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020.『撤退の農村計画 過疎地域からはじまる戦略的再編』林直樹・齋藤晋 編著

5367帯

“ ―― 若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住などによって人口を維持することこそ正攻法である。希望にあふれた事例もある。とはいえ明らかに何かが足りない。それらだけですべてを守りきることはむずかしい “

人口減少社会において、すべての集落を現地で維持するのは不可能に近い。崩壊を放置するのではなく、十分な支援も出来ないまま何がなんでも持続を求めるのでもなく、一選択肢として計画的な移転を提案したい。住民の生活と共同体を守り、環境の持続性を高めるために、どのように撤退を進め、土地を管理すればよいかを示す。


●はじめに

1 本書の特徴

本書は過疎地における「むらづくり」のたたき台のひとつである。本書のタイトル、「撤退の農村計画」はずいぶんと過激なものである。それにもかかわらず本書を手に取ったかたは、今の過疎地、過疎地対策に漠然とした閉そく感をお持ちのかたではないだろうか。

確かに都市に住んでいる人の目は農山村にむかっている。むろん、これは望ましいことである。若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住などによって人口を維持することこそ正攻法である。希望にあふれた事例もある。とはいえ明らかに何かが足りない。それらだけですべてを守りきることはむずかしい。人口を維持することができない集落はどうすればよいのか。答えはなかなか見つからない。結局、次世代に荒れた山野と膨大な借金(国債など)を残すことになるのではないか。

本書は、そのような閉そく感を打ち破るものである。どちらかといえば、「若い世帯の農村移住などで人口を維持することができない集落」が主人公である。国土利用再編の戦略にも言及する。本書では、「集落移転」など、これまでの感覚であれば「ありえない」とされるものも選択肢のひとつとして登場する。「強制移住ではないか」「住んでいる人の気持ちを踏みにじっている」「机上の空論である」「過疎地の切り捨て」「経済至上主義」といった批判が考えられる。しかし本書を順に読み進めていただければ、それらは必ず解消すると確信している。ほかにも、「荒れた人工林を自然林に」「放棄された水田を放牧地に」など、これまでの感覚であれば、「ちょっと待った」とされるものが登場する。本書をたたき台として、集落のみなさんで大いに議論を進めてほしい。

本書における「撤退(積極的な撤退)」は、長い時間軸でみれば、力を温存するための一時的な後退である。むしろ、「攻め」の一環といってもよい。本書を読み終えたときには、過疎地の希望のある未来が想像できるはずである。


2 本書の構成

第1章では過疎地の現状について説明する。現状については十分に知っているというかたは、第2章から読みはじめてもほとんど問題はない。第2章では過疎地の問題が一見無関係にみえる多くの国民にも深刻な被害をもたらすことを示す。田畑の消滅、文化の消滅、二次的自然の消滅である。2・4では財政の悪化についても言及する。第3章では従来型の対策では、すべてを守りきることがむずかしいことを説明する。若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住を取り上げる。なお、この章の目的は従来型の対策そのものを否定することではない。

第4章からは「積極的な撤退」という新しい戦略の説明である。あえて一口でいえば、「進むべきは進む。一方、引くべきは少し引いて確実に守る」という戦略である。確固たる将来像もなく、なりゆきまかせで、ずるずると撤退することではない。4・1では基本的な方針を示す。ここは絶対に読み飛ばさないでほしい。「積極的な撤退」で、もっとも意見がわかれるところは「集落移転」であろう。4・2から4・4では、過去の事例から集落移転の是非を検討する。なお、「積極的な撤退」を批判的な視点も含めて、学問の面からみたものが「撤退の農村計画」である。

第5章と第6章では、「積極的な撤退」をイメージするためのラフスケッチを提供する。第5章は集落移転、山あいの文化を守るための拠点集落の話、第6章は田畑や山林、道路網の話である。目に見えにくい問題、すなわち土地の所有権の問題も取り上げる。なお、田畑や山林は気候などの影響を強く受ける。本書の提案にこだわらず、状況に応じて適宜改良してほしい(特に北海道など)。

第7章は「積極的な撤退」への道のり、さらなる拡張の話である。7・1では「集落診断士」という新たな職能の確立を提案する。7・2では「流域」という視点を取り上げる。7・3では時間軸を延長する(100年先へ)。「積極的な撤退」が希望ある未来にむけてのプロセスのひとつであることを説明する。誇りの再建といったメンタルな問題にも言及する。

3 高齢者と次世代を担う子どもたちのために

わたしは仕事柄、多くの「ごくふつう」の過疎地を訪問した。病気がちになった高齢者から、ぽつりぽつりと集落を離れる。これは、とてもさびしいことである。「(病気がちになって)施設や都市部の子どもの家に行ったら、人生おしまい」という過疎地の高齢者の言葉もわすれられない。緑豊かな山あいから土のないコンクリートの都市へ。まわりに友人はいない。これがどれだけ高齢者の心を痛めるか。わたしは限られた税収(財政)のなかで、過疎地のひとりひとりの「笑顔」を守りたい。
わたしは以前、小学生に理科を教えていた。今でも研究中にふと子どもたちの「笑顔」を思い出す。次世代を担う子どもたちには、借金(国債など)ではなく、豊かな自然とその恵みを利用する技術を残したい。石油や食料の大量輸入がむずかしくなった場合のそなえとして。

2010年7月吉日 林 直樹


●書籍目次

第1章 過疎集落の現状……林 直樹

1・1 過疎集落の家・田畑・山林
1・2 過疎集落の生活交通
1・3 過疎集落に残っている高齢者の生活

第2章 予想される国の将来

2・1 田畑の消滅……齋藤 晋
2・2 地域固有の文化の消滅―山村における生業を中心に……永松 敦
2・3 地域固有の二次的自然の消滅……東 淳樹
2・4 誰も望まない「消極的な撤退」……林 直樹

第3章 すべてを守りきることができるか

3・1 若い世帯の農村移住は簡単ではない……西村俊昭
3・2 定年帰農とその限界……林 直樹
3・3 二地域居住の限界……林 直樹

第4章 積極的な撤退と集落移転

4・1 積極的な撤退の基礎……林 直樹
4・2 仮設住宅の入居方法に学ぶ集落移転……山崎 亮
4・3 歴史に学ぶ集落移転の評価と課題……前川英城
4・4 平成の集落移転から学ぶ……齋藤 晋

第5章 積極的な撤退のラフスケッチ─生活編

5・1 高齢者が安心して楽しく生活できる……林 直樹
5・2 救急医療から考える移転先……江原 朗
5・3 いつどこへ引っ越すのか……林 直樹
5・4 あえて引っ越ししない「種火集落」で山あいの文化を守る……林 直樹・前川英城

第6章 積極的な撤退のラフスケッチ─土地編

6・1 土地などの所有権・利用権を整理……村上徹也
6・2 田畑管理の粗放化……大西 郁
6・3 選択と集中で中山間地域の二次的自然を保全する……一ノ瀬友博
6・4 森林の管理を変える……福澤加里部・大平 裕
6・5 森林の野生動物の管理を変える……江成広斗
6・6 道路などの撤収・管理の簡素化とその効果……林 直樹

第7章 積極的な撤退と地域の持続性

7・1 何を頼りによしあしを判断するのか……林 直樹・山崎 亮
7・2 流域とは何か……前田滋哉
7・3 撤退は敗北ではない……林 直樹


●おわりに

この本では「撤退の農村計画」と題して、過疎地域を起点とした人口減少時代の国土の戦略的再編の可能性について、様々な角度から論じてきた。最後に、この本の土台となった共同研究会と、その重要な特徴、そして「次の一歩」について述べておきたい。

4年前の2006年5月に、私たちは、「撤退の農村計画」という名の共同研究会を立ち上げた。当時、過疎地域の対策として、人口増加を前提としたような「活性化」しか論じられない状況に疑問を呈する思いで始めた。なりゆきまかせの衰退である「消極的な撤退」と相対するかたちで「積極的な撤退」という概念を打ち出し、研究や討論を始めたが、「撤退」という過激な名前のためか風当たりも強かった。
そのようななか、研究会のメンバーは過去の研究成果や事例の収集、現地踏査などを積極的に進めた。時に新聞や雑誌で紹介されたこともあった。それらが奏功してか、年を追うごとに、「積極的な撤退」への風当たりは弱くなったように思う。

この共同研究会の重要な特徴はネット上の情報共有・討論の場である。「積極的な撤退」を実践にたえるものに仕上げるためには、研究者だけでなく、行政機関や民間企業の実務者、さらには実際に農村に暮らし農業に従事する人など、多様な視点が不可欠である。メンバーがどこにいても話し合いに参加できる場が必要である。そこでオープンソースのブログソフトウェアであるWordPressをベースに、「ネット上の情報共有・討論の場」を開発し、運用を続けてきた。この本の土台のひとつはこのシステムにあると、開発・運用担当でもある私は自負している。

この本は「議論・研究の終点」ではなく「出発点」である。このままでは、実践にたえることはできない。私たちは読者のみなさまとともに、「次の一歩」を踏み出したいと考えている。いわば「開かれた本」でありたいと思う。共同研究会「撤退の農村計画」のウェブサイトにこの本についての意見交換の場を設置するので、ぜひ参加してほしい(ご入場の際は、この「あとがき」の最後に記したパスワードが必要)。
また、この本に関する討論のみにあきたらず、共同研究会に参加したいという方は、ウェブサイトのなかの「はじめての方へ」に、その手順が記してあるので、そちらを見てほしい。研究といっても、決して堅苦しいものではない。気楽な意見交換と考えてほしい。

この本の出版にご尽力くださった学芸出版社の前田裕資氏と中木保代氏に心から御礼を申し上げる次第である。共同研究会のメンバーの方々にもこの場を借りて御礼申し上げたい。なかでも小田切徳美氏、須之部薫氏、竹井俊一氏、藤田薫二氏、前川恵美子氏、松田紗恵子氏、松田裕之氏、吉田桂子氏、若菜千穂氏、渡邉敬逸氏に感謝する。また、澤田雅浩氏にも感謝する。

現在の社会は決して楽観できる状況とはいえないが、この本が国土の戦略的再編の礎となり、未来の日本国民の憂いができる限り少なくなることを、編者のひとりとして心から願ってやまない。

2010年7月吉日 齋藤 晋


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『撤退の農村計画 過疎地域からはじまる戦略的再編』林直樹・齋藤晋 編著

体 裁 A5・208頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2489-0
発行日 2010/08/30
装 丁 コシダアート



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