見出し画像

016.『小さな空間から都市をプランニングする』 武田重昭・佐久間康富・阿部大輔・杉崎和久 編著


画像1

“ ―― どれほど個別の空間がよくなっても、それによって都市の全体がよくなったと実感できることはそう多くはない “

いま、都市に求められるのは、敷地やエリアに現れた価値を都市全体の魅力へとつなぐためのプランニングだ。16の都市空間における空間的技法と計画的思考の実践から、空間と都市が相互に高め合う関係を読み解き、成長を梃子としていた都市計画を再構築することで、改めて都市の未来に期待を寄せるための10の方法を提案する。

●はじめに なぜ小さな空間から都市をプランニングするのか

小さな空間のリアリティ

都市への多様なアプローチによって魅力的な空間が増えてきた。プレイスメイキングやタクティカル・アーバニズムといった空間の質に働きかける試みや、エリアマネジメントやリノベーションまちづくりなどのエリアで空間を管理運営する仕組みによって、個々の空間の質が高められ、うまくマネジメントされはじめている。都市にある小さな空間の一つひとつが魅力を持ち、私たちの暮らしに豊かな時間をもたらしてくれているという実感がある。

大きな都市のつくり方

このような小さな空間の実感は、そこに身をおいたときには確かなものである。しかし、断片的な体験だけでなく、都市でのトータルな暮らしの豊かさや充実感を得るには、それだけでは不十分だ。私たちは目の前の小さな空間にはリアルな魅力を感じている一方で、大きな都市の存在は遠く見えにくいものになり、不信や諦めを感じてしまっているのではないだろうか。
人口減少や低成長の時代のなかで社会の先行きが不透明になっていることに加え、加速するボーダレス化やAI技術の進展などは、これまでの社会の常識を大きく覆す可能性を示しはじめており、都市の未来を描くことはますます難しくなっている。また、オリンピックや万博といったイベントによって都市を盛り上げようとする動きには、一過性の賑わいは期待できたとしても、それが終わった後の暮らしがどうよくなるのかといった持続的な変化には、なかなか具体的なイメージを持つことができない。私たちは実感として捉えられる範囲の空間と時間のなかでしか、前向きな夢や希望を持つことができなくなってしまっている。
そもそも、都市は何もないところからつくり出すものではなくなった。都市への多様なアプローチによって、すでにある空間をつくり変え、再生するといった地に足の着いた方法で、都市は断続的に改変されている。このような現実のなかで、固定的なマスタープランとして都市の将来像を描き、それに従ってパーツをあてはめていくような計画の手法では、もはや都市の変化に夢や希望を持つことはできない。一方で、トップダウンの計画や対症療法的な開発に対抗するために生まれたはずのまちづくりの手法でも、出口の見えない取り組みを続けていくことに対する疲弊や限界が見えはじめている地域も少なくない。

小さな空間の価値を大きな都市へつなぐ

では私たちは、どうすれば都市の未来に期待を寄せることができるのだろうか。個別の小さな空間をつくり変えることで、その空間にあらたな価値を生み出す実践は十分に成果をあげている。しかし、どれほど個別の空間がよくなっても、それによって都市の全体がよくなったと実感できることはそう多くはない。できる範囲で部分だけをよくしていけば、よい全体ができあがるというものではない。一方で、部分のすべてが全体に従い、全体が部分を統括している状態が魅力的だとはまったく思えない。全体にルールの網を張って部分をコントロールすることがよい全体をつくることではない。私たちが次に目指すのは、小さな空間の価値を大きな都市へつなげていくことではないだろうか。小さな空間と大きな都市が相互に魅力を高め合う工夫や、小さなアクションの積み重ねが大きな変化を生むように編集していくことが求められている。
空間の価値が敷地やエリア内に閉じていて、そこに身をおいている時にしかその効果を享受できないのではもったいないし、都市の魅力が増しているとは言いがたい。その空間だけがよければいいという競争や搾取の論理だけでは、都市の魅力を生み出すどころか、反対に都市を消費してしまいかねない。これは時間の考え方でも同じだ。いまだけよければいいという考え方ではなく、長い時間のなかでより適切な空間の活かし方を検討していかなければ、都市の魅力が蓄積されることはない。
都市とは、単なる空間の寄せ集めでも、細切れの時間の集積でもない。空間と時間が脈々と連なってつくる全体としての価値を有するもののはずである。そこにはじめて都市性が生まれ、文化や歴史といった社会の重みが育まれていくのだ。いまの都市には、このような積み重ねを感じることができる空間が少ない。もちろん、このような都市性はアプリオリなものではないし、一朝一夕に築けるものでもない。私たちにできるのは、やはり目の前にある小さな空間を変えていくことだけである。しかし、そのつくり方を少し変えてやることで、都市全体としての魅力をつくることが可能になるはずだ。

いま、都市にプランニングが必要だ

わたしたち“都市空間のつくり方研究会”は、日本都市計画学会の社会連携交流組織として、このような認識のもと、実際に都市に大きな影響を与えている小さな空間についてのスタディを重ねてきた。多くの空間を実際に歩き、その空間に携わった方々との議論を経て、私たちはいま、「小さな空間から都市をプランニングする」ことが必要だと確信している。プランニングとは、従来の全体性からはじめる手法とは異なり、都市の部分と全体とのつながりをはっきりと感じられるもの、目に見えるものにしていくプロセスのことである。つまり、小さな空間のつくり方を変えることで、都市を計画する手法である。
本書はこれまでの研究会の成果を取りまとめたものである。1章は、思考の起点となっている16の小さな空間のスタディである。その空間の魅力とは何なのか、それはどのようにつくられたのか、という二つの視点から各空間を分析している。続く2章では、都市をプランニングするということの意味を解説している。〈プランニングマインド〉と〈デザインスキーム〉という視点を設定し、これらを含んだ総合的な都市へのアプローチの構図がプランニングであることを示している。最後に3章では、これらの成果を踏まえて、空間・時間・共感の視点から都市をプランニングする10の方法を提案した。
本書が提示する都市のプランニングとは、はじめから都市の全体を理論で構築するのではなく、具体的な空間での解を重ねた先に都市の全体を彷彿とさせるような方法である。目に見えた成果をあげつつある小さな空間のつくり方をさらに変えることで、大きな都市に与える影響を予測し、その変化の兆しを好ましい方向に導くことができれば、私たちはもっと都市の未来に期待を寄せることができるはずだ。

研究会を代表して
武田重昭


●書籍目次

はじめに|なぜ小さな空間から都市をプランニングするのか

1章 小さな空間のつくり方から学ぶ

1・1 前例によらない行政の挑戦

① 問題なくつくるという固定概念を外す|なぎさのテラス(大津市)
―― 都市公園への商業施設導入による水辺の暮らしづくり
② 見えない資源を見つける|道後温泉(松山市)
―― 県道から市道への付け替えによる広場化
③ 都市計画遺産を現代的に再生する|みなと大通り公園(鹿児島市)
―― 戦災復興道路の遊歩道化
④ 余白をデザインする|KIITO(神戸市)
―― 点から面への波及を目指す都市施設の計画プロセス
⑤ 永続性を前提としない|まちなか防災空地(神戸市)
―― 密集市街地に寄り添う暫定的な空地整備事業
⑥ 空き地のままの豊かさを見せる|みんなのひろば(松山市)
―― 社会実験から定着へ、商店街活性化の一手

1・2 ビジョンを示す民間の選択

⑦ 水辺の魅力をまちにつなぐ橋|浮庭橋(大阪市)
―― 官民協働で想いを継いでいく計画のリレー
⑧ 地域のビジョンを実践でかたちづくる|丹波篠山(丹波篠山市)
―― 里山暮らしの景観が積層する空き家再生の面的展開
⑨ 民有地をまちに還元する|北加賀屋(大阪市)
―― 地主の心意気が生む工場遺産の創造的活用

1・3 自負心が支える市民の営み

⑩ 攻めの対話で継承する|姉小路界隈(京都市)
―― 規制と協議で守りながら開くまちなみと暮らし
⑪ まちのベクトルを上向きにする|仏生山まちぐるみ旅館(高松市)
―― ゆっくり育てる暮らしこそ消費されないまちの魅力
⑫ 3㎡からはじめるまちづくり|おやすみ処ネットワーク(戸田市)
―― 高齢者や移動制約者のおでかけを支援するベンチ群
⑬ 都市を読み、文化的に暮らす拠点|コトブキ荘(豊岡市)
―― 地方小都市のサロン的古民家シェアスペース
⑭ 隙間の活動を地域価値として見出す|五条界隈(京都市)
―― 小商いからはじまるエリアリノベーション
⑮ 余地でつむがれる地域の意図|奈良町(奈良市)
―― 制度的余地と空間的余地の掛け合わせ
⑯ 建物とその先の時間も引き受ける|善光寺門前(長野市)
―― 地域社会と関わる空き家活用モデルの作法


2章 小さな空間と大きな都市の関係をとらえる

プランニングを進める空間的技法と計画的思考の両輪
2・1 デザインスキーム|低成長期の都市を変える空間的技法
2・2 プランニングマインド|都市全体を見つめる計画的思考


3章 小さな空間から都市をプランニングする

小さな空間の価値を大きな都市につなげる10の方法

3・1 小さな空間を連帯させて都市の効果を高める

① 都市の「ツボ」を探す
② 空間を地域に開く
③ エリアの外側への影響を踏まえる

3・2 小さな時間を積み重ねて都市の魅力を育てる

④ テンポラルな空間がつくりだすもの
⑤ 「計画」をリノベーションする
⑥ ゆっくりと時間をかけて育てる

3・3 小さな共感を生むことで都市の全体像を描く

⑦ プロセスそのものを目的にする
⑧ 行政のリーダーシップからフォロワーシップへ
⑨ ユニバーサルからダイバーシティに向けて
⑩ まちに対する期待を高める

おわりに|都市の未来に対する期待と自負


●おわりに 都市の未来に対する期待と自負

〈仕事〉から〈空間〉へ

私たち“都市空間のつくり方研究会”は、“次世代の「都市をつくる仕事」研究会”の成果を踏まえながら、魅力的な都市はどのようにつくることができるのかを考え続けてきた。前書『いま、都市をつくる仕事』では、都市の魅力を生み出す〈仕事〉に視点をあて、これからの都市に対する関わり方を探った。学生や若い実務者に、都市に関わる可能性を提示できたことは何よりの喜びである。前書を読んで都市をつくる仕事に就くことを決めた学生も、いまや立派な専門家として活躍中である。その後も多くの人たちがさまざまな仕事を通じて都市との関わり方を開拓し続けていることこそが、魅力的な都市をつくる原動力になっていることに変わりはない。
一方で、前書では挑戦的な仕事を通じて生み出された〈空間〉の持つ特質が、どのようなものなのかについては十分に触れることができなかった。そこで本研究会では、都市へのさまざまなアプローチの結果として生み出された、一つひとつの小さな〈空間〉に焦点をあて、そのつくり方を分析することから魅力的な都市のつくり方を考えていくことにした。本書を通じて、若い世代が都市の未来に対して期待を持てるようになれば大変幸いである。

プロセスの持つ価値

まずは研究会で取り上げる空間を選定することからはじめた。メンバーそれぞれが都市を魅力的にしていると感じる空間を集め、議論を重ねていった。もちろん、はじめから明確な答えがあったわけではない。集められた空間を実際に歩き、それをつくり出してきた方々との対話のなかから、その空間と都市との関係を考えてきた。
確かに魅力的な空間は増えてきた。しかし、いくら空間の質がよくても、その魅力が敷地やエリアに閉じてしまっていては都市の変化は生まれない。研究会での議論を通じてわたしたちが実感したのは、魅力的な空間をつくるということは、結果としてできあがった空間が魅力的なだけでなく、つくり方そのものにさまざまな工夫が凝らされているということだ。魅力的な空間のつくり方には、その空間と都市との関係を築くプロセスが含まれている。本書で見てきた具体的な事例は、そのようにしてつくられてきた空間である。空間そのものが持つ価値はもちろんのこと、それらがつくられたプロセスにこそ大きな価値が隠されている。
それは本書のつくり方でも同じだ。研究会の成果としての本書そのものの価値とあわせて、議論を重ねたプロセスにも大きな価値があった。本書は2013年の研究会の発足以降、約6年間にわたる議論の成果をまとめたものである。本書の発行までには、大変長い時間がかかってしまった。当初の予定から大幅にスケジュールが遅れたことで多くの方々にご迷惑をお掛けしたことを、この場を借りてお詫びしたい。一方で、長い時間をかけてきたからこそ、じっくりと議論を重ね、途中で目標を変化させながらも、たどり着いた一つの答えがここにある。しかし、本書の出版はゴールではない。これから本書が読者の手に渡ったあとに、どのように読者の役に立つかが研究会が考えたプランニングの本当の成果である。ぜひ、多くの方々に手に取っていただき、研究会の議論を追体験することで、空間と都市との関係を考えるプロセスを共有してもらいたい。読者のそれぞれの立場から、都市をプランニングする方法を見つけ出してもらえるのではないかと期待している。

対話から空間のつくり方を考える

本書の制作では、多くの方々にお世話になった。特に本書の起点となっている各事例に携わった方々には、さまざまな知見をご教示いただいた。研究会では、2013年9月から2015年1月にかけて、対話でつなぐ連続座論「都市空間のレシピ」と題した公開研究会を開催してきた。毎回一つの事例を対象に、現地に赴き、その空間のプランニングに携わった方々をお招きして議論を重ねてきた。1章で取り上げた事例の多くは、この公開研究会の成果をもとにしている。また、その他の空間についても研究会のメンバーが、実際にその空間に携わった方々の生の声から、つくり方のプロセスを丁寧にご教示いただいた。公開研究会をはじめ各事例でご協力をいただいた方々は表1、2に示した通りである。皆さまとの対話から生まれた至宝の言葉の数々が、この研究会の原動力となっていることに最大限の感謝の言葉をお返ししたい。
また、本研究会の設置を認めていただき、さまざまなサポートをしていただいた日本都市計画学会関係者の皆さまをはじめ、研究会のメンバーとしても活動をともにしながら編集にあたって多大なご尽力いただいた中木保代さま、岩切江津子さま、前書から引き続き素晴らしい装丁で本書の意図を表現していただいた原田祐馬さま、山副佳祐さま、その他これまで研究会にご参加いただいたすべての皆さま、数えきれない対話を通じて、本研究会を支えていただきまして本当にありがとうございました。

都市の未来は変えることができる

本書を書き終えて、わたしたちは都市の未来に大きな期待を抱いている。プランニングとは、それをはっきりと目に見えるように描き出していくプロセスのことだ。あなたは、いま、目の前にある空間に都市の未来を感じることができるだろうか? たとえ賑やかな空間が見えていたとしても、都市に夢や希望が見出せなければ、都市はどんどん遠い存在になってしまう。わたしたちにできることは、小さな空間のつくり方を変えることで、都市の未来に期待を抱けるようにすることだ。
空間も都市もわたしたちのためのものである。そして、空間も都市もわたしたちがつくっていくものなのだ。都市の未来をつくるのはわたしたちである。そのために、いま、小さな空間から都市をプランニングすることが必要だ。

研究会を代表して
武田重昭

☟本書の詳細はこちら

『小さな空間から都市をプランニングする』 武田重昭・佐久間康富・阿部大輔・杉崎和久 編著

A5判・240頁・定価 本体2400円+税
ISBN978-4-7615-2698-6
2019/05/01

いただいたサポートは、当社の出版活動のために大切に使わせていただきます。