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§4.2 学者と坊主の問答/ 尾崎行雄『民主政治読本』

学者と坊主の問答

 高まんちきな学者が,或る禅坊主をやり込めるつもりで,問答をしに押しかけた.学者のいうことを,だまってきいていた坊さんは,やおら茶碗になみなみとお茶をついで,学者の前に押し進め“この茶碗の中へもっとお茶をついでみよ”とせまった.学者は“この茶碗はもう一ぱいだから,この上ついだらこぼれてしまう”とことわった.すると坊さんが“そうだ,その通りだ.お前の頭の中も,いま高まんちきのにせ智慧で,一ぱいになっているから,一ぺんその高まんちきを,すててしまわないかぎり,とうてい禅の妙智をいれる余地はない.さがれ!”と喝破した――という昔ばなしがある.
 敗戦前の日本人も,この学者と同様,うぬぼれ鏡にうつる自分のあばたが笑くぼにみえるほど,自まん高まんの熱病にかかっていた.したがって,他人の忠告をきいて自ら改めようという反省心もなく,他国の長所をとり入れて自国の短所をおぎなおうとする向上心もなかった.しかるに敗戦の一撃で,この自まんの角が折れた.
 幸にここで心機を一転し,明治維新当時のような,進取の気象をふるい起すことができれば,敗戦という大きなマイナスを転じて,平和日本再建という大きなプラスにかえることができるであろう.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年2月6日公開

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