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Thatness And Thereness

坂本龍一さんの訃報を知り一週間が過ぎました。
それ以来アルバムを順に聴いたりして、坂本龍一のことを考えることが多かったと一週間だったと思います。YMOの他のお二方に比べるとソロワークも近作まで追いかけてはいました。持ってないというかちゃんと聴いてないアルバムも多いですけど。でも最近作まで「おー、こんな感じか」ってのを把握したうえで聴く聴かないは決めてました。まぁ多作ですし、サントラやピアノのライブアルバムまではちょっと追えないですよね。逆に言うと他のお二方に関しては既にそれすらしなくなってるのですが。でもだからと言って坂本龍一が自分の中ですごく大きな存在とかフェイバリットの一人だって意識は全然ないです。

僕と坂本龍一

僕がYMOを聴きだしたのは90年代の初めですから、その頃には既に「世界の坂本」だったわけですし、おそらく最初に聴いたは「Heartbeat」だったかな。人間としての存在はそれ以前から認識していたと思います。テレビとかで見た人だし、それこそアカデミー賞のニュースとかで。で、そんな少年時代にリアルタイムで聴いた坂本龍一は苦手でした。紹介する際に必ず付いていた「世界の坂本」とか「ニューヨーク」とか「教授」みたいな枕詞も敷居を高くしていたし、実際聴くと大人の音楽って感じもしたし、何より当時醸し出していた「ギラついた中年」感が抵抗あったんですよね。「ギラついた中年」ってロック少年には最も忌むべき存在じゃないですか。多分この当時の印象が先に書いた「自分の中ですごく大きな存在とかフェイバリットの一人だって意識は全然ない」に今でも影響与えてると思います。

リアルタイムではなく

アルバムを遡って聞くようになったのはいつぐらいなのか思い出せないし、過去作で最初に聴いたのはYMOでもやってた曲が入ってるから「千のナイフ」なのかな。僕の中では「千のナイフ」は嫌いじゃないけどねぇって感じですかね。一曲が長いのが苦手な最大の理由。「音楽図鑑」「未来派野郎」あたりは明確に好きと言えるかな。「未来派野郎」あたりから「ギラついた中年」が少しずつ出てくるとは思いますが。まぁYMOの末期には「中年」をキーワードにしてはいましたが、リアルな中年感はやはり80年代中頃以降からだと思います。

改めて考えると

自分としてはやはり「B-2 Unit」が一番好きではあるし、これは今後も変わらないとは思います。でも同じくらいその次のソロである「左うでの夢」も好きなんです。「B-2 Unit」の硬質な音とは違うナチュラルな感触も強いこのアルバム。アコースティックではなくちゃんと電子的だけどナチュラル。不思議な魅力があるアルバムだと思います。当初はRobin Scottとのコラボレーションアルバムとして制作が開始されたけど結局は坂本龍一のソロアルバムになったとのことなので前作との関係性は元々薄いのかもしれませんが、僕は「B-2 Unit」あっての「左うでの夢」って感じがしますね。でも「左うでの夢」あっての「B-2 Unit」だとは思いませんが。「左うでの夢」はYMOの「BGM」と「Technodelic」の間に発売され、録音としては「Technodelic」の合間になるんですかね。名盤の誉れ高い「B-2 Unit」「BGM」「Technodelic」とそれぞれ地続きの存在ではあると思います。でもその3作とは違った質感も持っているこのアルバム、正直地味な存在ではあるのですが僕は大事な作品としていつまでも聴き続けると思います。あと、この時期からやり始めた坂本龍一のボソボソしたボーカルスタイルって意外とその後の音楽家に与えた影響大きいんじゃないかと思ってます。ボーカリストとしては「あ、これでも良いんだ」と思わせたという意味ではパンク的な存在かもしれません。

坂本龍一に対する意識の変化

それまで持っていた苦手意識が薄くなってちゃんと聴くようになったのは2000年以降ですかねぇ。アルバムでいうと「Chasm」くらいからかな。この時期からピアノアルバムが続々と登場するのもそれはそれで中々どうかとも思いつつ、面白く聴けたのもあります。一時期坂本龍一のピアノアルバムを流しながら寝るというのをやっていたのですが、夜中に部屋からピアノの音が薄っすら聴こえるのが気持ち悪いと家の人から苦情がありそれは辞めました。先に書いたようにサントラなども含めて単独作だけでもとにかく多作な人でしたから、コラボものとか含めると全てを追うのは無理だと思い自分の中で選びながら聴いてた感じです。当時としても言動とかにはどうかと思う部分はあったとはいえ、普通にリスナーとしては結構聴いてましたね。

震災、そして病

大きなターニングポイントになったのは震災だったと思いますし、その数年後に癌を公表して以降の坂本龍一は、自身の終わりを明確に意識して活動していたと思います。一度は癌も解寛したとのことですが、それを経てもこの数年は発言などにもそれを強く感じさせました。前向きな発言もちゃんとしていましたが、その先には終わりの時を見据えているように見えましたね。そこを意識して活動できたのはもしかしたら音楽家としては幸せだったのかなとは思いも多少あります。でも本人は満足してない、やりきれてないと思っているというかそう思っていて欲しいのですが。遺作となったアルバム「12」の世界観とかちょっと出来過ぎな気もして、坂本龍一ならあの後にやたら派手なアルバム出してニヤニヤするぐらいのことやってくれても良かったよなぁとか考えると出てくるのが「喪失感」ってやつなんですね。

自分の中でようやく理解しました

坂本龍一の新作が聴けないということにとても喪失感を持っています。

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