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消滅危機言語からのⅿessage

 以前、「消滅の危機にある言語について考えるシンポジウム」のニュースを観た。アイヌの血を引く女性とノルウェーの少数民族サーミの女性の交流を通して、アイヌである彼女がこれからどのように行動し、何を世の中に発信していけばよいのかを考えるというテーマであった。ノルウェーは、歴史的に少数言語を抑圧していた時代もあるが、現在では少数言語保護に関しては、最前線を行くほど国をあげて力を入れている。

 私はバッグパイプを演奏するのだが、数年前、アイルランドから来日していたThe Chieftainsというミュージシャンと共演させていただく機会があった。

 その一行の中に、Alyth McCormackという歌手がいた。
 彼女はスコットランド北部ヘブリディーズ諸島のルイス(Isle of Lewis in the Scottish Outer Hebrides)という島の出身で、いまや数少ないScottish Gaelic(スコットランドのゲール語、以下 *Gaelicと記す)を理解することができる人物である。

*Gaelic ゲール語は18世紀半ばBattle of Cullodenに代表されるJacobiteの反乱でのスコットランド軍の完敗により、言語・文化統制が行われて以降衰弱の一途をたどり、現在、話者は6万人ほどといわれる。消滅危機言語リストでは「危険」に分類されている。一般的には Gaelic というと Irish Gaelic をさす。
Thames(テムズ川)、Dover(ドーバー海峡)、Londonなどの名もゲール語に由来するとされる。

 Gaelicがわかる人に会うのは初めてではないが、みな消え行く言語であるということに対しては、意外と冷静で特に悲観するわけでもなく、そういうものなのだろうと受け止めている人が多かったように思う。年輩の人が多かったせいもあったのかもしれない。
 彼女が歌うゲール語の歌は、その声のトーンと柔らかく包み込むような温かみのある雰囲気がなんとも心地よく、その土地の自然、恵みや人のぬくもりまでもが伝わってくるような気がした。歌の旋律が我々日本人の琴線にふれる懐かしいものであったせいもあったのだろうか。自信に満ち溢れて歌う彼女は、自分たちの言語はこんなに素敵なのだと語りかけるようでもあり、今思うと、少数言語を保護することの大切さを、理屈抜きでわかりやすく歌で伝えてくれたのだと思う。あれこそが彼女の“message”だったのだ。ああいう歌を、言語を、文化を大切にしたいと思った。

 そういえばもう20年以上も前の話だが、リレハンメル冬季オリンピック開会式で、サーミの男性が伝統的な歌を歌い、圧倒的な存在感を示していたのは記憶に残っている。今思うと、あれもまた強烈なmessageであった。

 日本の各地にはアイヌの文化・言葉に由来するといわれる場所が沢山あり、われわれの生活の中に根付いているが、アイヌ語はUNESCOの消滅危機言語リストでは「極めて深刻」(消滅の1つ前)に分類されている。

 アイヌ語がそのような状況に陥っていること自体普段はあまり意識していない。我々もアンテナをはって、彼らが発しているmessageを受け止め、考える機会としたい。

 将来、世界に出てそこでものを言うためには、こういった言語の問題に限ったことではなく、まず自国の事、自国において起こっていることについて認識を深め、自らの見解をもっておくことが大切である。

* * *

 サーミについては、2016年に『サーミの血』という映画が公開されている。こちらも、ぜひ参考にしていただきたい。

 また、アイヌ民族のユーカラ(叙事詩)は、YouTubeでも聞くことができる。

糟谷 肇(かすや はじめ・数学科)

Photo by Ethan Hu on Unsplash

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