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モノに魂が宿る

私には「人の優れた部分や才能を見つけてそれを敬う」という特性がある。元来私が、劣等感をベースとして形成された人間が故の特性なのだと思う。これには良い面もあり悪い面もある。会社員時代その特性は、若手との人間関係構築において良いほうに働いた。

おしなべて私の周囲には、何か光るものを持つ面白い人材が集まっていた。殊に私のキャリア晩年の新入社員には、しっかりした将来設計を持って準備も抜かりない若者が多くいた。私の若い頃とは大違いだ。私は彼らに対し尊敬の念を抱きながら接する。そうしていると彼らに対する愛情が芽生える。
「愛(う)い奴よのう」みたいな。

そんな私の性癖は対人(ひと)だけでなく、モノを対象とした時も同様に現れる。元々気に入ったものを買い求めるのだが、それらを使っているうちにもっともっと好きになっていく。自分にしっくりとフィットしてくる感じ。「愛着が増す」という表現が相応しい。例えば時計、靴、ゴルフクラブ、ギター、パソコン、筆記道具などがそれに当たる。

お気に入りの靴


今乗っている黒い車はもう9年目になる。8年前にある経緯(いきさつ)から、欲しいとも思っていなかったこの車を買った。簡単に説明すると、欲しかった車のディーラーとの交渉が揉めて破談になった。その心の隙に、今の車のディーラーが入り込んできたというようなこと。
※念の為申し添えます。私は決してクレーマーではありません。相手方の不誠実な対応に我慢ならず揉めてしまった訳で‥‥

そんなふうに出会った車だったが、乗るうちに愛着は深まる。よく走るし操作性も優れていた。8年半の間故障もなく走ってくれた。特に不満も無かったが、来年の車検前までに新しい車に買い替えることにした。私の年齢からして、人生最後の車購入のタイミングかなと考えたからだ。7月に注文した次の車は、昨今の車不足の折り納車は年末になる。

その黒い車が一昨日突然動かなくなった。頼まれていた孫のおむつを薬局で買い「さあ行こう」とスタートボタンを押すも全くの無反応。まさに "うんともすんとも" 状態。タイトル画像はレッカー車に乗せられた愛車だ。

保険会社からの連絡を待つ間、薬局の駐車場でレッカーの運転手さんと話をした。「新車を待っている状態でこんなことになって~」と私がボヤくと、
「あ、そりゃ怒らしちゃったねー」と言う。「車を~」の意味だ。
薬局から家へ向かうタクシーの運転手さんも「嫉妬ですね」と言う。
期せずして二人の運転手さんから「モノに魂が宿る」的なことを言われた。

【付喪神】(つくもがみ)とは「日本に伝わる民間信仰で、長い年月を経た道具や自然物などに精霊が宿る」という観念。
日本では「モノに魂が宿る」の考えに基づいて日頃から道具を大切に扱い、使えなくなったら供養もする。全国各地で針、刃物、人形などの供養祭が行われている。謙虚で美しい習慣だと思う。

しかし今回私にその発想はなかった。車やその他の好きなものへの愛着は確かにある。でもそれらに魂が宿っているとは考えない。私はモノにこだわるほうだし愛着は強いほうだと思うが、使わなくなると躊躇なく手放す。本も読んだら売る。収集はしない。最近の言い方だと "ミニマリスト" かもしれない。そんなタイプは「モノに宿る魂」を感じないのだろう。

最近よくしていた細君との会話「今度の車は〇〇〇の機能があるよ。」「車がきたら〇〇と△△に行こう。」「早く来ないかな。楽しみだね。」

もし黒い車に魂があるとしたら、気を悪くしただろうし、やる気を失くしたとしてもおかしくない。今まで全く故障しなかった車が急に動かなくなることに辻褄も合う。

ただやっぱり私は「車に魂が宿っている」とは思えない。
とは言え黒い車が修理から戻ったらお別れまでの4ヶ月、感謝と労わりの気持ちで接しようと決めている。

< 了 >


【附記】ミラクルさんとアリエルさんのコラボ作品『写楽る!』は、付喪神(つくもがみ)をモチーフにしたSF時代劇です。全十一話の大作。たくさんの noter さんが登場するユニークな企画です。私も其之壱に出演しています。





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