自己紹介を難しいと思っていい ~学校の第一関門~【教育学】
入学や新学年、4月は自己紹介をする場面が多数あります。苦手だ・苦痛だと感じる人もいるでしょう。また、自己紹介カードやプロフィール帳など紙に書く形で自己紹介し、教室の後ろに掲示されることもあります(文献①)。「まずは自己紹介してください」とあっさりこなして当然のように行われるため、苦手な自分はおかしいのではと思う人もいるかもしれません。
まず、自己紹介が苦手なこと・難しく感じることは、決して珍しくありません。私個人の経験ですが、二十才くらいの学生に尋ねても、自己紹介に対して難しさを感じていない学生の方が少ないです。おおよそ4分の1くらいの人は強い苦手意識を持っています。色々な経験をしてきた学生でも苦手な人は沢山いるので、経験の少ない小中学生ならなおさら難しいでしょう。
苦手な理由も、話すことが苦手だったり自分に自信がなかったりと様々で、準備できれば平気な人もそうでない人もいます。いずれにしても、不安や苦手意識を持っている自分を責める必要はない、ということははっきり述べておきます。
この記事では、自己紹介についてどの点が難しいのか・そもそも自己紹介の目的とは何か、などを解説していきます。以下の内容が、自己紹介が苦手な方にとっては不安を少しでも対処しやすいものにする、そうでない方や教える立場の方にとってはどんな配慮をすればよいか知る手がかりになれば幸いです。
1.他者に伝え、他者を知る自己紹介
自己紹介の場は、自分を伝える場であり、他者を知る場でもあります。苦手な人は自分が何を話すかで精一杯になりがちですが、他者の話を聞く場面でもあります。
学校での自己紹介の目的は大きく2つです。1つは人間関係を深めて学び合える学級集団をつくることです(文献②pp.113-114)。これからの学習に備えて、一緒に学ぶ人々との関係性を築くべきとされています。
もう1つは人間関係を築く能力を高めることです。仕事・地域・趣味など、社会で新たに人との関係を築く機会は多数あり、いかに自己を伝えるかは社会で生きる上で避けることのできない課題です。学校での自己紹介はその練習という側面もあります。
しかし、苦手な人にとっては「相互に理解し合えた方がいいのはわかっている、それが難しいんだ」と思うかもしれません。こうした活動はどんな点が難しいのか考慮されることはあまりありません。以下、自己紹介の難しい点を解説していきます。
2.趣味は難しい
自己紹介の苦手な理由で多いのは、他者に伝えるような自己がないという自信のなさです。例えば、趣味がないことで悩む人は少なくありません。
実は無趣味は珍しくありません。成人に対するアンケート(※1)では「自分は無趣味である」にあてはまると回答した人は2020年調査で26.2%いました。4分の1くらいの人は自分に趣味がないと捉えているのです。大人でもそうなのですから、ましてや色々な物事をこれから見ていく段階の子どもに趣味がなくても全くおかしくありません。
ただし、趣味がほしいという気持ちがあれば、それは大切にしていいと思います。他の人が好きなことに触れてみる、自分の中の好きなことのハードルを下げて、少しでもよいと思ったら継続して触れてみることで色々な経験が得られるでしょう。
趣味は個性の代表格に思えますが、趣味は個人の考え方だけでは決まりません。主観だけでなく、社会的条件で生じるものでもあり、学習の産物でもあります(文献③)。つまり、趣味は育った家庭環境や地域、周りの人々などによって大きく変わります。例えば、近くに美術館があれば美術が好きになる確率は高まります。私であれば、大学時代PS4を持っていた友人の家でよく遊んでいたことから様々なゲームをするようになりました。進学や就職など環境の変化で趣味は変わることもありますし、新たにできることもあります。
また、趣味のある人でも伝えづらい内容もあるでしょう。友人関係においてもこの趣味はこの人たちには出す、この人たちにはあまり出さないと使い分けることはよくあります(文献④)。一方で、学校は新たな友人関係を築く機会でもあり、一緒に楽しめる人を見つけられる可能性もあります。表現したい・したくないのせめぎ合いになるのも自然なことです。なんとなく友人になってからいつのまにか影響されて同じ趣味ということもよくあるので、自己紹介が唯一の機会と気負うことはありません。
3.一発では伝えられない、見えない
「緊張する」や「伝えるのが下手」なども自己紹介が苦手な理由で多いです。自分のことを他者にどの程度伝えるのか「自己開示」とは難しいものです。
「話題を間違えた」とか「話過ぎて引かれた」という失敗経験を持つ人も多いでしょう。自己開示はどの範囲まで話すのか「広がり(breadth)」と、どのくらい深く話すのか「深さ(depth)」の2つの次元があり、一般に関係が深くなるほど強まります(文献⑤)。場所や文化によって適切な度合いは異なり、不適切な自己開示は相手に否定的な印象を与えてしまう恐れもあります(文献⑥p.124)。
特に初対面の自己開示となる自己紹介は難しいです。人間は初対面の人=未知の存在は不安です。相手の自己開示で何者か分かることで不安が解消されることもありますが、逆に危険と判断することもあります。同じ内容でも聞く側の解釈は一様ではなく、自己開示にはマイナス印象を与えるリスクが伴います(文献⑦p.51)。
1対1でも難しいですが、学級での自己紹介は多くの場合1対30以上になります。全員に対して好印象な自己紹介というのは無理な話です。むしろ、伝わらなくて当然という認識でよいでしょう。教員も一回で子どもを理解できるとか、クラスの相互理解が深まるとはおそらく考えていません。自己紹介は数あるきっかけの一つに過ぎません。
社会で生きる上で、他者から自分がどのように見られているのか・評価されているのか気になるものです。しかし、自分がどう見えているかを他者に直接に尋ねることは難しく、聞いたとしても確信を得られるものではありません。そのため、他者からどう見られているかの認識は実際とズレてしまいがちです(文献⑧pp.53-54)。特に不安を感じやすい人は悪い方に考えがちで、教室での自己紹介を分析した研究では、緊張を感じる人の方が聞いている人に自分の緊張が伝わったと思う傾向が強いという結果が示されています(同p.57)。
苦手な人ほど「失敗した」と後々まで引きずってしまいがちですが、自分が思うほど他者は気にしていないものです。また、「話過ぎて引かれた」と本人は思っても、認識がズレていて実は面白かったと思っている人もいるかもしれません。
4.ソーシャルスキルを学んでいる途中
人間関係を築くなど社会で生活する能力のことをソーシャルスキルと呼ぶことがあります。自己紹介は、それ自体がソーシャルスキルであるとともに(※2)、それを鍛える方法(SST:ソーシャルスキルトレーニング)としても捉えられています(※3)。
もちろん、大人同士の関わりであっても自己紹介が苦手な人も認められるべきですが、特に子どもはソーシャルスキルを身につけている途中です。学校においては失敗も価値ある経験と伝えることと、失敗しても大丈夫という雰囲気をつくることが大切になります。
また、自己紹介は自らが話すことのみに焦点が当たりがちですが、聞く側の態度も大切です。失敗をからかうような言動は、自己紹介した側を傷つけることにもなりますし、それ自体がソーシャルスキルの1つ聞くことの課題でもあり、注意する必要があります。ただし、聞くこともまた学んでいる途中であることも忘れてはいけません。
なお、こうしたソーシャルスキルは正規の教育課程の中には組み込まれておらず、全ての教員が意識してはいません。「初対面だから自己紹介するよね」と子どもが教育段階であることをあまり考えず、教育ではなくただコミュニケーションとして自己紹介させている場合もあるでしょう。
まだ成長段階であることを考慮して、上述してきた難しさや失敗してもいいことをしっかり伝えるべきです。
5.アイスブレイクの工夫は最大の障壁になりえる
学校ではゲーム形式の自己紹介が行われることもあります。誕生日で並んだり、ハイタッチをしたり、じゃんけんしたり、やたらと動きのある活動にうんざりした経験を持つ人もいるでしょう。
こうした活動はアイスブレイクという初対面の人々の緊張をほぐすために導入される活動です。緊張をほぐすこと、円滑にコミュニケーションできる関係を構築すること、思考を活性化することの3点が目的とされます(文献⑨p205)。ゲーム形式で楽しみながら相手のことも知って関係をつくろう、ということです。
しかし、当然ながらゲーム形式にすれば必ず楽しいわけではありません。大学の授業におけるアイスブレイクの研究でも、学生が形式になれていない時は「かえって学生を戸惑わせ,場の空気を硬化させてしまう事もある」と指摘されています(同p.210)。おそらく、その頻度はアイスブレイクを導入する側が考えるよりもずっと多いです。
安易に実施すると「関係ないことしてないでさっさと授業に入れよ」と意欲を削ぎかねません。後の活動をより効果的にするためのアイスブレイクにもかかわらず本末転倒です。「アイスブレイクのみで独立して考えられるべきではなく」授業全体として意味あるものでないと効果的にはなりません(同p.210)。
ゲーム形式の活動が楽しくなかった、うまくいかなかったとしても「自分のコミュニケーションはダメだ」と思う必要はありません。そもそもそのやり方自体が不適切だった、ということはよくあります。
おわりに 「難しいよね」の一言
プロフィール帳を楽しく書いて交換する子どもばかりではありません。私自身子どもの時、自己紹介は書くのも話すのもとても嫌でした。
本記事の主張は難しいから学校の自己紹介を無くそうではなく、「自己紹介なんてできて当たり前」という配慮のなさに注意してほしいということです。教育の場は傷つける危険もありますが、受けとめるチャンスでもあります。「難しいよね」「悩むことあるよね」とわかってくれる大人がいるだけでも支えになります。個人だけでなく全体にその配慮を示すことで、苦手な人に配慮できる子どもが増える好循環にもつながります。
自己紹介に不安や苦手意識を持っている自分を責める必要はない、という認識が少しでも多くの人に広まればと思います。
※1 博報堂生活総合研究所「生活定点」。2020年調査は20-69才の男女2597人に訪問留置法で行われた。1992年から2020年まで隔年実施の調査データがHPで公開されている。https://seikatsusoken.jp/teiten/ (参照 2022年4月9日)
なお、「無趣味である」の割合は1998年の同調査でも25.6%であった。
※2 例えば、小林(2015)では、自己紹介が「基本的なかかわりスキル」として位置づけられている(文献⑩)。また、学校適応感の向上を目指した実践では児童に指導するソーシャルスキルとして「自己紹介」SSと「上手な聴き方」SSの2つを設定している(文献⑪p.22)
※3 児童の学校・学級への適応を目的としてSSTの手法を取り入れる事例も多数ある(文献⑫p.92)。
【参考文献】
①西大介「学習意欲や活動意欲を高める授業づくりの工夫 ―子どもの実態に合った教材の開発と活用を通して―」『愛知教育大学教育実践研究科(教職大学院)修了報告論集』3、pp. 31–40、2012年
②上地幸市「関わりを深める各種の自己紹介法の効果について : 学び合い、高め合う学級集団づくりを目指して」『沖縄大学人文学部紀要』18、pp. 113–118、2016年
③片岡栄美『趣味の社会学 文化・階層・ジェンダー』青弓社、2019年
④山口晶子「大学生の趣味とキャンパスライフ─ オタク趣味に関する女子学生へのインタビュー調査から─」『e Basis 武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要』5、pp. 119–135、2015年
⑤P. C. Cozby「Self-disclosure: a literature review」『Psychological bulletin』792、pp. 73-91、1973年
⑥全鍾美「初対面の相手に対する自己開示の日韓対照研究:内容の分類からみる自己開示の特徴」『社会言語科学』131、pp. 123–135、2010年
⑦岡本佐智子「日本人の自己紹介における自己開示」『北海道文教大学論集』7、pp. 51–63、2006年
⑧遠藤由美「自己紹介場面での緊張と透明性錯覚」『実験社会心理学研究』461、pp. 53–62、2007年
⑨佐藤智子「アクティブ・ラーニング型授業におけるアイスブレイクの意義と方法」『東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要』5、pp. 203–212、2019年
⑩小林正幸『先生のためのやさしいソーシャルスキル教育』ほんの森出版、2005年
⑪山本博樹「児童の行動変容と学校適応感の向上を目指した教育実践-PBIS の取組を中心に」『奈良教育大学教職大学院研究紀要 「学校教育実践研究」』12、pp. 21–30、2020年
⑫堀部要子「小学校におけるクラスワイドソーシャルスキルトレーニングの導入方法の検討:全校体制での継続的な短時間 SST 実践の効果の分析を通して」『人間発達学研究』9、pp. 91–102、2018年
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