gakusi

サラダが好きだけれど肉があってこその話だ。

gakusi

サラダが好きだけれど肉があってこその話だ。

マガジン

  • 頭の隅に溜まった膿を吐き出す箱

最近の記事

  • 固定された記事

種子

同窓会で会ったら彼を問い詰めてやろうと思ってたけれど、彼が来るはずもなかった。 高校時代の彼は親しい友人がいるようには見えなかったし、何の部活に入ってるのかわからない所謂かわいそうな奴だった。背は高いけれどいつも重たい前髪で目が隠れていて表情がわからない。だから顔もあんまり覚えていない。私が今こうして気になっているのももちろん恋愛や友情といった感情とは全く別の類だ。 私は最近になって彼の不思議な行動をしきりに思い返していた。 彼は定期テストで返却された答案用紙をすぐに丸

    • 蝉の一生

       冷蔵庫で冷やしたお茶を水筒に詰め替えた。冷感タオルも首に巻き、寝ている妻を起こさないように静かに玄関の扉を閉めた。朝七時十分、自転車で駅に向かえば余裕を持って会社に間に合う時刻。昨日から気の早い蝉が梅雨にもかかわらず鳴き始めていた。  大人になった今となっては大した意味のない記憶だけれど、この自信無さげな蝉の声は高校時代の私を思い出させた。懐かしいようで、しかし、毎年思い出し、風化しない。肺の底に溜まった一匙の空気。それが鼻に抜けて現れる季節だった。  朝、丸坊主の彼は私の

      • ブロッコリー譚 #同じテーマで小説を書こう

        合理的であることが人間と動物を分ける性質であると思っていたが、そもそも合理的とは何かを考えたことがなかった。私の使うほとんどの合理的は常識的という言葉で置き換えられるように思えた。だとすれば私は私が人間であると言えるのだろうか。 四十を超えても知らないことの多さに愕然とすることは度々だ。その都度正直に学んではいるつもりだが、部下の引きつった微笑みを思い返してみると、私の態度には不遜が満ちていたに違いない。それは役職が上がるにつれて住み着いた私の慢心が原因だっただろう。齢の重

        • 人海にて遭難せり

          「あの人は目が違う。生き生きして、汗をいっぱいかくけど、匂いなんて全然気になんなくて、隣でご飯をいっぱい食べてくれる」 「あの子はお花というよりもお華。あの子と話す男の子達はいつも顔が緊張している。親しくなれば気さくだから、嫌味がなくて私の推し」 「あの人の笑い声は大きくてうるさい。私のつまらない話でも笑うし、あんなに笑顔を振りまいて疲れないのかなって思うけど、仕事で追い詰められてる時もそんな感じだし、それがあの人の自然体なんだと思う」 「新入社員のあの子は素直。ズレた

        • 固定された記事

        マガジン

        • 頭の隅に溜まった膿を吐き出す箱
          5本

        記事

          あなたの番です~マスク二枚編~

          202X年春、政府から一世帯に二枚支給される布マスクがキウンクエ蔵前に届いた。明け方に全戸室のポストに入れられたのだが、住民の起床アラームが鳴る頃にはすでになくなっていた。 今年度の住民会長は飲食店を経営している三十八歳の男性西村だった。彼のお店は、現在、コロナウイルスの影響で先行きが見えない。しかし、マンション内では住民会長という立場でもあるため、その心労は端へ置き、職責を果たすのが当然と考えていた。管理人と話し合い、アルコール除菌液をエントランスに設置するなどの民間単位

          あなたの番です~マスク二枚編~

          ヘタだよ

          ナスとの出会いは正直覚えていない。それほど昔から君はそばにいてくれたよね。 私の両親は君のことを好いていたから、家に招いてよく一緒に食事をしたね。母に飾られた君を見て父はいつも笑顔だった。私たち家族の中心にいて、そっと佇んでいたよね。私たちはいつも君のことを話していたんだ。父は一緒に暮らそうなんてベランダを整理していたけど、養う家族が増えるって責任の重さを感じてやめてしまったんだ。 私はそれに安心した。私は君のことが好きじゃなかったんだ。もちろん君のせいではなくって、おそら

          ヘタだよ

          春の膿

          創作意欲に駆り立てられてパソコンを開くのだけれど、春の朗らかな陽のように退屈で、書くに値しないことだけが頭に浮かぶ。日々違和感を綴ったノートを見返してみても、あの時はとるに足らないことを考えていたという印象のみで、今の私にはなんの感慨も起こさない。 才能の枯渇とはこのことかと、どこかで評価されているような大物の態度を真似たり、いや名人伝かとパソコンの画面をぼんやり眺めたりする。 キャラメルの甘い匂いがあたりに漂い、頭を一層気怠くさせる。 常日頃から大したことは思い浮かば

          春の膿

          他人より自分が魅力的じゃないなんて想像すると憂鬱になる

          「他人より自分が魅力的じゃないなんて想像すると憂鬱になる」 「そうなんだ。なんで?」 「なんでって何?みんなそうでしょ?」 「ううん。そんなこと考えたことなかったよ」 「そうなんだ」 「なんでそんなに人と比べたがるの?」 「別に比べたがってるわけじゃないよ」 「でも比べてんじゃん」 「うん……わかんない」 「誰と比べてるの?」 「えっ、今、道ですれ違ったあの人とか、カフェにいる可愛いあの人にも」 「なんで?」 「なんでかわからないよ」 「そっか」

          他人より自分が魅力的じゃないなんて想像すると憂鬱になる

          自然主義と資本主義とインターネットドラッグによって歯車と化した人類を人間に戻すには倫理観を血管に注入することかもしれない

          『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)で有名なマルクスガブリエル氏へのインタビューを基に刊行された『世界史の針が巻き戻るとき-「新しい実在論」は世界をどう見ているか』(PHP新書)を読んだ。 哲学者でも専門家でもない私の書評に期待されているのは有用性や読みやすさについて、つまり主にメタ的な書評だろう。しかし、だからと言ってそれでは私の個性が表れず、味のないガムのようになってしまう。なので、この本を通して私が理解したこと、考えたことも書こうと思う。 この本はロ

          自然主義と資本主義とインターネットドラッグによって歯車と化した人類を人間に戻すには倫理観を血管に注入することかもしれない

          移り変わる空の色を何色と言えるか

          移り変わる空の色を何色と言えるだろうか。 時刻や天気によって変わるそれは何色でもあり、また何色でもない。 日々対面する有象無象な問題についてもそれと同じ。 経験や状況を考慮して また人の言葉に耳を傾けて 絞り出した答えが 正解のように思えてしまう けれどもそれはきっと ちぎって、くっつけて、ノリで貼って、継ぎ接ぎで 消して、線を引いて、壁で覆い隠した 考えが根底にある。 尊敬を集める立派な人の正解も よくよく聞いてみれば、 曖昧模糊な上に立つ。 遠くの山に積もる雪が冷

          移り変わる空の色を何色と言えるか

          広島に越してきたばかりの私は呉市の広町を知らなかった

           七月の下旬、陽を遮る雲のない快晴な日、私は隠岐の島にある母の実家へ帰省した。そこは電車と船とバスを乗り継いで、移動に半日が潰れるような辺境の土地だ。  数年ぶりに会う祖母は笑顔で私を向かい入れた。噂好きで世話好きな彼女は、私が帰らない数年の間に、何人の親戚がなくなったかを話した。そして「挨拶してきなさい」と言って、すぐに私をお墓へ向かわせた。 川岸での野焼き、サンダルで踏む畦道、蝉の声を貫く狩猟の発砲音。ここの夏は都会より涼しい。私にとっては非日常であるが、自然と共存する人

          広島に越してきたばかりの私は呉市の広町を知らなかった

          若い人が死ぬニュースを聞くといつも悲しくなる

          一日を生きるたびに死ぬ日は近づいている。これは当たり前だけれど、実感することはあまりない。夭折した著名人の年齢をたまに耳にして、あぁ自分はながく生きたなぁと耽るが、寝てしまえば忘れて、あたかも死ぬ日がこないと思いながら今日を過ごしていく。別にそれが悪いことだとは思わないのだけれど。 必ずしも人の死が悲しいわけではない。『人は死ぬとどうなるのかわからない。知る由もないことを無暗に恐れないでいい』『死ぬことは生を受ける前の状態にもどることであり、生きている状態が特異なのだ』など

          若い人が死ぬニュースを聞くといつも悲しくなる

          アカーキイ・アカーキエヴィッチの外套に袖を通して

           秋の催事に関心を奪われている間に冬が顔を出した。読書もせずに、食べて寝てばかりの猫は冬支度を終えている。銀杏がスーパーの陳列棚に並び、小学校の通学路にあったあの匂いを思い出す。久しく嗅いでいない。寒さも深まりジャケットをタンスから引っ張り出した。かび臭い気もしなくはないが、終わりと書かれた乾燥剤の効果を祈るのみ。すべての道はローマに通じ、すべての秋は寂しさに通じると心で苦笑い、枯葉を踏みしめる。  実家から爺さんが使っていたステンカラーコートが送られてきた。以前帰った時に欲

          アカーキイ・アカーキエヴィッチの外套に袖を通して

          笑顔と親切と悪だくみについてベトナムで体験する

          他人任せで謎のバス停に着く  「ハロン湾まではバスしかない。」ハイフォン駅の窓口の女性はそれ以上の説明をしなかった。彼女が暇になるまで待っていたので、私と同じ列車に乗っていた人たちはもういない。彼らはバイクタクシーや家族の迎えで散々していった。その賑わいは土埃だけ残した。駅のロータリーには東南アジアの刺すような日が差している。2017年9月25日、時刻は正午である。  私は周辺の大きなバスターミナルに行こうと決めた。構内を出ると待っていたかのように、1人の小汚いおじさんが近づ

          笑顔と親切と悪だくみについてベトナムで体験する

          舞姫から見る臆病なモーレツ社員

          『上司の命令があれば地球の裏側でも飛んでいくのが、サラリーマンの鏡だ』  私の父はそう言って、仕事に励んでいた。朝早くに出勤し、終電で帰るような生活をしていた父は幼かった兄に「今度はいつくるの?」と言われたらしい。私が小学生になったころ、彼は単身赴任で日本中を飛び回っていた。いわゆる家族との時間を犠牲にして仕事に精を出していたのだ。私が生まれてから大学を卒業する間で父と過ごした時間は5年もないだろう。    森鴎外の『舞姫』は、ドイツに留学していた日本人が、現地の貧乏な少女

          舞姫から見る臆病なモーレツ社員

          階段の降り方は人となりを表す

          階段では足を下に運ぶ度に、靴が段を叩き、音が打ち鳴らされる。そのリズムと音色に、その人の内在的な感情が現れてしまう。 大抵の人は階段を降りる際、4拍子のリズムを奏でる。 『トン タン タン タン トン タン タン タン』となる。ただの一定のリズムに聞こえるかもしれないが、聞く人が違えばその音の中に様々な表現が含んでいることがわかる。 この4拍子には、自然に生かされているという謙虚さ、他者への愛、生活に必要な食事と住居、慎ましくも日々満ち足りた生活という4つの事が表現されてい

          階段の降り方は人となりを表す