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小学校シャーペン禁止の実態と理由【シャーペンの教育学①】

 小学校の謎ルールとしてよく挙げられる「シャーペン禁止」。特に法律や学習指導要領などで定められた決まりではありませんが、大多数の小学校で児童がシャープペンシルを用いることを禁止しています。
 身近な存在でありながら、なぜ学校での使用が禁止なのか、なぜ鉛筆を用いるかといったことを整理した公的な文書は存在しないようです。
 本記事含め4本に分けて「シャーペン禁止」の実態や歴史を整理していきます。学校教育での「決まり」というものを考えるきっかけになればと思います。


1.小学校では9割方使えないシャーペン

 シャーペンの使用禁止はそれぞれの教員、あるいは学校の判断で行われており、特に国レベルの決まりはありません。
 実際、全ての小学校がシャーペンを禁止しているわけではありません。2017年に全国の小学校学級担任1185名が回答した調査では、96.7%の教員がシャープペンシルの使用を禁止していると回答しました(文献①)。なお、同調査では学年による有意差はありませんでした(文献②)。
 また、文具メーカーゼブラが2015年に行った小学生の保護者300名対象の調査では、子どもが学校でシャープペンシル使っていると回答した割合は8.6%でした(文献③)。なおこの調査では学校が許可しているかは不明です。いずれにしても、9割以上の小学生が学校でのシャーペン使用が禁止されているようです。
 法律的な縛りもないのに大多数が禁止という方針を取っていますが、誰が各学校のシャーペンの取り扱いを決めているのでしょうか。これは、各学校または先生が個別に判断しているようです。
 書写関連の研究会に所属する小学校教員153名を対象とした調査(2005)では、「学校全体でできるだけ使用しないようにさせている」が最も多く全体の1/3、「担任の判断に任せている」が僅差で続き、「学年によって異なっている」「特に何もしていない」「学校全体で全面的に使用を禁止している」という順番だったと記されています(文献④)。つまり、学校全体で決めるか、各学級で担任の先生が独自に決めるのが主で、学年団で決める場合もあるようです。一学校を超えた教育委員会レベルなどでの規則制定は見たことがありません。ただ、実際には、同じ学校の同じ学年で使用できるクラスとできないクラスが生まれると不満は出そうなので、担任ごとの判断であっても、大体禁止という暗黙の了解がある中でという感じはします。

2.禁止の理由 おもちゃ・筆記性・高価…?

 では、どのような理由でシャーペンを使ってはいけないのでしょうか。統一した見解はなく、様々な理由が挙げられています。
 先ほどの教員調査(2005)では禁止の理由も尋ねており、芯が「折れやすい」が最も多い回答でした。ほかの理由として「薄い」「字が小さい」といった文字の書きやすさ・読みやすさに関する点、「指導法がわからない」「教科書に記載されていない」といった使い方を指導できないという点、「手遊びになる」点などが挙げられています(文献④)。
 他の文献でも、適切な筆圧が掛けられないことや、筆記具の正しい持ち方が身につかないこと、分解組み立てに夢中になって授業に集中できないこと、盗難されることなど様々な説明がなされています(文献⑤p.82)。
 
 本記事では主な指摘を4点にまとめます。
 1つ目は「おもちゃになる」という指摘です。シャーペンに限らず、学習に集中できなくなるという理由で「ロケット鉛筆」など玩具的な文房具の持ち込みが禁止されることはよくあります。ただし、通常の鉛筆や消しゴムであっても、子どもは「消しゴムとばし」など玩具的な使用法を次々と見出していくものです(文献⑥)。小学校の先生はこうした遊びをどこまで禁止するか・黙認するかという判断が求められます。そもそもが玩具的な文房具はもちろん、遊ぶ可能性を高める文房具は禁止を前提としたいという考えになりやすいです。
 2つ目は「壊れやすい」という指摘です。鉛筆と異なり、シャーペンはいくつかの部品に分解可能です。先述したようにおもちゃになって故意に分解してしまうこともありますし、正常に使用していても壊れて使用不能になる可能性は鉛筆より高いです。

 3つ目は「書きづらい」「芯が折れやすい」「書き方が身に付かない」という指摘です。しかし、書きづらい・芯が折れやすいという点については、芯が太いシャーペンや、機能的に芯が折れにくいシャーペンもあり禁止の理由に成り得ないという指摘もあります(文献⑥)。様々な種類や機能のシャーペンがあることもはや周知の事実です。例えばパイロットのドクターグリップは1991年から、三菱鉛筆のクルトガは2008年から発売されています。ただし、どの発達段階・年齢から適切に用いることができるかはわかっていません。
 また、同じ小学校でもノートのマス目の大きさは学年で変化するのに、鉛筆しか使えない点は変化しないのは不適切ではないかという指摘もあります(文献⑦)。現状シャーペンが禁止されていない、つまり適切に用いることができると判断されている中学生でも、極端に薄い字など自身に合った筆記具を選べていない生徒もいます。(学校での筆記具の使用法の指導という点については、別記事で解説します)
 4つ目は「盗難にあう」「高価」という指摘です。高価という印象は、現在の高機能シャーペンもありますが、1960年代にシャーペンが比較的高価なものだった頃の名残もあると思われます(シャーペンの歴史は別記事で解説します)。確かに他の学用品に比べて紛失しやすさはありそうですが、盗難は他の学用品でも起こり得ることです。

3.説明がないと不信感が生まれる ~考えてないと説明できない~

 学年などによっても検討は必要ですが、上述した指摘の中には妥当なものもあり、個人的にはシャーペン禁止という決まりは特に低学年では著しく不適切とは思いません。ただし、高学年になれば自らに合った筆記具を選んでいくことが大切と思います。(詳しくは次回の記事で扱います。)
 しかし、多くの先生が禁止の理由を子どもに説明してこなかった結果として、シャーペン禁止は2020年国会(文献⑧)において「一般的に世の中に対して合理的な説明ができないであろうルール」として、「ブラック校則」の一例に挙げられるほどの定番理不尽ルールになってしまいました。
 シャーペン禁止の決まりは、明文化されるにしても不文律であるにしても、説明を全くしなかったり、ただシャーペンはよくないの一点張りで済まされたりしています(文献⑦)。これでは、削りの手間が省けるなど筆記具として大きな利点を持つシャーペンを使えないことに納得いかないのも当然です。
 教員側としては、説明可能な理由があるなら堂々と説明すべきですし、理由なく前例踏襲で決まりとしているなら、撤廃も含めてよく考えなければいけません。また、今なおそれぞれの解釈で禁止とされ続けてこうした現状となっているので、シャーペンを学校教育にどう位置づけるかある程度国レベルの指針が必要かもしれません。
 次回は、現在の学習指導要領における筆記具の扱いを見ていきます。(こちら

【参考文献】

①片岡倫崇「小学校における指導方法の実態に関する研究」『教育学研究紀要』63、pp.372-377、2017年
②片岡倫崇「小学校教員の指導方法に関する社会学的研究 ー学級活動と授業に着目してー」『日本教育社会学会大会発表要旨集録』70、pp.268-269、2018年
③ゼブラ株式会社「小学生のシャープペン使用実態調査」2015年:https://www.zebra.co.jp/press/news/2015/1222_2.html(参照 2023年3月8日).
④鳥宮暁秀・杉崎哲子「シャープペンシル指導の体系化への提言」『静岡大学教育学部研究報告 教科教育学篇』36、pp.41-52、2005年
⑤高畑正幸『文房具語辞典:文房具にまつわる言葉をイラストと豆知識でカリカリと読み解く』誠文堂新光社、2020年
⑥寺田香奈子「学校教育における文具と玩具の境界線」奈良女子大学文学部人文社会学科文化メディア学コース編『文房具―ぶんぐ大学への招待―』pp.28-34、2013年
⑦三舩千瑛子「小学生のシャープペンシル使用禁止ルールについて~文具の調和を考える~」『文具に関する論考と企画:奈良女子大学文具ゼミ 2020』pp.1-9、2020年
⑧中谷一馬「ブラック校則に関する質問主意書」令和二年九月十六日提出質問第五号(第202回国会)

・中山協「次世代シャープペン『クルトガ』」『日本機械学会誌』112(1093)、pp.964-965、2009年

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