ジョン・アーヴィング本ぜんぶ読んだのでベスト3決める会
去年の10月にジョン・アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」を読んで衝撃をうけたので著作全部読みました。
ほぼすべて上下巻の構成の長編ということもありますが、全部読むのに半年くらいかかってますね。彼の本面白いんですが、カロリーが高いというか、続けて著作ばっか読めないんですよね。間に軽い本はさんで精神をニュートラルに戻さないと次の本にいけなくて、半年もかかっちゃいました。
作家について
1942年、アメリカのニューハンプシャー生まれの作家。カート・ヴォネガットに師事。1968年『熊を放つ』でデビュー。自作の映画の脚本も手掛けていてアカデミー賞最優秀脚色賞を受賞したこともある。
現代アメリカ文学を代表する作家。
著作一覧
読んだ順は出版年順ではなく適当です。
個人的ベスト3
「あの川のほとりで Last Night in Twisted River」
私たちは本を読むことによってたくさんの人生を歩むことができる。1冊読んだら1人分、10冊読んだら10人分の人生を体験できる。すげ~
じゃあこの本はいったい誰の物語なのか?この本の主人公は誰なのか?
物語はツイステッド・リバーで天使の名をもつカナダ人の少年が溺れ死ぬところからはじまる。しかし彼の物語ではない。
料理人の父と、その息子が訳あって逃亡の旅にでる。
息子が成長して作家になる。作家はやがて息子を授かる。
親子三世代と一癖も二癖もある周囲の人間たちが時を変え、場所を変え、織りなすサーガ。
誰を主人公に想定してこの物語を構成していったのかは最後にわかる。想定されているのは彼だけだろうが、この本を読んで私は3人分の人生を歩んだ気持ちになった。それくらいに内容が濃い。
最後には小説家として物語をどう語るか、プロットをどう組むか、そういったテクニカルな視点から書かれた部分もあり、たまらんねと思った。
最初からはじまり、時期をみて、彼を登場させ、ここぞという時に彼女について語り……いやまだ早い!じゃあどこよ? みたいな描写で、この物語がいかに細部まで計算されて読者に語られているか、舞台裏を見せてもらった気持ちで、ただただその緻密な計算に脱帽するばかりです。
切ない、でも熱い。熱くてものっすごく壮大なスケールではあるが、でもただ一人のための喪失と再起の物語なんですね。
これはきっとまた時間置いて読み直すであろうことが分かっている本です。
ケッチャムが好き。
「オウエンのために祈りを A Prayer for Owen Meany」
普通ではない身体的特徴とずば抜けた頭脳、そしてユーモアをもったオウエン、彼はぼくの親友である。
あらすじには「オウエンの打った野球のボールがぼくの母親の命をうばったのだ」とあり、おいおい……どういうストーリーだよ……と辛い展開を覚悟しながら本を開いたが、オウエンとぼくはそのことでは決別しない。まあ色々あるが彼らは子どものころからずっとお互いのことを大事に思いながらザ・親友という感じでつるんでいくのだ。
アーヴィングの著作の中でも男の子同士でこんなに真っすぐな友情の関係は珍しく(男と女の生涯親友の関係はよくある)、ユーモアと行動力と頭脳がパラメータ上限ギリギリのオウエンが起こす事件には笑わせられる。
そんな超人的なオウエンに対してぼくが妬み嫉みなどの暗い気持ちをまったくもたずにただ親愛(と少しの信仰)を向け、オウエンもぼくに対する援助を惜しまない。そんな二人のまぶしい友情になんかもう、心が温かくなる。人間っていいよな……と思う。
とそんな感じでほこほこしながら読んでいると、語り手が読者にちらつかせ始める。
オウエン・ミーニー、彼が生まれた意味、彼に与えられた使命。
いま積み上げられてるよ……最後にこっちの感情壊すために何か積み上げられてるよぉ!と分かっていながらもう下巻ではページの先をめくる手が止められない。最後の章にたどり着きたくないけど早く先が読みたいという矛盾。
それまでのすべてが最後のシーンのためにある。
鮮烈な、だけど静謐な、オウエンのための福音書。
「ホテル・ニューハンプシャー The Hotel New Hampshire」
これはアーヴィングの方で一番最初に読んだ本です。
「この人の本を全部読みたい!!」と思わせられた本。全部読んだ後にこのベスト3を紹介するnote記事は書くつもりで、この最初に出会ったホテル・ニューハンプシャーを超えるものが3つ以上見つかるのだろうか?というところも気になりつついろいろ読んできたのですが
やっぱりホテル・ニューハンプシャーはベスト3に入りました。
詳しい感想はこちらに書いてるので省略します。
ベスト3にいれましたが、あくまで個人的ベスト3であり、もし人に勧めるとしたらホテル・ニューハンプシャーは挙げづらい……かもしれない。
ちょっと……人によってはしんどいシーンがありますし私も読んでいてしんどかったですし、読んだ人全員が満場一致で「面白かった」といえるような物語ではないと思います。(その点、「あの川のほとりで」や「オウエンのために祈りを」は多くの人に幅広く刺さりそう)
でも……でも……でもやっぱベスト3だなあ……!!!
「神秘大通り Avenue of Mysteries」
……お気づきだろうか?
ベスト3といいつつこの本で4冊目である。
ベスト3を選ぼうと思ったんです。3冊だけに絞ろうと思ったんです。でもこの4冊のうちどれを落とすのかが決めきれず……「ベスト3(※3冊とは言ってない)」ということになりました。
これも前の記事で感想書いてますので省略です。
ほかのベスト3の3冊は物語全体がまるごと好きって感じなんですが、神秘大通りに限っては若干刺さり方が違くて、物語全体は大ハマリ!!って感じではないです。
読んでる時は普通に面白かったのですが、半年後に思い出すと
過去軸——メキシコのゴミ捨て場で育ったフワン・ディエゴ少年と、人の心が読める妹ルペが中心の話
こちらは登場人物みんなが魅力的ですごく好きなんですが
現実軸——そこそこ有名な作家フワン・ディエゴ氏と、怪しげな母子と一緒にニューヨークからフィリピンへの旅に出る話
こちらがあんまり……刺さってない。作家が旅行先で怪しげな母子と出会い、母の方に誘われたらセックスし、娘の方にも誘われたらセックスし……なんかやたらと退廃的な雰囲気でセックスをしていたなあ。という感想をもっている。
だから全体的なハマリ度でいうとこれはベスト3に入るほどではないのですが、ただある1点、とあるシーン、1ページにも満たないシーンに強烈に心貫かれており
いまでもふとそのシーンについて考えると、敬虔な気持ちになるというか、心が不自然なほど凪ぎます。そしていつの間にか涙がでてますコワッ 自分でも心配になるくらい刺さってる、怖いです。
人にお勧めするならベスト3
アーヴィングの本はじめて読むよ~!って人には以下オススメしたいです。
「あの川のほとりで Last Night in Twisted River」
「オウエンのために祈りを A Prayer for Owen Meany」
個人的ベスト3にも載せたこの2冊は、アーヴィングらしいプロット重視の物語に感情を揺れ動かされる体験ができつつ、読むのがしんどすぎるドギツイ展開があんまりないので、はじめて手にとるのに適しているかなと思います。
「ウォーターメソッドマン The Water-Method Man」
これ一番最後に読みました。作品順でいうとデビュー作「熊を放つ」に続く第2作目でして、「熊を放つ」の方があんまり好きじゃなかったのでこれもどうかな~という感じで期待値少な目で「ふーん」て思いながら読んでたんですが
後半で結構面白くなってきて、しかも著者にしては珍しく全体的な雰囲気が喜劇なんですよね。
ところどころ喜劇的なシーンがあっても(「サーカスの息子」なんかは結構笑っちゃうシーンがあった)、どちらかというと悲劇的な事故や喪失のシーンが印象的ですし、後半~終盤はきっちり畳みかけてきっちりふざけないで締める。みたいな本がほとんどだったので
終盤の章題でこんなの並んでたの見た時笑っちゃいました。
なんやねん黄金男根団って
終わり方はふざけてるわけではなく爽やかな暖かい感じで終わるので、それもいいですね。
章ごとに一人称で書かれてたり、三人称で書かれてたり、映画のト書きみたいに書かれてたりしますし、時系列もいったりきたり飛び回るので、最初はちょっとびっくりするかもですが、だんだん主人公の過去や人間関係がわかってくると面白いです。
ほか全部感想
『熊を放つ』(Setting Free the Bears、1968年)
個人の話より歴史的な大きな流れにフォーカスあてた部分が多かったからかな。でも個人的パート部分もそんなおもしろく感じられなかったな。あんまりハマれなかった。全部読んだ中ではいちばん個人的には好きではない。
これを一番最初に読んでたら「アーヴィングもう今後読まなくていいや」ってなってたと思うので恐ろしい。
村上春樹訳しかなくて、私は村上春樹の著作がそんなに好きではないのも関係しているかもしれないですね。彼の本は「ノルウェイの森」「羊をめぐる冒険」だけ好きでほかはあんまり好きじゃないんですよね~~
村上春樹は訳者あとがきでも語ってるようにこの「熊を放つ」がアーヴィング作品の中で一番好きらしいので、村上春樹が好きな読者はこれにはまれる可能性が高いです。
『ガープの世界』(The World According to Garp、1978年)
これはアーヴィングの代表的な作品のひとつですね。しかも主人公のガープは作家。アーヴィング渾身の、作家としての自伝的長編といわれています。
後述するように「ガープの世界」のスピンオフ的な立ち位置の本も何冊かでているほど作家本人も気に入ってると思うし評価・人気も高い1冊です。
それはそうでしょうな、と頷けるほど完成度が高いのですが……
……悲惨…………ッ
悲惨なのおおおおお……ッ
むごいの……!!!いろいろと……!!キッツイんだよ……エピソードがよお……
暴力と死に満ちてるんですよ。冗談ではなく……。もちろんただひたすら残虐なわけではなくて、その先にあるものを描くための暴力と死であることはわかっているのですが、いかんせんキツイ 読むのが
いつか読み返すかもしれないけど読み返すのが怖い。好きなのか好きじゃないかもよくわからない。そんな本でした。
『158ポンドの結婚』(The 158-Pound Marriage、1974年)
前述の「ガープの世界」の、ガープの著作としてでてきた作品です。
2組の夫婦がお互いの組み合わせを交換して生活する話です。すごい発想。
これ単独で読んでも結構面白いと思います。
4人の人間がメインキャラクターとしてでてくるのですが、それぞれの人となりの作り上げが入念で生々しいほどリアル。かつ、描写の仕方もさすがという感じで、作家の目により、そのキャラクター本人がわかってる以上に本人のことを知ってしまえる、後ろめたいくらいに。
あとこれ珍しく上下巻じゃなくて1冊なのでさくっと読めます。
『ピギー・スニードを救う話』(Trying to Save Piggy Sneed)
唯一の短編集です。
前述「ガープの世界」のガープの処女作である「ペンション・グリルパルツァー」も入ってます。
短編も悪くはなかったが(特に「ピギー・スニードを救う話」がよかった)、やっぱり長編で輝く作家かなと思います。
『サイダーハウス・ルール』(The Cider House Rules、1985年)
「人の役に立つ存在になれ」というルールを叩き込まれて育てられた孤児の主人公。産科医として生きるか、堕胎医として生きるか。社会的な側面ももつ作品です。
宿命を受け入れるまでの道のりという意味では「オウエンのために祈りを」とも似通った部分もあるかもしれません。
社会的な面をもつ作品、ときくと私なんかはちょっと身構えちゃうのですが、主人公が生まれてから少年パート、成年パート、壮年パートと丁寧にじっくり描写されていき、堕胎が違法とされている世界で彼がどちらを選択するのか、選択肢が重すぎて腸がねじ切れそうになるほど苦しい選択に向き合っていく様……を読んでいるうちに、社会的な作品とかそんな前書きはもう頭から吹っ飛んでおります。気が付いたらのめり込んでいます。
孤児院にいるドクターやナース、孤児たちのキャラクターも生き生きしてたりギラギラしてたりしてて、いい。楽しい。
『サーカスの息子』(A Son of the Circus、1994年)
これね……けっこう好き!
インドが舞台です。大体アメリカ(メイン州)が舞台なのに珍しい。
シリアルキラーがいてミステリっぽいところがあるし、どこかコミカルで思わず笑っちゃうようなシーンもあって面白いです。物語がどう転ぶのか全然わからない。
これは「神秘大通り」と成り立ちで関係があるので、似通った部分もありつつ全く別の物語になっています。
▼神秘大通りとの関係性はこちら
『未亡人の一年』(A Widow for One Year、1998年)
これも結構よかった。好きだなあ。
「騒がないで、ルース。ただのママとエディじゃない」
幼いルースはベッドにいるママとアルバイトのエディの姿を見てしまう。それが表紙の絵のシーンですね。
このシーンから途方もない時を経て最後のシーンへとたどり着くさま、圧巻です。これがストーリーテリングというもの。
おじさんになったエディと大人になったルースがメイン主人公なんですが、何気に女性の主人公ってルースだけですね。
ルースに対してめちゃくちゃ感情移入してしまった。
これはいいです、おすすめ。
『第四の手』(The Fourth Hand、2001年)
どんな終わり方だったかとか内容についてはあんまり覚えてないんですけど、設定が突飛で面白かったという記憶だけある。
テレビのレポーターである主人公が、取材中にライオンに左手を食いちぎられてしまう。左手のドナーを募ったところ、事故で死んだ夫の左手をあげたいという女性が現れる。しかしそれには条件があり……
みたいな感じです。
『ひとりの体で』(In One Person、2012年)
これも結構好き。
バイセクシャルである故にゲイの男性たちからも女性たちからも「真剣じゃない」と思われてしまう主人公の孤独や、どこのサークルにも属せない孤独など。
こういうベン図の共通部分にいる人、どっちの属性もあるから有利そうなのに逆に孤独になる人間……
あとキャラクターもとにかく魅力的。ハリーおじいちゃん好き。
幽霊がちょびっと出てきますが、アーヴィングの書く幽霊ってなんかいい。グロテスクではある。でもなんだかお茶目。あとこう生きてる人間みたいにほんと何気ない感じでいる。気配がある。そこがまた、なんとも切ない。でも暖かい。
ここ笑っちゃった。ラリーの言い方……
『また会う日まで』(Until I Find You、2005年)
と、この本を書き終えた作家は言ったそう。
何とこの本、長編作家であるアーヴィングの作品の中で、もっとも長い。
上下巻あわせて1000ページを超えます。
「ガープの世界」が作家としての自伝的小説であるならば、この「また会う日まで」は彼の人生すべての自伝的小説のように感じた。彼の生い立ちに重なる部分が多いのですね。
上巻では主人公は幼子で、逃げた父(オルガニスト)を追う母(刺青師)に連れられてヨーロッパを旅します。結局父には出会えずやがてその旅が終わると、母子はトロンに落ち着き、主人公は元女子学校に入学(母いわくその方が安心なため)
下巻では主人公がさまざまな年上の女たちと出会い、時にはひどい目にああい……やがて彼はレッドカーペットを歩くくらいの大人気俳優に。
アーヴィング作品群の中では珍しく、主人公が容姿端麗な設定なのでめっちゃモテるし、まあそのせいで嫌な目にもあいますけど、新鮮で楽しかったですね……
あと人気俳優になるので、シュワルツェネッガーとトイレであったり実際の映画や俳優がでてくるのも楽しかった。
キャラクターではエマという女の子が印象的です。最初はハラハラさせられたもんですが、エマと主人公の関係性はもう言葉では言い表せない……ほんとうにいい関係なんですよね。親友よりももっとなくてはならない存在で、夫婦みたいなんですけど夫婦ではない、友達の関係。ん~~~~……いい……
まあ確かに長かった。なんかずっと読んでるんだけどぜんぜんページ数減ってないな?って思ってた。
でも別にダラダラ進んでるとは感じませんでしたね、ガッツリ読みたい方にお勧めです。
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