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ルーイシュアンの宝石~2

3 ジーの決心

「不思議で怪しいはなしだけど、なぜか血が騒ぐわね。」
ジーは不敵な笑みを浮かべている。
「モルバブジが狙い、シャクティーアが護るこの少年、確かに何かありそうね。この少年を連れて神殿に行けば、何かわかるかもね。」
ジーは少年を上から下まで、面白いものを見る様に眺めた。
「わかった。私が一緒にスギライ・ロー神殿に行く。」
「おお…それは心強い。」
カーロは顔をほころばせた。
「この子と居れば、シャクティーアの方から会いに来てくれそうだし…」
カーロはうんうんと頷いている。
「ありがとう、ジー。わしが行ければいいのだが、わしではスギライ・ローの神殿を目指すのには、歳を取りすぎている。」
カーロは寂しげに言った後、ジーのとび色の瞳を見つめた。
「モルバブジが絡んでいるとすれば、とても危険な目に合うかもしれんが、それでも行ってくれるか?」
「もちろんよ。」
ジーは、口角をきゅっと上げた。
「知ってるでしょ。モルバブジは私の仇。邪の操り人形なんか私の爪で、この手で八つ裂きにしてやるわ。」
ジーは勢いよく右手をカーロの鼻先に突き出した。
そのすらりとした腕先が一瞬で黒い毛物の足に変わり、鋭い爪を繰り出した。
「いやいや…」
カーロは苦笑を浮かべながら、部屋の隅の戸棚行き、観音扉を軋ませながら開けると、一本の剣を取り出しジーに手渡した。
「これはのう、昔この世界の魔を退治したという英雄が使っていた剣の一つと言われている。昔わしが旅先で、ひょんなことから手に入れたのだが、わしには使いこなせないので、今まで…まあ、その、大切にしまっておいたのだがのう。」
ジーは剣を受け取ると、興味なさ気に眺めた。
「ありがとう。まあ、必要ないと思うけどねえ。」
「アングラモッドという古の魔導士が祝福し、その絶大なる魔力を封じ込めてあるというから、役に立つだろう。まあ、御守り代わりに持っていけばよかろう。」
「ふん。まあいいわ。じゃあ、早速出かけようか。」
ジーはじれったそうに言った。
「イシュは何の獣身なの?まさか亀とは言わないわよね。」

「それがのう…」
「何?」
「怒るんじゃないぞ。イシュは獣身がないのだ。」
ジーはぽかんと口を開けた。
「なんですって!?」
ジーは眦を吊り上げ、声を荒げた。
「なんですって?獣身がない?そんな馬鹿な。じゃあ、この世界にいる資格がないじゃない。冗談じゃないわ。こんな棒切れみたいな子供、どうやって自分の身を守って生きてきたの?どうやって自分の身を守ってきたの?家畜の方が十分強いわ。」
「まあまあ…興奮せんと。記憶を失っているわけだから、変化の仕方も忘れているだけだろう。」
「変化は本能でしょ?忘れるわけ ないでしょうが。はあ…ったく。」
ジーは、怯えて部屋の隅で小さくなっている儚げな少年を呆れたように見た。
「まあのう。ジーにとっては多少足手まといになるだろうけど…」
「大いに足手まといよ。この子の歩みに合わせながら行くんだから、亀より遅いわね。しかも何かあったら守らなきゃいけないし。」
「何かあったら、シャクティーアが来てくれるだろうよ…」
「シャクティーアが来る?来たらそこでマニの実をとってそこでバイバイだわね。」
ジーがきつい口調で答える。

「あの、ジーさん…」
イシュが、オドオドと声をかけた。
「お願いです。僕、なるべく足手まといにならないように、一生懸命頑張ります。だから、一緒に連れて行ってください。どうしても神殿に行かないといけない気がするんだ…僕一人じゃ…」
イシュは呟きながら、その菫色の瞳から清らかな涙を溢れさせた。
ジーは顔を赤らめ、咳ばらいをした。
「わ、分かったわよ。だから涙を拭きな。ま、仕方ないか。行くと言った以上約束は守る。じゃなきゃ女が廃るもの。」
「おお、ジーありがとうよ。心からよろしく頼む。」
カーロは深々と頭を下げた。
「ジーさん…」
イシュも頬を赤らめながら、頭を下げた。

「よし。じゃあ、そうと決まればあんたの護身用の剣でも見てくるわ。」
ジーは照れ臭そうに咳ばらいをした。
「鍛冶屋のミッツエルは相変わらず?シェラおばさんは元気かしら?」
「ああ、元気だよ。シェラは最近獣身を解かず、鹿の姿のままが多いがの。顔を見せてくればいい。喜ぶぞきっと。」
「キュカ爺様の墓参りの帰りに寄ってみるわ。じゃ、またあとでね。」
ジーは明るく言うと、窓からそのまま飛び出していった。
「やれやれ。相変わらずせっかちだの。」
カーロは優しい笑みを浮かべ、ジーが飛び出していった窓を見やった。

4 旅立ち

「格好いい人ですね…」
イシュはジーの飛び出していった窓を見つめていた。
「ホッホッホ…美人でいい子なのだが、なんせ気性が荒っぽいのが玉に瑕でのう。」
カーロは苦笑した。
「あの子は、元々よそから来たのだ。傷ついた一人の老豹が、幼いあの子を咥えてこの村までやって来たのは、もう遥か昔のことだ。
ジーの一族は、聖獣になる修業の旅をしていたのだそうだ。旅の途中で生まれたジーは、稀にみる力を、生まれながらに備えていたらしい。だが、その力を懸念した一族の中の者が、”己を確立するまで”と、その力を封印する魔法をかけたらしい。
しかし、ジーの中から溢れ出す力は隠しきることはできず、邪がその力を狙って襲ってきたらしい。
一族は死力を尽くして戦ったそうだ。が、指揮をとる禍々しい者の力の方が上だったらしい。
全滅を悟った一族の長は、未来を託し、幼子のジーと、一族の最翁の老戦士に託した。
翁は闇に紛れ、安全な場所を目指して走り続けたそうだ。途中何度も追っ手に追われピンチを迎えたそうだが、知恵と勇気を振り絞り生き延びて逃げ切った。
その一族を滅ぼした邪、正確には邪に仕える者こそ、お前を襲ったモルバブジなのだ。翁はそうわしに語っていた。」
「えっ!」
イシュは息を飲んだ。
「だから、ジーはモルバブジという存在に強い思いがある。
老豹は、わしにジーを託すと息を引き取った。限界だったのだろう。いや、ジーを守りきるため、限界を超えてやってきたのだろう。
ジーが墓参りに行くといっていたキュカという者が、その老豹の名前だ。
わしは、ジーを大切に育てた。ジーの一族の想いを受け、大切に。心が育ったのを見計らい、ジーに今の話を告げた。その時からだ。」
カーロはため息をついた。
「慎重に話したのだがのう。ジーは普通の一人の村人として生きるという選択が吹き飛んだのはその時からだ。わしの責任だ。
いや、聖獣を目指していた一族の血が騒ぐのかもしれん。一族の仇を討ち、一日も早く聖獣になることだけを目指して生きるようになった。
わしとしては、誰か好きな男と一緒になって、穏やかに暮らしてもらいたいのだがのう…」
「ジーの力ってどんな力なの?」
「さあ…老豹は言わなかったな。ただ、自分の力でその封印を剥がすだろうと言っておった。」

「カーロさん、邪って何?」
イシュは不安そうに問いかけた。
「さっきから何回も出てくるその言葉、聞くだけでなんか怖いんだ。」
「邪とはな…
そもそも遥か昔、世界の裂け目から、この世界のあらゆるものが生まれてきたのだそうな。その時、闇の象徴、全ての禍々しさの源”邪”というものも現れたのだそうだ。形というものはなく、ただ、悪意に満ちた影のような存在らしい。世界に向けて勢いを広げんとした邪を、危機を察して、本当の世界からやってこられた光の使者が、裂け目の奥深くに閉じ込めたのだそうだ。
光の使者は、神殿を建て、神殿の奥深くに裂け目の入り口を封印した。その封印が、ルーイシュアンの宝石ということらしい。その宝石を狙って、幾多の者が挑戦したが、全て宝石のあると言われている場所までたどり着くことはなかった。たどり着けたとしても、中に入ることはできないだろうがのう。なぜならその部屋に入るには、鍵が必要だからな。そしてその鍵は、世界のどこかにあるらしいがのう、残念だがわしは知らん。
ところが、邪は、閉じ込められる前に、使者の目を盗み自分の一部を欠片にして狡賢くこの世界に残した。光の使者の影を使ってな。やがて影から抜け出した邪の欠片が、この世界に徐々に広がり始めた。いつかは本体の邪を封印を解いて、この世界に呼び戻すことを狙っているのだろう。
その広がり始めた邪の欠片たちの、指揮を執るのが、邪の申し子であるモルバブジなのだ。邪の邪念の影ともいわれているが、よくわからん。」
カーロは首を振った。

「邪の欠片は、この世界のどこにもいるの?」
「そうだ。影の様に忍び寄り、我々の中に入り込み、中から狂わしたり、この世界の生き物の形をとり、外から攻撃してくるものもいる。わしらの力を奪い取り、邪の力にしようとしているのだろう。」
カーロの言葉にイシュは身震いした。
「大丈夫だ。この世に光が満ちる限り、邪の思うようにはならん。心に隙ができたり、悪い感情に染まらなければ、そう簡単には襲って来れない。わし等の獣身はそのためにも役立っているのだよ。獣身の力は、邪の攻撃を消し去ることができる。」
「ジーの一族は、何で滅んだんだろう。」
「もちろん、ジーの一族は素晴らしい力があったのだろう。だが、獣身の力を封じる恐ろしい魔法を、モルバブジが仕掛けたらしい。獣身に変化できない人々は、赤子同然じゃ。邪の欠片どもが放つ邪悪な力の前に次々とやられたと、老豹が悔しそうに言っていたよ。」
「僕はどうしたら…」
イシュは、獣身のない自分の立場の恐ろしさを、あらためて感じていた。
「まあのう…ジーから決して離れるんじゃないぞ。それから、近寄ってくる者の影を確かめるのだ。」
「影?」
「そうだ。邪が変化しているものは、影がない。影がないものはまず邪の欠片が化けていると思って間違いない。
それに気が付いたら、一目散に逃げるのだ。近くに聖なる祠があれば、迷わず飛び込め。力のないお前にできることは、逃げる、それしかないからの。」

その日の夕方、久しぶりにカーロの家では、賑やかな夕食を迎えた。
イシュは相変わらず食べ物に手を付けなかったが、楽しそうにしていた。ジーは素晴らしい食欲で、カーロの手料理を、端から食べつくしていった。
「相変わらず料理が上手ね、カーロ。」
ジーは焼き立ての野菜のパイにかぶりつく。
「そんなに慌てんでも、料理は逃げないぞ。」
カーロは苦笑しながら、でも満足げに頷いた。
「でも、かわいそうにね。」
ジーは別のパイに手を伸ばしながら言った。
「食べるという楽しさを味わえないなんてね。」
イシュはニコニコ微笑んでいる。
「ジーさんを見ていると、僕も楽しくなるよ。」
「どれ、このベリーの蜂蜜漬け、少し舐めてみない?」
イシュは笑いながら首を横に振った。
「ふん。じゃあ、食べちゃおっと。」
ジーは口にぽいと放り込んだ。
「ところで、イシュの護身用の剣は見つかったのかい?」
カーロは忙しく食べ進むジーに問いかけた。
「うん、まあね。私の爪の足元にも及ばないけど。イシュが持つにはちょうど良いでしょ。」
ジーは顎で部屋の入り口の方をしゃくって見せた。
部屋の隅に小袋と細い短剣があった。短剣は、素朴な川の鞘に納められていた。
カーロは頷いた。
「食事が終わったらすぐ寝なさい。明日からは大変な日々が待っているだろうからの。」
「そうするわ。積もる話もあるけど、今回のことが終わったら、またゆっくり来るわ。」
ジーはそういうと、ごちそうさまと微笑んだ。

雲一つない、夜明け前の空。ポラッカ村入り口の橋の上に、三人の人影があった。
ジー、カーロ、そしてイシュ。イシュはその細い体に、少し大きめの旅支度をしていた。
「じゃあ、カーロ。行ってくるね。」
ジーが艶やかに微笑んだ。
「ああ。無事に帰ってくるんだぞ。」
「カーロさん、お世話になりました。」
イシュがペコリと頭を下げた。
「イシュや、お前も必ず帰っておいで。気を付けるんだぞ。ジーから離れるんじゃないぞ。」
カーロはそういうと、愛おしそうにイシュの柔らかな銀髪を優しくなでた。
「ジー、くれぐれもイシュを頼んだぞ。それにお前も、無茶をしたらいかん。」
「分ってるわよ。」
ジーがふざけてウインクをした。
「じゃあね。さ、イシュ、行くわよ。」
ジーは言うと、スタスタ橋を渡り始めた。
「さようなら…」
イシュは手を振り、名残惜しそうに頷き、慌ててジーの後を追いかけた。
「元気でのう…」
カーロは見えなくなるまで二人の姿を見送った。

イシュはちらっと後ろを振り返る。
カーロの姿は豆粒の様に見える。
「まだカーロさん、見てるよ。」
「うん…」
ジーはぼんやり答えた。
その時、イノシシが向こうから一頭やってきた。
イノシシはジーの姿を見ると驚いたように立ち止まる。
「あら、ジー!」
イノシシの胸元に渦巻き模様があるのを、イシュは確認した。
「あんた、いつの間に子供ができたの?」
「ふん。私の子じゃないわよ。」
ジーは面倒くさそうに答えた。
「じゃあ、なによ。その子。」
「さあね。じゃ、急いでるから。」ジーは首を振るとさっさと行ってしまった。
「イノシシ、慌てて村の方に走っていったよ。」
イシュは驚いたように言った。
「おしゃべりマルカというおばさんよ。村へ帰ったら、あることないこと言うんだろうな。ふふ、橋のところで早速カーロがおしゃべりの餌食にされるでしょうね。」
「いいの?ジーさん。」
イシュは不安そうに尋ねた。
「ジーでいいわよ。」
ジーはぶっきらぼうに言った。
「噂なんて放っとけばいいのよ。そのうち消えるわ。」

二人は小高い丘の上までやってきた。
「さあ、いよいよ冒険の始まりよ。この先の森を抜けたら、魑魅魍魎がはびこる世界。血が騒ぐわね。」
嬉しそうなジーとは対照的に、イシュは不安げに息を飲んだ。
「相棒、よろしくね!」
ジーは励ますように、イシュの細い肩を軽くたたいた。


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