What’s “Impro”!?
前提説明
2023-02-13に所属するチームの朝会で発表した資料。
インプロを簡単に紹介する。
原文から、会社のコンテキストをオミットして再編集した。
簡易的なサーベイであり、引用の分量が多い。引用要件を満たしているかについて特筆すべき問題が有る場合は、ご指摘を乞う。
いったんこのまま公開する。
インプロとは何か
ちなみに「Improvisationで調べるとむしろジャズ技法としての即興演奏の話ばかり出てくることになる」という事情もあって、あえてImpro/Improvとしているのだと思われる。
素晴らしいググラビリティ配慮。実際、Amazonのkindle storeでImproとImprovisationで検索分けしてみると、毛色の違いに気づくはず。
何が嬉しいのか
下記のようなマインドを得るためのワークショップとして受容可能である点が嬉しい。
失敗を楽しむ
安全な場所を作る
がんばらない
スポンテイニアス(Spontaneous)
頭の中の検閲官に気づく
パートナーにいい時間を与える
正直なフィードバック
より詳細を知りたい場合、やはり↓を読むといい。
実際、Pixarを始めとした米企業では、創発的な能力を開発するためのトレーニングとしてImproが導入されていたりするそうだ。
これは内海氏の受け売りだが、Improvisationという語がそもそもIm(否定接頭辞、〜しない)-pro(事前に)-visation(視ること)と要素分解できるように、原義としては「前もって視ることをしない」なのである。
インプロはその性質上、「先の見えない世界でいかに振る舞うかを学ぶもの」としても捉えられる。
この萎縮を解きほぐすという意味では、アンラーニング的な要素も見出されるだろう。
筆者はインプロ実践に何を期待するか
不確実性の中に飛び込む訓練としての遊戯的行為に期待するところが大きい
人の可能性を開いたり、刺激したり、転回を起こしたり、そういうことができそうな体験の創造に関心があり、またそのためのナレッジを超気軽にシェアすることでなにか起きないかという曖昧な期待を持っている
まあ、今回のインプロについては、元創作家としての個人的な興味のほうが強いんだけど
人間が活き活きとするためのアイデア群の共有は、事業成功後の世の中を考える一助にもなるかと思っている
これから読みたい資料をまとめておくやつ
インプロについて知りたいなーと思ったときに役立つリンク集としたい。
資料:Keith Johnstone Impro: Improvisation and the Theatre
原点たる原典
省略系のImpro(つまり、即興演劇における体系的整理を念頭に置いたImprovisation)を打ち立てたのはKeith Johnstoneと言って差し支えないはずで、その記念碑的な著作とのこと。
Impro: Improvisation and the Theatre (Performance Books) (English Edition)
資料:The Improvisation Studies Reader: Spontaneous Acts
The Improvisation Studies Reader: Spontaneous Acts (English Edition)
Improを含むimprovisation全体をimprovisation studiesとして総合的に体系付ける基本書として、アカデミアからのアプローチを仕掛けている本、として認識している。
人文学系の教科書・基本書でおなじみのRoutledgeから出ているのでたぶん大丈夫でしょ(雑)
資料:Ryo Tanaka / Takao Utsumi - インプロヴィゼーション:ふりかえりの新世界
RSGT2022の講演。インプロ入門としても優れた講演内容で、これが無料で観れるのはすごい。
発表者はインプロの日本における第一人者である内海さん、アジャイルコーチ・ORSCコーチの田中さんの二名。
事前台本(リンクが切れていたので、web.archive.orgから。著作権者様はこのリンクに問題があれば、本記事コメント欄等でお申し付けください)
https://web.archive.org/web/20220705163721/https://callas1900.net/posts/2021/12/21/rsgt2022_advent_calendar/
資料:内海隆雄「インプロを通して、僕はこれから「失敗する自由」を売りに行く。」
資料:株式会社フィアレスによるワークショップ事例集
関連する話題として、遊戯論周りの書籍にも簡単に触れる。
資料:ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』
遊戯論の古典その1
文化発達は単なる理性行使のみによるものではなく、むしろ遊戯的活動にこそ求められる……というような議論を展開する本。近代批判のコンテキストも濃いが、そこを度外視しても人類学の業績として極めて高いレベルにある古典として認識できる
資料:カイヨワ『遊びと人間』
遊戯論の古典その2
遊びの類型として競争、運、模擬、眩暈の四つを挙げつつ分析を行う。ホイジンガ以後の遊戯論を打ち立てた快著……と言いつつ読んだのが昔過ぎて内容がさっと思い出されないのでそろそろ再読しようか
資料:シカール『プレイ・マターズ』
遊戯論における近年の基本書(と筆者は認識している)(翻訳者の松永は美学的関心からVideo Gameを取り扱っている研究者であり、その議論的前提になるような書籍・論文を翻訳している)
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