学友ANNEXへの前説

※世田谷学園では、『学友』という学内誌を発行しています。そのWeb版を開始するに当たり、コンセプトや今後の展望などをまとめたものがこちらの教員2名による対談になります。

変化し続ける時代の学校教育――教員も生徒も変わらなければならない

細井 こんにちは。令和という新時代が始まって半年が経過し、先日は即位礼正殿の儀が行われました。昭和から平成のときは昭和天皇の崩御ということもあって厳粛な雰囲気でしたけど、今回はお祝いムード一色な感じです。

鵜川 そうですね。改元時の十連休も、年末年始をもう一度繰り返したみたいな不思議な雰囲気がありました。そして、新時代の幕開けと機を一にするタイミングで、世田谷学園の学内誌である『学友』のWeb版を開始するわけですね!

細井 そうです! 『学友』というのは、本学園内での学園生活や行事、生徒の活動を中心にまとめた学内誌で、昨年度大きくリニューアルしました。そして今年度は学外にも情報発信をしていこうということで、そのWeb版を立ち上げようということになりました。もちろん、紙面そのままをWebに移すのではなく、学外の方にも読んでいただきたい記事をアップしていくということになります。

鵜川 かつての学校は、子供をその中に囲い込んで、保護と教育を両立させる場だったと思うのですが、最近ではその状況がどんどん変わってきていますよね。学生向けのコンテストのようなものは、昔からあったわけですが、学外の団体や企業が支援している教育活動、課外活動が増えている。例えば、「クエストカップ」(公式ホームページ:https://www.questcup.jp/2019/)は、もう十年以上の歴史があるわけですが、現実の社会問題や課題に対する解決方法を、具体的な企画や商品の提案という形にまとめる活動です。いわゆる、問題解決型学習(PBL)の試みです。
 現状、生徒の自主性を引き出すことが学校にとって最重要の課題です。であればこそ、実際の社会に対して具体的な形で関わる場を用意することが、生徒の自己効力感を高め、「失敗しながら挑戦する人」への成長を促すことにつながるのだと思います。

細井 以前は学校教育と現実社会というのが明確に区分されていたと思うんですが、最近は子供の頃から実生活で役立つ能力をということが求められるようになりましたよね。社会も多様化してきている中で、授業の内容を理屈抜きで「はい、覚えなさい」というような形では興味が持てない子というのも多くなってきていると思うんです。もちろん、そういう生徒は以前からいたと思うんですが、受け皿は今ほど多くなかった。そういう意味では、学校も社会やその流れに対して目を向けていく必要がある時代だと思います。僕は現代文の授業を担当することが多いんですが、その時代時代に合わせたトピックを扱うようにしています。他教科でも同様に、現在という視点から教科内容の捉え直しや検討が行われるようになってきていると感じます。

鵜川 確かに、教科学習に関しては特に、知識の習得に終わらない側面が増えていますね。
 よく話に出る学力の三要素―—「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」―—のうち、実際の現場では、客観的な評価がしやすい「知識・技能」が重視されてきました。これは同時に、教えやすさの指標でもあります。生徒の学習のゴールに、教科書や入試問題がある。あるいは、そのゴールを教師が体現している、というケースもあるでしょう。だから「生徒は先生を超えてはならない」「先生は生徒よりも優秀でなくてはならない」というのが、前提としてイメージされている部分が多分にあった気がします。
 ですが、必ずしもそうである必要はないんですよね。というか、これからの時代を生きていく生徒を育てようとすれば、そして、適正に「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」を育てていくのであれば、生徒の能力の限界を教師の指導可能な範疇におさめておくことは、あまり意味がない。
 実際、教師の役割も変わってきています。中でも、ファシリテーターとしての教師像は、比較的よく取り上げられるところですね。

細井 アクティヴ・ラーニングやグループ活動における支援者というような立場ですね。自身は活動には加わらず、直接的な意見を述べることはない。従来の学習は教員がゴールを定めてそこに至らせる単線的なものだったとしたら、近年の学習観は生徒を主体とした複線的なそれに変わってきていますね。

鵜川 学校と社会の関係の変化という点で見ても、学びの在り方は全く変わってしまっていますね。僕たちが学生だった90年代までは、勉強は学生の仕事、社会に出てから困らないために勉強をするんだ、なんて言われていました。生涯学習という概念ももちろんありましたが、これはどちらかというと文化活動の延長で、当然、社会人にとっての義務ではなかった。
 ところが、いま必要とされているのは、そういう学習観ではない。社会人もまた、学び続けて当然。学生のうちに身につけなくてはならないのは、知識以上に、学び続ける姿勢です。
 CourseraやedX、日本ではJMOOCが代表的ですが、いわゆる無料オンライン講座の拡大と充実が、この現実を後押ししています。これまで大きな社会問題として論じられてきた教育格差が、テクノロジーの力によって、変わろうとしています。必要なのは意欲です。だからこそ、生徒の自主性を育てることが重要なのです。

細井 気合入ってますね! 教育格差の問題については、また別に論じる必要もあると思いますが、生徒の学ぶ意欲を育成するという視点については本当に賛成です。僕もこの仕事をそれなりに長くやっていますが、結局重要なのはモチベーションなんですよね。それさえあれば生徒はこちらが無理にコントロールしなくとも、自然と良い方向に向かってくれる。それは一見すると教員が求めている方向性と異なるように見えたりしますが、最終的にはちゃんとしたところに着地してくれると思います。
 学びの必要性という点で考えると、これは僕たち教員側も本当にそれを痛感しています。僕がこの仕事について強く感じたのが、メソッドを更新していくことの必要性です。ある時期に通用していた生徒指導や学習指導の方法論が、数年すると効力が弱くなっていく。そのときに状況に応じてメソッドを変えていかなければいけない。ビジネスパーソンの方も同様だと思いますが、そのサイクルがどんどん早くなってきているんですよね。だからこそ、学習活動において相互学習という方法論も生まれてきているんだと思いますが。

鵜川 生徒に限らず、自主性やモチベーションを維持・向上させる一つのポイントは、自分の活動を他者の視線や評価にさらすことです。学習過程や学習結果を、教員との間でだけやり取りしてきた旧来の学習システムでは、管理者=教員、被管理者=生徒という関係性が構築され、それだけでは自主性を育てたり、モチベーションを維持することには繋がりませんでした。
 だからこそ、例えばアクティヴ・ラーニングにおいては、話し合いにせよ発表にせよ、学習者相互の関係を構築することが一つの目標になっています。
 そしてもちろん、学内誌『学友』は、生徒の承認欲求を満たす場としての役割も担っています。今回、『学友』のWeb版を立ち上げ、生徒の活動を学外の目にさらすことで、生徒のさらなる意欲につながると考えています。


学友ANNEXが目指していくもの――他人のファインプレイを評価する土壌

細井 『学友』前号で、2018年度の体育祭実行委員長と学園祭実行委員長の対談を載せたんですよね。二人とも行事のためにすごく心を砕いたり配ったりしてくれていて。もちろん毎年行事が終わった後は、実行委員たちは大きな充実感を得るんですが、それが対談や手記という形で残ったり、さらには学外の方にも見ていただける機会が得られたり、というのは意義のあることだと思いますね。
 あと、生徒と話していると部活や行事を通じて「あの先輩すごいな」とか「あの先輩みたいになりたいな」というのがけっこうあるんだなと感じるんですね。そういう形で良い伝統が引き継がれることが大切だと思うので、誰かの文章や記事が掲載されて、それが本人たちだけでなく周囲の生徒たちのモチベーションになる。それがWeb版『学友』によってより進んでいくといいなと思っています。

鵜川 良いものを広めたり残したりするのって、すごく難しいんですよね。だから、それが自然と引き継がれたり、精神的に受け継がれたりする土台を僕たちが作ることは、結構重要なことだと考えています。
 ネットを見ているとよくわかりますが、何かをほめたたえる記事よりも、何かを非難する記事の方が注目を集めやすい。短い言葉でやり取りするTwitterの場合には、その傾向がより顕著な気がします。もちろん、非難することがいけない、という話ではありません。ただ、中高生の多くは、内容以前の身振りのレベルで、そういった非難の態度を身につけていきます。この点は、LINEをはじめとしたSNSで起きているいじめの問題にも関わっていると思います。
 論理ではなく印象や直感で他人を非難するようになれば、自分もまたその標的となる可能性から逃れられなくなる。自然と、失敗や挑戦からは遠ざかっていきます。もちろん、ほめたたえる身振りを身につける生徒もいますが、決して多くはない。お互いにほめることをしなければ、結果的に自己評価も低くなっていきます。
 僕自身、Web版『学友』は、生徒に対する評価を最大化する手段として位置付けています。細井さんが触れてくれた両実行委員長対談や、創立記念弁論大会の生徒の弁論なんかは、学校の中だけで共有するのはもったいない。それはつまり、彼らの言葉の力、経験の力が、学校を飛び越えて社会に向き合えるだけのポテンシャルを持っているということです。

細井 他人のファインプレイを褒めることの大切さっていうのは、僕が昔から説いてることなんですけどね(笑)。やっぱり人間って、ずーっと評価されなかったり否定的にしか扱ってもらえなかったりすると、自然と鬱屈していくと思います。その意味で、親や教員が子供に対して肯定的な態度で接することが大切なんだということは、一時期からとても強く感じるようになりました。また、生徒の世界というのは彼らの経験が少ないせいもあって同質化を求められるというか、はみ出すことを許さないような同調圧力を感じたりもします。そこに外部からの視点とか評価観点みたいなものが入ってくると、彼らの視野もまた広がるんじゃないのかな、と思っているので、いわゆる学校的な評価軸から離れたところで生徒たちの活動を見ていただくという意味も、今回のWeb化にはあるかなと思っていますね。

鵜川 そしてもちろん、この場でアピールしていきたいのは、生徒の姿ばかりじゃない。先生たちの活動の中からも、学校の外に共有したいものがどんどん生まれています。それは、この社会の学びの構造が変化してきていることと、無関係じゃない。生徒の世界が外に開かれれば、当然のことながら、教員の語りも外部へと開かれることになる。生徒相手の言葉が、そのまま社会と切り結ぶ言葉になる。
 今、僕たちがやっているこの対談も、もともとは七年前に学園のホームページで発信したのが始まりなのですが、その時から、生徒だけじゃなくて保護者やOBからも、いいレスポンスを頂いていました。僕たちとしては、もちろん第一の読者は生徒を想定しているわけですが、その言葉がそのまま、十分な社会批評的強度を持っているという自負があったので、ホームページで公開するという手法を取ったんですよね。

細井 そうですね。当時ホームページに対談をアップしたことでいろいろな反応をいただき、それが自信になった部分はすごくありますね。今回『学友』ウェブサイトを立ち上げることで、僕たち教員や生徒の言葉が、それ以外の世界でどれだけ通用するのかというのを見てみたいですし、読んでくれた方とお互いにサジェスチョンを受け取れたらいいなとも思います。
 学園の生徒や保護者、関係者の方はもちろん、幅広い読者の方に向けたコンテンツを目指していきますので、Web『学友』をどうぞよろしくお願いいたします!


鵜川 龍史(うかわ りゅうじ・国語科)
細井 正之(ほそい まさゆき・国語科)

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