§13.3 もう一歩前進せよ/ 尾崎行雄『民主政治読本』

もう一歩前進せよ

 そこで考えさせられることは,もともと人民の生命財産の安全を保障するのが役目の国家が,戦争を始めてあべこべに人民の生命財産を危険にさらすと,人民は自ら進んで自分の生命も財産も投げ出して,国家のためだと勇み立つ.戦に敗けて最大不幸のどん底に落ち込んでも,国家がやったことだから仕方がないとあきらめる.
 よりよき生命財産の安全保障を求めて,酋長時代より封建制度へ,封建制度より近代国家へと一歩一歩進んで来た人間の智慧である.もし,近代国家の仕組みでも,人民の生命財産を安全に保障することができないとわかったら,なぜもう一歩前進して,今の国家よりももっとたよりになる安全保障の仕組みをつくり出すことを考え,且つ努力しないのであろう.
 個人と個人の間の道徳は一切のもめごとを腕力によらず,道理にもとづく裁判にまかせる程度まで進んで来たのに国と国との間のもめごとは相変らず腕力(戦争)で解決した野ばん時代から一歩も進んではいない.
 人を殺すことは個人がやっても,国家が戦争の名によってやっても,同じように悪いことだとなぜ考えないであろう.個人間のもめごとを裁判の判決にまかせられるものなら,国家と国家の間のもめごとも,戦争によらず裁判にかけて解決したらよさそうなものだ.それができないのはなぜだろう.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年4月29日公開

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