、その名の通り「案内人」に過ぎない。同様の手法は「世にも奇妙な物語」等でも見られ、目新しい方法というわけではない。だが、実際にプレイヤーが物語に介入するゲームとの親和性は高く、ゲームの世界に引き込むためのツカミとしては良く出来ている。
他にも、目線を変えることで状況が変わるといった仕掛けや、敵への呪詛珠の対処方法など、プレイヤーを楽しませようとする仕掛けが数多い。全体的に、プレイヤーを単なる観客ではなく、物語の登場人物として扱っているような演出もあり、自然とゲームの世界にのめり込めるようになっている。この点も本作の魅力と言えるだろう。

魅力的な登場人物たち

他のゲームジャンルと比較してもストーリーの比重の大きいAVGは、当然キャラクターにもある程度以上の魅力は求められる。今作の登場人物は一癖ありながらも、その多くがそれぞれ印象的な活躍を見せており、印象深いものとなっている。その登場人物を何人か紹介しよう。

興家彰吾

今作の主人公の一人であり、プレイヤーが最初に操作するキャラクターである。化学薬品会社「ヒハク石鹸」に勤める会社員であり、オカルト友達の福永葉子(ふくながようこ)に巻き込まれる形で呪詛珠を巡る戦いに巻き込まれることになる。一見、特に特徴のない平凡な主人公のようだが…

福永葉子

興家のオカルト友達で、偶然とはいえ彼を戦いに巻き込んだ人物。もともとオカルト好きで、愛犬を蘇らせるために蘇りの秘術を求めている。霊感が強く、幼いころから人に見えないものが見えていたとのこと。そのためか、言動はやや天然気味。

志岐間春恵

主人公の一人。警察庁の幹部を父に、警察庁の職員を夫に持つ主婦。作中では主にマダムと呼ばれ、ファンからの相性もマダム。一年前に一人息子を誘拐の後に惨殺され、息子の蘇りを求めている。理由が理由だけに蘇りの秘術に強いこだわりを持つ一人。とはいえ倫理観もしっかりと持っており、他者からの助言を素直に聞けるなど、基本的には理知的で落ち着いた人物。世間知らずの一面もあり、櫂の冗談を真に受けて感心することも多い。

櫂利飛太

マダムの相棒を務める私立探偵。長髪・白い帽子・白いシャツといかにもな風貌をしており大変目立つのだが、潜入や尾行はしっかりとこなす凄腕のプロの探偵(通称プロタン)。マダムが呪詛珠を手に入れたことで、戦いに巻き込まれる。飄々とした態度をとるが、もと警察官ということもあり実は正義感が強く、「他者を呪い殺さないこと」を条件としてマダムに協力する。

津詰徹生

主人公の一人。警視庁捜査一課のベテラン警部。一見強面で近寄りがたい雰囲気の人物だが、内面は甘いもの好きで情に厚く、冗談も通じる好人物。同僚の変死事件の捜査をきっかけに、呪詛珠を巡る戦いに巻き込まれる。霊的なものに対する耐性が強く、呪詛珠の呪いの衝動にも飲み込まれていない。

襟尾純

津詰の相棒を務める若手刑事。爽やかな外見に加え、全く人見知りをせず、かつ異様にポジティブシンキングなコミュ力お化け。強面の津詰にも物怖じせず積極的にコミュニケーションをとる。津詰からは若干ウザがられてるが。津詰と彼のやり取りは本作屈指の笑い所で、基本シリアスな本作において一服の清涼剤となっている。

逆崎約子

主人公の一人で現役高校生。ポニーテールにセーラ服という清楚なイメージの見た目に反して、義理と人情に厚く祭りと喧嘩が好きというちゃきちゃきの江戸っ子。一週間前に謎の死を遂げた親友の真相を調べるために、深夜の学校でこっくりさんをしていたところ、呪影に取りつかれ呪詛珠を巡る戦いに巻き込まれる。

黒鈴ミヲ

約子の相棒を務める霊感少女。本人は隠しているつもりだが、ミステリアスなオーラが全開のため、大抵初対面でオカルトに詳しそうな人と見破られる。約子にも、「なんとなくこっくりさんに詳しそう」という理由で突き合わされ、戦いに巻き込まれる羽目になる。黒髪ロン毛でぽっちゃり体型というやや地味な見た目は、ディレクター石山氏の「霊感少女はぽっちゃり体型なのは絶対」という熱い要望で生まれたもの。事実彼女は今作屈指の人気キャラクターとなった。

主なキャラクターは上記の6名だが、他にも悪役やちょい役も含めて印象的なキャラクターが多く、今作のストーリーの盛り上がりに一役も二役も買っている。詳細はプレイして確かめてほしい。

総評

今作をプレイして感じたことは、過去の様々な名作AVGのエッセンスを受け継いでいるということである。群像劇による多角的な視点・プレイヤーをゲーム世界に引き込むような数々の演出・心理戦をメインとした能力バトル等、多くの要素を緻密な計算のもと組み合わせた結果、完成度の高いAVGとなっている。唯一の欠点はややボリュームが少ないことぐらいで、それでも値段を考えれば相応と言える(今作はDL専売であり、約2,000円とお手ごろな価格)。AVGファンでまだ本作を未プレイの方はぜひプレイしてほしい。ゲームでしか得ることのできない感動が、きっと得られるだろう。

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