デジャヴ対応マニュアル
既視感。
減速なしで歩道に突っ込んできたトラックに追突され、全身が軋んで張り裂ける寸前、それは浮かび上がった。自分の体が宙を舞う。アスファルトに叩きつけられる。この感覚を、この光景を三人称視点で眺める感覚を、私は既に経験している。地べたに這いつくばりながら、あちゃーと思った。
しかし気付いたからには対応せざるを得ない。ため息とともに起き上がると、私を轢き飛ばしたトラックは何事もなかったかのように交差点を曲がっていった。向こうの歩道にいた通行人はこちらに一切の反応を示さず、スマホを見ながらその場で小刻みに前後移動をするのみだった。やはり。
どれどれと鞄の中を探りながら小刻み前後通行人の方に歩いていこうとすると、またもや減速なしのトラックがこちらに向かってきた。しまったと思う隙もなく跳ね飛ばされ、再び地面に擦れる体。油断していた。こういう場合は特に反復フレームに注意する必要があると言うのに。
また土埃と血を払いながら立ち上がり、今度は真っすぐ通行人には向かっていかず、迂回して彼の後ろに位置取った。
ここまで他オブジェクトに接近すれば大丈夫なはず。とはいえ多少は後方注意をしつつ、鞄から小さなケースを取り出した。そこからさらに、SIMの取り出しと初期化に使うピンを手に取る。
確かこのあたりに、と通行人のうなじを探るとすぐに引っ掛かりが見つかる。爪をかけてフタを開け、小さな穴にピンを差して数秒押し込んだ。すると、周囲の景色は急速に彩度を失っていった。ピンを差した小さな穴の横、回線状況を示すランプも一旦消える。とりあえずこれでよしとピンを抜いてケースに仕舞い、フタを閉めた。
ふうと息をついて再起動を待つ。見回せば住宅街。あの通りの向こうにはスーパーもある。これらの建物すべてに他人の存在があり、家庭があり、生活があるのだと思うと少しぞっとする。ただ自分1人の死を回避するためだけに彼らを初期化に付き合わせてしまった。申し訳ない気持ちはもちろんあるが、私だってまだ死にたくはない。どうせこの手続きにかかる時間も含めてなかったことにされるのだ。私も気付かない間に付き合わされていることがあるのだろう……と思いつつ、それをする側としてはやはり気後れする部分もある。何度やっても慣れることはない。
そうして悩んでも詮無いことをぐるぐると考えていると、突然世界が色を取り戻し、データ読み込みの間を一瞬置いたのちにあらゆる営みが再開された。歩き出す通行人、変わる信号機、どこかの家から漂う朝食の香り。先の回線で私を轢いたトラックは、問題なく車道を走っていった。
これで一安心。私もまた歩き出した。今日は月曜日、長い一週間の始まりだ。
(終)
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